第15話 英雄は、奴隷を驚かせる
ミサキが学園の生徒になる。
そんな未来はゲームの中でもあり得なかった。
だけど、俺はやけに小さい3番冒険者ギルドマスターとの交渉によって、ミサキが学生になる権利を手に入れたのだ。
「ウィン、ねぇ、美味しい? 美味しい?」
ミサキが作ってくれた蛸の唐揚げ、もぐもぐ食べる。
サクッとあげた味付けはまさに俺の好みにドンピシャ。
「おかわりもあるからいっぱい食べてね! ウィンがすごいことをしたって言う噂を聞いたからたくさん作ったんだ!」
ニコニコと非常に愛くるしい笑顔。
こんなかわいい奴隷を持っているんだから俺は他の学生からやっかみを受けている。
誰も笑顔の下に隠された本当のステータスを知らないのが残念だよ。
ミサキのステータス。
特に経歴の欄が表示されているということは、ミサキが人間でありながら魔王軍に所属していることを表している。
しかし、経歴の
今日俺が倒したのは将軍候補のリッチだぞ。あいつの出現だけで、この学園で相応の権力を持っている3番の冒険ギルドが総出で現れたんだ。
あのリッチよりも遥かに上の階級で、しかも人間の職業として
一度、魔法使い系統に進化してしまったら、盗賊系統の暗殺者を取ることは難しいのに……ミサキさん、どうして暗殺者なんて取ろうと思ったの?
だけど、ニコニコしながら俺を見るミサキに、聞くことなんて出来ない。
はあ、やっぱりミサキのステータスを見るのは目に毒だな。
ミサキに俺は簡単に今日の事情を説明した。
冒険者ギルドで紹介された仕事がとんでもないことになったってさ。
あれからその後。危険な目に合った女の子を病院に届けた所、俺は3番の冒険者ギルドマスターに尋問されたんだ。
「大手柄だよウィン! きっと、ウィンが助けた女の子も感謝するに違いないって! ウィンはその子のヒーローになったんだよ!」
そうしたらミサキは目をキラキラと輝かせて、まるで自分のことのように喜んでくれる。
少しだけ、自己嫌悪。
こんな可愛い子を奴隷にしている奴がいたら、そりゃあ学園でも嫌われるだろう。しかも自分はお金を稼がないで、ミサキに任せっきりにしているんだから。
よし、明日からは俺もお金を稼ごう。大賢者のレベルアップ条件、友達を作ることも大事だけど、自分の生活も大事だ。
決意を新たにしていると、ミサキが。
「それで、ウィン……僕、ずっと気になっていたんだけど冒険者パーティは作れそう? 学園を退学にならずに済みそう?」
「何とか退学にはならずにすみそうだよ。それもこれも全部ミサキのお陰だ」
「そんなことないよ! ウィンの力だって! でも大賢者になった途端に成果を上げるんだから、ウィンはやっぱり持ってるんだよ! ねえそれで、大賢者の力ってどうなのかな……」
ミサキの目がちょっとだけすっと細められる。
ミサキのステータスを見た後だとこっちが本当の姿なんだなあと思ってしまう。
「僕も一応神官の端くれだからね。伝説とも言われる大賢者の力に、興味あるんだ。ウィン……良かったら教えて欲しいな……」
ちなみにリッチを倒すのに、大賢者の力は殆ど使っていない。
ステータスを確認して、俺との力の差を目の当たりにしたぐらいだ。
「それがさ。俺もよく覚えていないんだよ。モンスターに囚われた子を助けるために必死になっていたからさ、無我夢中っていうか……」
ミサキはこの学園で唯一俺が大賢者に進化したと言うことを知っている存在だ。
というか、神官の職業補正である『存在進化』の力を使って、俺を常人から大賢者に進化させた張本人でもある。
大賢者になったけど、まだ身体に何も変化はないと伝えるとミサキはそれで納得。
高い知力を持つミサキがそれで納得してしまうぐらい、大賢者は謎の多い職業で、職業補正だって謎に包まれている。
俺がリッチを撃退した力は、戦士や悪魔祓いの職業補正の力だ。
ただ、常人でありながら他の職業の補正が取れるなんてこの世界の人間は知らない筈だし、ミサキも知らない。
俺の秘密の力を明かす気持ちはさらさらなかった。
「ウィンが強くなったんだったら、何かあったら僕も守ってもらおうかなあ!」
どう見ても守られるのは俺のほうです。
本当にありがとうございました。
「あ、そういえば神官の力で占ってみたけど、やっぱりウィンが大賢者としてレベルを上げるのは、友達を作ること! これは、間違いないよ!」
「レベルアップに、友達ってのも、変な話だけど……ミサキが言うなら間違いないか」
ミサキは、自分が神官の職業であると言っているけど、俺は彼女が大神官であることを知っている。
そして暗殺者の職業も持っていることも。
だけど、ここでそれを言うにはあんまりにも野暮だろう。
さて……そろそろいいかな。
こういうのは、勢いが肝心だから。先に言ってしまおう。
「ミサキ。そういえばさ、俺が女の子を救いだしたことで、何でもご褒美をあげるって冒険者ギルドのお偉いさんに言われたんだよ」
「ご褒美? 凄いじゃん! 何をお願いしたね? 僕、新しいベッドが欲しいかなぁ! ふかふかのやつね!」
リッチに生命吸収されていた女の子を病院に連れて行った後、俺を連行した3番の冒険者ギルド。
あそこのギルドマスターはやたらと高圧的な女性だった。リッチを撃退した方法について聞かれたが、俺は無我夢中で覚えていないってごまかしておいた。
信用している気配はゼロだったけど、冒険者が手の内を教えるなんて馬鹿げている。
だけど、それでよかった。
3番の冒険者ギルドに所属する奴らにとって何よりも重要だったのは、「俺がどうやってリッチを倒したのか」っていう過程じゃなくて、「女の子を救いだした」っていう結果なんだから。
「ミサキをこの学園の生徒にしてくれって頼んだよ」
もしかしたら喜んでくれるかもしれない。
そんな俺の思いが一瞬にして粉々に砕かれた。
「え……どういうこと? ……あ、折れちゃった」
ミサキが持っていたフォークが、ぱきりと割れる。
うそだろ? 金属製のフォークが折れた。俺でも全力で握ってもこれ……折れないぞ?
ミサキの高すぎる握力。 つい、うっかり壊してしまったみたいだ。
うっかりなら仕方ないよね……。
「ミサキが前に、自分も学園生活をしてみたいって言っていたからさ」
「……僕。そんなこと言ったかな? あ、べ、別にウィンを疑っているわけじゃないんだけど……」
奴隷であるからこその利点がある。
ミサキが学生になってしまえば授業やら何やらの拘束時間が増えてしまうから、ミサキは学生になることを望まない、当然そんなことはわかっている。
「それにやっぱり今日一日学園を歩いてみて自分の人望の無さに呆れたっていうかさ……よく考えたら神官であるミサキを、パーティメンバーにしたらいいんじゃないかなって思ったんだよ」
「え? 本気? え? ウィン、ええええ!? 冗談じゃなくて、本気なの?」:
「本気。明日の朝には、ミサキの制服が、3番冒険者ギルドから届くことになっている」
「僕が、学生!? え、困るよ! いや、困らないけど、困るっていうか! 心の準備が!?」
動揺するミサキを前にして。
俺は彼女に向かってにっこりとした笑顔作り。
当然、俺の目的は――。
「俺の冒険者パーティの一人目は、ミサキ。君しかいないんと思うからさ」
――魔王ミサキを、俺の監視下に置くことだ。決まってるじゃないか。
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