第27話 魔王アグエロ

 ズレータ・インダストルは、面倒な男だ。

 今回の件で、あいつのプライドを粉々に叩き潰せたのはよかった。


 当然、今回の勝負にズレータは文句があるだろうが、あいつはマリアに滅法弱いからな。冒険者パーティーは実力は勿論だが、名声も大事だ。特にメンバーが勝手なことをすれば、リーダーの資質も疑われる。

 マリアに睨まれて、暫くズレータは大人しくなるだろう。


 しかし、マリアは俺とミサキの家に新しい火種を運んでくれた。


「……ウィン。言いたいことはない?」


 マリアだよ。

 どうして、あいつが俺の過去を知っているんだよ。しかもマリアはご丁寧に俺が倒した魔王の名前もばらしてくれた。

 お陰でこうやってミサキに問い詰められる羽目になっただろ。


「……ウィン、僕に隠していることあるよね」


「ま、まあ」


「言いたいことは一杯あるけど、今はあの女が言っていたことが知りたいな。ウィンが魔王討伐者ってどういうこと?」


 確かに、俺はホーエルン魔法学園に来る前に魔王を一体倒している。

 その事実を知るのは、この魔法学園関係者には一人もいない筈だった。魔王討伐の事実を知る者は故郷の家族らと、一部の強国の最上層部だけだ。

 ホーエルン魔法学園の各冒険者ギルドのギルドマスターだって知らないだろう。 


 あー、いやだなぁ。

 マリアのせいでこの学園の冒険者ギルドとか、俺の過去を探ろうとする奴らが大勢現れるに違いない。やだやだ、そういう面倒は御免なんだ。


 「下水の王国」入り口でマリアに魔王討伐の事実をばらされて、俺はあの場を逃げるように、このボロ家に帰ってきたんだ。


「ほら、ミサキのすきなシフォンケーキだよ。クリームも沢山乗ってるし……食べる?」


 とっておきのデザートを取り出して、ミサキの機嫌を伺ってみようと思ったんだけど。


「……ウィン、魔王を倒したのは本当なの!? それもあの魔王アグエロを!」

 

「ミサキ、冗談だろ? マリアの言うこと信じるのか?」


「……あの女は適当な嘘はつかない」


「へえ、ミサキがそこまでマリアを信用しているとは知らなかったなあ。二人に接点ってあったっけ?」


「そ、それは……ないけど……有名だから……」


 ミサキを問い質せば、少しずつ、ボロが出てくる。


 ミサキはこの一年間、奴隷の振りをしてホーエルン魔法学園の情報を集めていた。魔王軍が最もミサキに期待している情報は、有力な生徒の情報奪取だ。


 マリア・ニュートラルなんて、有力な生徒の筆頭格だろう。

 職業『聖女見習い』であるマリアは嘘はつかない。それはマリアの職業もそうだけど、あいつの性格を知る者なら誰でも分かっている。

 さて、大賢者、ステータス、オープン。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 名前:美咲・黒龍ミサキ・ドラゴン

 性別:女

 種族:人間(魔王)(大神官)

 レベル:2

 職業;『常人』『魔法使い』『神官』『暗殺者アサシン』『大神官』

 経歴:『黒龍・親衛隊隊長』『将軍候補』『将軍』『魔王候補』『魔王サタン

 趣味:妄想

 HP:747000/747000

 MP:4600000/4600000

 攻撃力:41080

 防御力:69000

 俊敏力: 650000

 魔力:11070000

 知力: 58000

 幸運: 900

 悩み :緊急事態だ。ウィンが、魔王アグエロ討伐者の可能性が高い。僕はどうすればいいんだ。ウィンは実力を絶対に隠している。大賢者になったけど、この場でウィンを殺した方がいいのか。魔王アグエロ討伐者と戦いになったら、僕の正体がホーエルン魔法学園にばれる可能性も極めて高い。正体がばれたら、僕は無能だ。ウィンを殺したくはない。お父さん……答えが出ない。僕はどうしたらいいの。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 わーお、相変わらずとんでもない能力だ。


