第16話 二人のおでかけは朝早く
リッチと戦うなんて想定外の戦い。
身体が疲労し、熟睡していたところに扉を叩く音。
隣で眠っていたミサキに起こされて、俺は寝ぼけ眼のまま、それを受けとった。
「ウィン! 制服だ! ほんとに制服が届いた……! 冗談だと思ってたのに!」
届けてくれたのは、肩に3番の文字を刻んだ冒険者ギルド職員だ。
太陽が上がったばかりで、まだ鶏も鳴いていない頃に制服を届けてくれるなんて……その嫌がらせっぷりに泣けてくる。
俺、そんなに嫌われることしたかなあ。
けれど、箱の中に包まれた制服を見たミサキは、すごい元気だった。
「ね、ねえ! き、着替えてもいいかな。ウィン! いいよね! だってこれ、僕のだもん! 着替えるから、目、瞑る! デリカシー!」
言われた通りに目を瞑る。
ミサキが喜んでくれた。
眠かったけど、それだけで頑張った甲斐があった。
あの制服を送ってくれたのは、3番冒険者ギルドの職員だ。
3番の冒険者ギルド、この学園でも屈指の権力を持つギルド。
冒険者ギルドは名乗ることを許された数字が権力の大きさを表している。
冒険者ギルドの数字の違い。ホーエルン魔法学園の学生は数字の違いが、学生に与えられる
3番の冒険者ギルドの役割は外敵排除だったっけ。
「——ね、ねえ! 似合うかな! ウィン! 僕、変じゃないかなっ!」
なんだかんだ言ってさ。
ミサキが学園生活に憧れていたことを俺は良く知っていたんだよ。
俺が覚えているだけでもミサキは学園生徒を羨ましげに見ていたし、『聖マリ』の中でも
絶対にミサキは認めないだろうし、俺の勝手な勘違いって言われたら返す言葉はないけどさ。
勘違いって言われても、ミサキの夢を実現させてやりたかった。
まさかさ。
こんな早くにチャンスが来るとは思っていなかったけど。
「いつまで目瞑ってるの! もう、着替えたから! はい!」
「え、もう着替えたの!? 目、開けていい?」
「いいって言った! ほら……」
俺の前で、くるん。
ふわりとスカートが浮き上がり、一回転してこっちを伺う。
「ど、どう?」
制服に身を包んだミサキ、どこかぎこちない。
何て言うのかな。村娘っぽさ?
この学園にいる学生は皆、洗練されている。誰もが祖国では良い所のお嬢様だったり、一流と呼ばれる一通りの教育を受けてこのホーエルン魔法学園にやってくる。
「……」
はにかみながら、俺に制服が似合うか確かめてくる。
これが、魔王?
そう思うぐらいに、魔法学園の制服に身を包んだミサキは、その辺にいる学生らしかった。
馬鹿言っちゃいけない。
魔王だ。魔王に決まっているよ。そんなの分かっている。
ミサキのステータスも彼女が魔王だと言っている。
ミサキも自分自身が人間を滅ぼす魔王だと理解している。
あのステータスを知っていれば、大多数の人間は可愛さより恐ろしさを感じるだろう。でも、でもだよ?
