【マリア視点】ずっと貴方を探していた

「マリア! あいつに何をされたんだよ! どうして泣いているんだ!」


「ち、ちが……別に泣いてるわけじゃ……」


「泣いてるだろうがよ! あいつがお前に何かやったんだな!? あのウィンフィールドが! 奴隷所有者の野郎! 奴隷にひでえこと言わせやがって!」


 冒険者パーティーの仲間であるズレータから、マリアは肩を掴まれてガクガクと揺らされる。

 マリアは自分が泣いているという自覚すらなかった。

 けれど目の下をぬぐってみると。


 ——うそ。

 ……確かに彼の言うとおり涙が流れているようだ。


 あの奴隷の言葉に、動揺が走ってるのは間違いない。

 悔しいけど、そういうことなんだろう。


「わ、私は……ウィンが……昔みたいに戻って欲しくて……」


「ああ⁉ あいつをぶっ飛ばしてこい!? そういったかマリアあ!」


 マリアが、ウィンフィールドが学園で孤立している理由を作った?

 あの奴隷にそう言われて、違うと大きな声で反論をしたかった。


 全て、彼のことを思ってやったことだからだ。

 授業でウィンに絡みにいくのも、先生にウィンの授業での振る舞いを告げ口したのも、奴隷を解放しようと学園中に働きかけたのも、全て大好きなあの人のためだ。


 ウィンが自分のことが大嫌い?


 確かにあの奴隷はそう言っていた。

 彼が学園で孤立した原因は、全て自分に理由があると。


 もしかして——全部、空回りだった? 

 マリアの目から涙が流れているのは、これまでの行いに全部意味がないと分かったから? 

 今のマリアには立場がある。

 ただの学生と違い、相応の身分を伴ってホーエルン魔法学園に在学している。当然、他の生徒の目も考えながら、ウィンフィールドに接しないといけない。

 

「うお! 何だ奴隷! 戻ってきやがって! お前がマリアのことをオバさん呼ばわりしたこと、俺も聞いたぞこらあ!」 


 『聖女見習い』マリア・ニュートラルは、このホーエルン魔法学園に入る前からずっとウィンフィールド・ピクミンを探していた。


 そして、入学後に、彼の姿を見つけた時は心が高まったものだ。

 マリアが彼と出会ったのは随分と昔のことだけど、あの人の姿を忘れるわけがないと思っていた。名前をこっそりと確認して、どんぴしゃだと影で喜んだ。


 あんなに凄くてカッコよかった人なら、絶対ホーエルン魔法学園に入学するとマリアは確信していた。

 しかも自分と同学年。やっぱり、運命だと思った。


「どうせあのウィンフィールドがお前に言わせたんだろうが、何か言いたいことあるんだったら奴隷の所有者が戻ってくるのが筋だろうが!」


 ウィンフィールドが、マリアのことに気付いていなかったのは無理もない。


 マリアが、ウィンフィールドに命を助けられた時、彼女の名前は違ったのだから。


 ●


 マリア・ニュートラル、元々の名前はアマリアという。

 特別の素質も無かった、ただのアマリア。


「おかあさま。今日のお客さんは、どんな人がくるのー?」


「アマリア。手伝ってくれるの? でも今回はちょっと特別なお客様だから、大人しくしていなさい?」


 ホーエルン魔法学園が存在する帝国バイエルンからも遠く離れた小さい国で旅館を営む両親の娘として、アマリアは生まれた。

 海辺の傍で営業する旅館。

 保養地として人気があって、各国からお忍びで王族の方々や地位ある方々が宿泊することがあった。


「おとうさまもおかあさまも、お休みなのに! ぜんぜん、遊んでくれない!」


 ある日、旅館が大慌て。

 どこかの王族の方々が突然やってきたらしい。旅館は彼らのために貸し切りにして、急遽対応することになった。

 ご近所さんにも手伝ってもらって、彼らの我儘な要望に応えることになった。


 アマリアは、突然現れたお客様が大嫌いだった。

 忙しい両親だったけど、毎週決まってお休みの日には遊んでもらっていた。だけど、彼らが現れたから、アマリアの両親は、王子様たちの世話でてんてこまい。

 休日も無くなってしまうほど、王子様たちの世話に追われていた。


 だから、アマリアは一人で海に遊びに出かけた。

 海が好きだった。休日には両親と共に、泳いでいた。だけど、両親は自分たちどちらかの目がない時は海に潜らないよう伝えていた。


 ——たすけて!

 溺れたと、自覚した。空がどこにあるのか、分からなくなった。口の中から息がこぼれて、無我夢中で手を伸ばした。


 ——おとうさま、おかあさま!

 海辺に住まう者として、海の怖さは伝えられていた。

 海藻に足を取られて、アマリアは驚いて息を吐き出した。

 両親がいないことで、いつもは訪れない場所までアマリアはやってきてしまった。

 

 ——ぜんぶ、あいつらのせいだ。

 あやふやになる意識の中で、突然自分たちの家にやってきたあの人たちに怒りが向かった。あの人たちがやってきたから、急に旅館が忙しくなって。

 少しは両親に心配させてやろうと、一人で海にやってきた。


 ——たすけて……。


 手を、繋がれた。強い力で、誰かの手。

 何も考えられず、アマリアは掴んだ。目を開くことも出来なかった。だけど、誰かに導かれるままに、身を委ねた。

 海面から顔を出すと、アマリアは必死で息を吸い込んだ。


「俺の顔を見て、ゆっくりと息を吸え。大丈夫、お前はまだ生きているよ」


 彼は、アマリアの家にやってきた王子様の一人だった。

 いつも、たった一人で、アマリアの印象にも残らない落ちついた子供。きっと同い年ぐらいだとアマリアは思っていた。だけど、あの我儘な王子様たちと一緒にいるんだから、嫌な奴に違いないと決めつけていた。


「帰ろう——えっと……アマリア、だっけ?」


 アマリアにとっては、間違いなく初恋だった。

 

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