「……」


 そして沈黙が続く。

 ただの奴隷なら、それ以上を聞いてこないだろう。 

 ご主人様の俺が話したくない雰囲気をぷんぷん出しているんだから。

 でも、ミサキは俺の奴隷であっても、本当の正体は魔王軍の大幹部だ。


 ミサキはちびちびとフォークでケーキを口に運びながら、上目遣いに俺を見上げる。結局食べるんかい。


「ウィンは、二日前までは常人ノーマルだったよね。だったら、今日……ゲスイネズミ・ボスを倒した動きは、常人だった頃に身に着けた動きだっていうの?」


 答えない。

 これ以上、答えるつもりは、一切無かった。

 自分は全てを秘密にしているくせに、俺だけ情報を寄越せってか? 

 ミサキ。それは、厚かましいにも程があるって。


「知りたいのか?」


「……知りたいよ」


「どうして?」


「それは……」


 ミサキは押し黙る。

 けれどすぐに何か良い考えを閃いたのか、顔を上げる。


「……僕は……ウィンのことが好きだから……! そ、そうだ! そうでしょ! ウィンは一年前に僕をあの最悪の環境から救ってくれた! 好きな人のことを知りたいって思うのは当然だ!」


 ちょっとそれ。飛躍しすぎじゃない?

 さすがにびっくりしたって。嬉しいけど、嬉しくない。そんな言葉はいらない。


「それってお前の本心なの?」


 大賢者、もう一度。ステータス、オープン。

 っつ、頭が痛いな。


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 名前:美咲・黒龍ミサキ・ドラゴン

 性別:女

 種族:人間(魔王)(大神官)

 レベル:2

 職業;『常人』『魔法使い』『神官』『暗殺者アサシン』『大神官』

 経歴:『黒龍・親衛隊隊長』『将軍候補』『将軍』『魔王候補』『魔王サタン

 趣味:妄想

 HP:747000/747000

 MP:4600000/4600000

 攻撃力:41080

 防御力:69000

 俊敏力: 650000

 魔力:11070000

 知力: 58000

 幸運: 900

 悩み :ウィンは、迷宮の中で僕をデエトに誘った! デエトってのは、好意を持った人間のすることだって聞いたことがある! ウィンは、僕が好きなのは間違いない! そうだ! ウィンの好意を利用しよう!


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 改めてこの力は便利だと理解する。

 過去の大賢者が偉業を残したのも納得だ。


「……ほ、本心だよ! 僕はウィンが好きだからウィンの全部を知りたいんだ! そう言えば、ウィンの過去の話って殆ど聞いたことがなかったよね!」


 しかし……ほお、そう来たか。だったら俺のやることも一つだ。



「だったら、教えてやるよ。魔王アグエロも、お前と同じだったよ。とんでもない力を持ちながら、力の使い道も分からない馬鹿だった。だから、あいつは龍人から龍になることも出来ずにやられたんだ。本当に馬鹿だったな」


「……え」


 俺の故郷ピクミンは非常に排他的な国だ。

 何があっても情報が流出しにくいから、モンスターが攻めるには格好の国だろう。だから、攻められた。攻めてきたのは、魔王の龍人だ。

 魔王アグエロ、狡猾でお馬鹿なモンスターだった。


「……ウィンは、どうしてそれを……」


 ミサキは再び俯いて、口を結んだ。


「何だよ。俺が魔王アグエロを倒したんだ。あいつの情けない最後を知っているのも当たり前だろ。ミサキも、人間として、魔王アグエロの情けない最後が知りたいんじゃなかったのか?」