「……ごめん今の無し。何だか自分で、恥ずかしくなってきた……」
俺は賭けているんだ。
いつの日かさ。
俺に大魔王軍に所属している魔王の一人だと打ち明けてくれる日が来るって。
「……うわあ、僕。舞い上がってるなあ……やばい……とっても恥ずかしなってきた……ウィン……今のは無し! 忘れてね!」
ミサキは大魔王に拾われて才能を見出された。
人間でありながら、魔王軍で生き抜いてきた過去を持つミサキ。
でも、俺は知っているんだ。
大魔王が人間であるミサキを、ホーエルン魔法学園に送り込んだ理由。
ミサキがもしも人間との生活を通じて。
人間であることを望んだなら、大魔王はそれを許すつもりだった。残念ながら、ゲームの中のミサキは大魔王への恩からモンスターとしての命を望んだけど。
大魔王は、ミサキに屈折した愛情を注いでいる。
ホーエルン魔法学園に送り込んでミサキに自由を与えながら、同時に万が一ミサキの正体がばれた時を考えてミサキに気づかれぬよう保険もかけているも。
ミサキの親代わりは、なんていうか面倒なやつなんだ。
「ウィン……どうしたの? 何か考え事?」
「え! いや、何でもない。ごめん、ちょっとだけ見惚れてた。嘘じゃない」
本当に、嘘じゃない。
「な、なにいってんの! そういうの、やめてよ! 慣れてないから! う、上手いなあウィンは! 僕は可愛いとか、言われたことないから!」
全然熱くないのに、ミサキは手でぱたぱたを顔を仰ぐ。
可愛くないって、冗談かよ。それは魔王軍での話だろう。
この学園では、ミサキのことを可愛いと言っている男は結構いるんだよ。
「それで……ウィン。今日から僕はどうすればいいの? 授業に出るの? でも、僕ね、何にも学園のこと分からないんだ……ほら、ウィンが二年生になって迷宮に潜らないと退学になるってことも知らなかったし……」
「とりあえず、今日は16番の冒険者ギルドにいく。そこで、これからの説明を受けるつもり」
「16番って言えば、エアロがいるギルドだ」
「そ。俺は知らなかったよ。ミサキが16番で、働いているなんてさ。はあ、ちょっとぐらいは教えてくれてもいいのにさ」
「ウィンは僕がどこで何してようが気にしなくていいよ! 僕の役目はウィンが働かなくてもいいようにさ、しっかりと生活費は稼いでくることだから! あ、別に変な仕事はしてないし、真っ当だよ、真っ当!」
しかしさあ。俺って、とんでもないやろーだなあ。
自分よりも年下の奴隷に働かせて、飲食住の全てを任せている。俺のことを知らない人が、噂だけ聞いて俺のことをクソ野郎だって思うのは無理はない。
「ほら、行こうよ! エアロは、早起きだから、もう働いていると思うよ!」
——エアロには、色々な無茶難題を押し付けたから、寝てないと思うけど。
ま、いいや。
扉の外に向かうミサキ。随分なはしゃぎっぷり。
まだ空は青白い早朝なんだけど、俺もさっと着替えをすまし、外に出た。
でも、これぐらいの時間帯がいいのかもしれない。
ミサキの首に嵌められた奴隷の首輪。奴隷所有者ウィンフィールドと、奴隷少女が一緒にいると嫌でも注目を浴びるから。
俺たちが向かうのは16番の冒険者ギルド。
ホーエルン魔法学園に存在する冒険者ギルドでありながら、何の役割も与えられていないダメダメの冒険者ギルドだ。
まるで昨日までの俺みたい。
何の期待もされていない冒険者ギルドの落ちこぼれ。
あそこで、冒険者パーティを作って、依頼を受け取る。今度は正式な
二人だけの冒険者パーティ、そこが俺たちの
頭の中で今後の流れを整理していると、ミサキに手を掴まれた。
家を出て、十歩も歩いていない。
「ウィン。下がって……嫌な女がいる」
絶対零度の声。
ミサキの表情が消えていた。
何事か。だけどすぐに分かる。ミサキの視線の先に、彼女がいたから。
シミの一つもない、真っ白な肌。
ミサキと同じホーエルン魔法学園の制服を着て、通りを歩いていれば誰もが振り返り二度見してしまうような、強い存在感を放っている女の子。
見つめられれば、自分に非が無くとも、目を逸らしたくなる。
いつだって俺にミサキを奴隷から解放するように言ってくる学園のアイドル。
「奴隷に制服を着せて……こんな朝早くからどこにいくのよウィンフィールド!」
『聖マリ』の主人公にして、ゲームの中盤でウィンフィールドの奴隷が
主要人物中の主要人物。
大人気恋愛ゲーム、『聖女様って呼ばないで!』の主人公。
職業『聖女見習い』のレベルは3。学園の期待に沿って、順調にレベルを上げ続けるマリア・ニュートラルが、俺を呼んでいた。
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