第76話 公爵姫のお願い

「はあ……あの人たち……片付けもせずに帰っちゃったよ……ねえ、ウィン。あの人がこのホーエルンで一番偉い人なの?」

「そうだよ。ユバ・ホーエルンが会いたいって言えば、帝国の王様だってわざわざ時間を作るぐらいの凄い人で……うう、頭が痛い……飲みすぎた……」

「ウィン! お水! 一杯飲んで! 大丈夫!?」


 ギルドの1階でどんちゃん騒ぎをした。

 公爵姫が帰っていったあとに残されたのは惨状だった。

 だけど、機嫌はすこぶる良さそうだった。ひとまず、公爵姫の襲来イベントはクリアって考えていいだろう。 


 しかしあの人、俺に酒を飲ませすぎだっての。

 ズキズキと痛む頭を抑えながら、ギルドの片付けをに没頭する。

 

「ウィンフィールド君、ちょっと! 凄いじゃない! あの公爵姫にあそこまで気に入られるなんて……故郷のご家族も喜ぶに違いないわね!」


 エアロが興奮しながら、話しかけてくる。頬がちょっとだけ赤い。もしかして公爵姫の護衛黒服たちと酒を飲んでいたのかもしれない。


「俺の家族は公爵姫の凄さだって知りませんよ。遠い国ですから」

「え? そうなの!? でも、あの公爵姫よ!? どれだけ凄い人なのかウィンフィールド君からご家族に教えてあげたらいいじゃない! この帝国を支える大貴族の一人にもてなしを受けたなんて、凄い話よ!」


 いやいや、それはない。

 故郷の家族は俺のことが大嫌いだから、俺だどれだけ功績を挙げたって欠片の興味ももたないだろうさ。

 でもエアロの言葉をわざわざ否定するほど、俺も子供じゃなかった。

 適当に流しながら、酒のおつまみを片付けていく。それより、もてなし? 逆だって。俺が公爵姫をもてなしていたんだよ。


 すると今度はミサキが話しかけてくる。


「ねえウィン。さっきのお願いって……」

「ミサキ。その話はストップ。後でどうするかゆっくり考えよう」


 公爵姫ユバ・ホーエルンは、お酒を沢山飲む人が好きだ。

 だから必死になって公爵姫から宛がわれたお酒を飲みまくった。そのお陰もあってか、公爵姫は上機嫌で帰っていった。


 そしてこっちの思惑通り、公爵姫のお願いの難易度は簡単なものだった。


「ミサキちゃん! 貴方のご主人様、凄いわね! 公爵姫と仲良くなるなんて、魔王を討伐することよりも難しいわよ! あの人、好き嫌いが激しいから!」

「エアロ、やっぱりそんなに凄い人なの? 確かにお酒はとっても強かったけど」

「凄いなんてものじゃないわよ!? 公爵姫は幾つもの分野で輝かしい功績を残しているけど、冒険者としても天才的だった! 私だって憧れる実績を幾つも残しているわ!」

 

 公爵姫のお願い、それは……彼女の周りに潜んでいる裏切者を見つけること。

 イベント名は『裏切り者には制裁を』。


 そして、俺は既に答えを知っていた。


 公爵姫を支える執事の一人。

 灰色のタキシードを着こなす美麗の男。名前はスマイリー。このホーエルン魔法学園で手に入る貴重品を他国に横流し、財を稼いでいる。

 公爵姫のお願いにしては、非常に簡単な部類だ。 

 学園の外に出ずに、お願いを達成することが可能だしな。


 ただ、あのお願いをクリアしたら俺の評価が高まってしまうんだよなあ……。 

 それに俺とミサキ以外に協力者が一人必要だった。公爵姫のお願いだって声を掛ければ、この学園の生徒なら無条件に協力してくれると思うけど……。


「ミサキちゃん! それは燃えないゴミよ!」

「じゃあ、これは? 燃えるやつ?」

「それは資源ゴミ! 良い機会だから、ゴミの分別を教えちゃおうかしら」 


 公爵姫のお願いイベントはどれも見返りが高い。

 お願い一つで通常の冒険者ギルドの依頼、数か月分の価値がある。

 この学生の生徒だったら、公爵姫にお願いなんてされたら血眼になって達成しようとするんだけど……俺はなあ……。

 

 今回の公爵媛のお願い『裏切り者には制裁を』。

 これを達成するとランクが無条件に上がってしまうんだ。

 俺の場合だったら冒険者見込みランクが10から9へ。


 冒険者見込みランクが一桁になったら、各ギルドから直接、指名依頼が入り込むようになるけれど、とある事情からこれだけは避けたかった。


「うーん、どうしようかなあ」


 でもなあ、公爵姫のお願いを無視するわけにもいかない。

 だってお願いを達成しなかったら、公爵姫の秘書である『上忍』ユリアが進捗を毎週確認しにくるんだ。

 学園を卒業するまで、ずっとである。

 しかも公爵姫のお願いが数か月未達成状態になってしまったら、ユリアが俺たちの行動を監視することになっていまうんだよ。

 あいつら、ちゃんと努力してるのかって。


 『上忍』ユリアの気配には俺たちだって気付かない。ユリアが俺たちの日常を監視すれば、ミサキの素性がばれてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。


「誰にしようかなあ」

「あー! ウィン! お掃除……サボってる!」





 暗い路地裏の酒場に向かう。

 扉を開けて、店内を見渡す。まだ夕方にもなっていないのに、酒場は意外と賑わっていた。だけど、こんな時間から飲み始めるなんてどうしようもないよな。俺だって、お酒を飲む時は太陽が落ちてからって決めているよ。 

 き、今日は公爵姫のせいで、お昼時に飲むことになったけど……。


 あ。いたいた。やっぱり、あいつ。ここにいたか。


「ず、ズレータ? お前にお願いがあるんだけど……ちょっといいか?」


――――——―――――――————————

公爵姫からウィンフィールドへ。

ウィンフィールドからズレータへ。


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