 俺は魔王アグエロを知っていた。

 奴が何を考えて、俺の故郷を攻めてきたのか。

 俺は奴をとっちめて、ゲームの中では分からなった奴の本心を知った。魔王でありながら情けない奴だったけど、倒すには惜しいと思った。


 魔王アグエロは生きている。

 魔王としての責務を放棄して、今は世界を放浪しているはずだ。

 けれど、奴は死んだことになっている。死んだことにしてくれと頼まれたからな。今は地味に協力関係になっていたりするんだ。

 ミサキに洗脳されてからは会ってないけど。


「……アグエロが、龍になれる変身体であることを、知っているんだね」


 俯いていたミサキは、再び顔をあげて俺を見た。

 さっきまでのミサキの顔とは違う。目が赤くなっている。

 

【大賢者ウィンフィールド! 魔王サタンミサキによる、魔法が発動! 抗えません!】


 うるさいぞ大賢者。

 もう何度も何度もさ。俺がお前の予想を覆した姿を見せただろ。

 今いいところなんだよ。少しは黙ってろって。

 でも、大賢者、もう一度だ。ステータス、オープン。

 ああくそ、頭が痛い。成程、連続使用には害があるタイプか、この力は、


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 名前:美咲・黒龍ミサキ・ドラゴン

 性別:女

 種族:人間(魔王)(大神官)

 レベル:2

 職業;『常人』『魔法使い』『神官』『暗殺者アサシン』『大神官』

 経歴:『黒龍・親衛隊隊長』『将軍候補』『将軍』『魔王候補』『魔王サタン

 趣味:妄想

 HP:747000/747000

 MP:4600000/4600000

 攻撃力:41080

 防御力:69000

 俊敏力: 650000

 魔力:11070000

 知力: 58000

 幸運: 900

 悩み :確定だ! 僕の洗脳が解けている! この場で、僕は君をもう一度、洗脳する! 


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どうやら、魔王ミサキはなりふり構わずに実力行使で俺から情報を聞き出したいらしい。

 魔眼だ。ミサキの目が赤く染まっている。

 その瞳を見た者を、思いのままに操る恐ろしい魔王。それが『聖マリ』でも見せたミサキの力の一つ。


 その目を真正面から受け解けて、俺は内心で冷や汗を流した。

 あ、あっぶね……。また、同じ失敗を繰り返すところだった。

 何の覚悟もなくその目を見れば、俺とミサキが初めて会ったあの日みたいに洗脳される。それが魔王ミサキの力。


「……ウィン。やっぱり、僕の魔法を解いていたんだね」


「俺を舐めすぎだって。これでも一応、魔王討伐者だからさ」


「……僕のこと、どこまで知っているのさ」


「お前、馬鹿なの? 素直に教える奴がいるかよ。やっぱり魔王ってのは、アグエロみたいに馬鹿なんだな」


 ミサキが、フォークをぐしゃっと叩き潰す。

 おい、壊すなよ。勿体ない。魔王ってのは、どいつもこいつも乱暴だな。しかも口が悪い。ミサキはあれだな。言葉遣いから矯正する必要があるかもな。


 魔王軍じゃなくて、このホーエルン魔法学園で生きていくには、清らかさだって必要だからさ。俺がミサキの今後について思いを馳せていると。

 いつもの可愛らしい姿のまま、ミサキが吐き捨てた。


「アグエロを馬鹿にするなよッ! 彼女は、僕の友達だったんだぞ!」


 ミサキは右手で俺の首をひねり潰そうと、机の上を乗り越えてやってくる。


「——ウィン、お前を殺してやるッ!」


 刹那の中、ミサキの様子を見ながら思うんだ。

 今朝マリアに喧嘩を売ったこともそうだ。

 一体、魔王軍ってのはミサキにどんな教育をしたんだよ。短絡的すぎるだろ。


 はあ、どうしてこうなるんだよ。マリア、お前を恨むからな。いや、事の発端はズレータか。あいつが俺に勝負を持ちかけてくるからこうなったのか。

 そんなことを考えられるぐらい、俺は余裕だった。

 だってなあ。

 今がその時だよな、アグエロ。お前を倒して得た職業ジョブを使うぞ。


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