第26話 英雄の秘密
迷宮の外に出て、日の光を全身に浴びる。
「下水の王国」入り口、マンホールがぼこぼこと敷き詰められた敷地は、俺たちが迷宮に入った時よりも人が沢山いて驚いた。
特に、冒険者ギルド職員とも違う街の自警団までもが溢れかえっている。
けれど敷地の端っこにはゲスイネズミやゲスイネズミ・ボスの死骸が積まれていた光景を見て、理解した。
「――ゲスイネズミの大量発生だってさ」
「ギルド職員が待機して助かったよ。学生だけじゃ、心もとないからな」
まあ、俺も迷宮の中でヨアハから大体の事情を聴いていたよ。
チューチューうるさいゲスイネズミが迷宮から外に飛び出てきて、この辺りは大パニックに陥ったらしい。
この魔法学院には強さ求める学生以外にも、学園に様々な日用品を提供する一般の人たちがたくさん住んでいる。 彼らにとってはゲスイネズミ一匹とはいえ、商売道具を食べる怨敵だ。ゲスイネズミの好物はこの町中に溢れてるからな。
人だかりの中に俺が作った冒険者パーティに入りたいって言っていた金髪のあの子を探したけど、姿は見えなかった。
この騒動で、ちゃんと授業に向かったんだろうか。
「——ヨアハ! やっと帰ってきたか! それで……そいつらはズレータの決闘相手……これで最後か?」
そして、マンホールの中から出てきた俺たちに向かって走ってくる影。
「バイク。こいつらで終わりだよ。少なくとも、下水の王国内部に学生はいない」
ヨアハは、迷宮の中にいる学生一人一人に、外に出てくるよう伝える役目を持っていたらしい。そして俺とミサキが一番迷宮の奧に入っていたからか、連れ帰るのが一番最後だったんだとか。
「はあ。全く、どうしてこんなことに。暫くこの迷宮は閉鎖だ。まあ、お前の直感を信じて幸運だったな。うちの職員を待機させていたお陰で、被害は大きくない」
「バイク。俺の直感も、悪くないだろう?」
自信満々にヨアハは語る。
本来だったらもっと被害は広がっていたのだろうが、 万が一を考えて迷宮への入り口にギルド職員を数人、待機させていたらしい。ステータスでそいつらの力を確認すると、そこそこの職業を持った実力者がずらり。
ゲスイネズミ・ボスだって一撃っで倒せそうな実力者だ。
『聖マリ』の世界では、仲間に出来るのはズレータのような学生だけじゃない。学園を卒業すると、ヨアハ達のようなギルド職員だって仲間にすることが出来る。
しかし、今回の事は俺でさえ予想できなかったのに、大した洞察力の持ち主がいるもんだ。さすが「
ホーエルン学園内部での出来事だと、能力値がアップする不思議な職業。
だけど、俺は薄々だけど分かっていた。
ゲスイネズミ・ビックボスの大号令。あれで迷宮の中のゲスイネズミ種のモンスターが活発化したから、一部が迷宮の外に出て行ったんだろう。
ならば、この惨状は間違いなく俺のせいだな……。
「……絶対に、可笑しい。ウィンが、あいつらを倒せるなんて……」
迷宮の中でヨアハと出会ってからは、ずっと俺の後ろを静かにについてきていたミサキ。彼女は何かを呟いて、何かを考え中。
ミサキに伝えたデートの誘いなんてすっかり頭の中から吹っ飛んでいるようだ。
きっと家に帰ったら、俺の強さについて糾弾されるんだろう。常人であるウィンフィールドが、ゲスイネズミ・ボスを蹴散らせるなんて可笑しいってさ。
私に隠し事はしないでとか言われるんだろうか。
「――ここにいたか! ウィンフィールド! お前の戦績を聞かせろ!」
ズレータ・インダストル。
あー、そういえばそうだった。
こいつと、ゲスイネズミの討伐数を賭けて決闘していたんだっけ。
ビックボスなんて存在が出てきたから、すっかり忘れていた。
だけど俺が何かを言う前に、他のギルド職員と話していたヨアハが動く。
「ズレータ。勝利は、ウィンフィールドだ。ポイントを伝えるのも申し訳ないぐらいの圧倒的な差で、お前の負けだ」
「……は? 待てよ。俺はゲスイネズミ450匹を駆除した。こいつが、それ以上だっていうのか?」
「そうだ。最も、ゲスイネズミは一匹も狩っていないけどな、ゲスイネズミ・ボスの討伐が一匹当たり百匹分であることはお前も知っているだろ?」
「……ウィンフィールドがあのゲスイネズミ・ボスを? あの奴隷がやったんじゃないのか?」
「そう言うと思ってな、調べてある。ゲスイネズミ・ボスについていた足跡とウィンフィールドが履いている靴の足跡が一致した。ズレータ、お前の負けだよ」
この学園では冒険者ギルド職員の言葉は絶対だ。
白でも冒険者ギルド職員が黒といえば黒になるのがホーエルン魔法学園の常識。
ズレータ・インダストルが俺を見ていた。
信じられないといった具合に、言葉も出ないようだ。
ズレータは、わなわなと震えている。
『聖マリ』の世界でも、ズレータのプライドの高さはピカ一だからな。
そんなアイツに追い討ちをかけたのはまさかの人物であった。
「――ズレータ! 何勝手なこと、してるんだ! 勝手に私たちの名前を出して! 私は何も聞いていない!」
学生の中に埋もれていた彼女が、こちらにやってくる。
深い蒼色の長髪、マリア・ニュートラル。
白を基調とするホーエルン魔法学園の制服をアレンジすることなく、しっかりと着こなして、如何いかにもな優等生。
彼女こそが、『聖マリ』の主人公様。
「……マリア。俺はお前のことを思って……」
「誰も頼んでいない! 勝手なこと、しないでよ!」
二年生になった学生は、最初は冒険者パーティーを組んでいる仲間たちと一緒に行動することが多い。
でも、俺に喧嘩を吹っかけてきたのはズレータ一人だった。
パーティの名前を出していたから、仲間の了承を得ていると思ったんだけど、マリアのあの様子を見ているとそんなことはなかったらしい。
でも、決闘は俺の勝ちだ。それは、ヨアハも認めているし、紛れの無い事実だ。
これ以上の面倒事には巻き込まれたくないから、ミサキを連れてそそくさとこの場を立ち去ろうとしたんだけど……。
「それにズレータ! お前が、ウィンフィールドに勝てるわけないだろ! あいつはな! この学園でも唯一の――
ただの一学生の言葉だったら、誰も気にしなかっただろう。
けれど、言葉の主はあのマリアだ。ざわざわと静まりかえる。学生だけじゃなく、街の人たちや、果てには冒険者ギルドの奴らまで。
……最悪、だ。
マリア、お前がどうして――俺の過去を知ってるんだよ。
「…………ウィン。今のは、どういうこと? き、君が、
けれど、マリアの声を聞いて一番最初に反応をしたのは、学生のダレカじゃなく、俺の奴隷である魔王ミサキだった。
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