【ヨアハ視点】迷宮の閉鎖
「ウィン! 害虫駆除って楽しいね! あ、足元にネズミがいる! えい!」
生徒同士の決闘で賭けられる物は、学園の外で行われているような本気の決闘、つまりは命や金のやり取りではない。
生徒が賭けるものは、彼らの誇りである。
12番の冒険者ギルドで働くヨアハは今回の決闘の見届け人として、この場へ派遣された。生徒同士の決闘であるが、一応は大人がついていなきゃいかんよな?
そうした考えによってだ。
ヨアハの他に見届け人はもう一人。バイクと言う名前のギルド職員だ。
ヨアハとバイクの二人は、決闘を行うウィンフィールドかズレータ。
見届け人はどちらかについている必要があるのだが、ヨアハは ウィンフィールド組についていくことにした。単純に興味があったからだ。
「ウィン、害虫駆除一体であれだけ貰えるなら冒険者ギルドで働くよりも稼げるかも! 一年生でも授業より先輩パーティに入って、
今回、彼らが決闘の題目に選んだのは害虫駆除――ホーエルン魔法学園の地下に住み着くネズミの駆除である。
暗く、汚れている下水道の中に生息する素早いネズミ。
奴らの動きは早く、病原菌を持っているため、学園から害虫指定されていた。
下水道は学園の外に存在する本物の迷宮よりは安全であるが、ネズミだけでなく、学園が把握していないモンスターだって存在する。
危険なことには変わりはないが、本物に比べたら遥かに安全だ。
学生のうちは、ある程度管理された学園の迷宮で学ばせるのだ。
ちなみに今回の害虫駆除は、二年生になった学生の大半が通る道だろう。
「ねえ、ウィン! あのおじさん! どこまで付いてくるの! ずっと見られているんだけど!」
ギルド職員のヨアハは手に持つ果実を食べながら、二人の様子を観察していた。
順調だ、順調すぎる。順調に、現れるネズミを仕留めている。
——もっぱら、奴隷のほうだが。
ヨアハも噂では知っていた。
ウィンフィールド・ピクミンは、とんでもない奴隷を持っているって。
奴隷は女の子だ。
お喋りが好きで、小動物のようにすばしっこい。
職業は奴隷でありながら『神官』であり、色々な場所で働くことでウィンフィールドの生活を支えているとか。
実際、彼女は噂通りに随分とお喋り好きのようで、絶えずウィンフィールドに喋りかけながら、その小柄な外見には似つかわしくないハルバードを振り回している。
ヨアハの視線は、ウィンフィールドの奴隷にくぎ付けただ。
――神官がハルバートを使う……? 聞いたことねえぞ……!
神官でありながら、ハルバートを振り回し、ネズミを叩き潰している。
中々の速度で害虫を駆除し、このままでは、ズレータに追いつくかもしれない。
ウィンフィールドはリッチから一年生を救った見返りに、あの奴隷を学生にしてほしいと3番の冒険者ギルドマスターに頼み込んだらしい。
確かに自分のパーティに彼女を入れれば戦力になるだろう。
けれど神官が、ハルバートを振り回すなんて……前代未聞だ。
——あちらは、どうだろうか。
見届け人のヨアハは、決闘の許可を冒険者ギルドに申請したズレータに関しては思うところがあった。
奴は今回の害虫駆除依頼、経験者だからである。
ズレータは一年生の時期、幾つもの上級者パーティに誘われて今回の依頼を経験している。しかも、侍は害虫駆除に長けた職業だ。
ズレータ・インダストル――存外、卑怯な奴だ。
ヨアハは、一段階、ズレータの評価を下げる。
『こちらバイク——ヨアハ。そっちは何体だ』
小型でんでん水晶による通信が入る。
通信の相手は、ズレータ・インダストルについている見届け人だ。
『こちらヨアハ―—89体。だけど、今のところ全て害虫はあの奴隷ちゃんが倒している。噂通り、とんでもない奴隷のようだ。そちらは?』
『こちらバイク――90体。中々のハイペースだが、侍の職業補正に頼り切った戦い方で、つまらない。噂のウィンフィールドの動きは? 奴の職業を見極められたか?』
ウィンフィールドの傍で、奴隷の少女がネズミを叩き潰す。
奴隷が動きっぱなし。
害虫駆除の全てを奴隷に任せているウィンフィールドの姿を見ていると、思わず奴は何様なんだと誰もが思うだろう。
可憐な奴隷に全てを任せて、自分は見ているだけ。
ヨアハは思考する。きっと、そうなのだ。
ウィンフィールドは、今のような姿を、学園中の人間に知られているんだろう。あんな姿を見せ続けているのであれば、ウィンフィールドに対する評価が低すぎることにも納得した。
しかし、ヨアハの目は誤魔化せない。
見るべきはウィンフィールドの目だ。
あいつの目は、動いている。奴隷の少女よりも早くネズミの存在に気づいている。
ウィンフィールドが動く間もなく、あの少女がネズミを仕留めるから、気付きにくいが、確かにあいつは目でネズミの姿を追っている。
ズレータ・インダストル。
職業『侍』の補正を持つ男と同じ領域にある、とヨアハは見た。
確信があった。あいつ――絶対に、
『こちらヨアハ――さっぱりだ。ウィンフィールドの職業は、不明。やけに目がいいように思えるから戦士系統の線が高いが、確証は何もない。だが、常人の動きじゃねえ。うちのギルドマスターには、奴が職業を隠していると報告する予定だ。それより、新しく他の学生らが入ってこないように迷宮の封鎖は終わったか?』
『こちらバイク――完了した。しかし、ヨアハ。あの少女の言葉を信じるのか?』
『こちらヨアハ――信じる。ウィンフィールドが何かをすると、俺の直感も言っている』
ウィンフィールドとズレータがマンホールの下へ、「下水の王国」へ入る準備をしている時のことだ。ヨハネのもとに一人の女子学生がやってきた。
彼女から言われたのだ。
今すぐにこの決闘をやめさせたほうがいい。
出来なければ、迷宮の封鎖をするべきだと。
『こちらバイク――了解。願わくば、何もないことを願う。では、幸運を祈る』
『こちらヨアハ――幸運を祈る』
彼女に迷宮を封鎖する意味を聞けば、直感だと言っていた。
直感ってなんだよとヨアハは思ったものだ。
直感で神聖な決闘を止められるわけ。
けれど、一応は動いてあげることにした。ヨアハも直感で動く人間であった。
「おお。ウィンフィールド、杖を出したか。それで、何をする?」
杖を使うということは、魔法使い系統の職業であることは確実だ。
ヨアハは注意深く二人の様子を確認。すると、ウィンフィールドとあの奴隷が二人で何かを話をしてこちらを見ている——ウィンは、杖をあの少女に渡した。
そして、少女がこちらへ杖を向ける。
「おっさん! じろじろと、見るな! やりずらいんだよ!」
「——冗談だろッ! 何で、俺を攻撃するんだよ! 俺は、見届け人だぞ!」
次の瞬間、ウィンフィールドの奴隷が持つ杖の先から水が迸る。
それは下水道を流れる水と合わせ、激流となり、ヨハネを襲った。
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ウィン「ミサキ。やってくれ」
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