【エアロ視点】英雄の誕生

 ホーエルン魔法学園は、大陸中心に位置する帝国領土内に存在している。


 帝国バイエルン。

 横長クッキーのような形の領土を持ち、人間世界において圧倒的な存在感を誇る超大国だ。敵対するモンスター同盟、よく魔王連合軍とか大魔王軍とか呼ばれる相手と長年、戦い続けている国でもある。

  

 ホーエルン魔法学園は、そんなバイエルン帝国に存在する教育機関だ。

 この学園に集まってくる若者は才能にあふれた者ばかり。各国の王族や貴族、大金持ちの関係者や、才能を認められた者達がやってくる。


 当然、彼らの安全性は何よりも重要視されている。

 そもそもホーエルン魔法学園が人間領土の中心に位置しているため、敵であるモンスターが襲ってくることは滅多にないのだが、本日、それは起きてしまった。


「新入生が誘拐されたって話だよな? 結構、危ないところだったって聞いたけど……誰が救い出したんだろうな」


「あいつだ。あいつがモンスターが隠れ潜んでいた敷地内に入っていくところを見たって奴がいる」


「あいつ?」


 野良モンスターに分類されない、魔王軍に所属しているモンスターの襲撃なんて年に一回か二回あるかのことだ。それもすぐに学園に存在する大人たちが撃退しているので、学園生徒にまで伝わる事はほとんどなかった。


 だけど、今回は違う。

 敵モンスターが新入生を誘拐し、あと一歩の所で大惨事になるところであった。


「同学年のウィンフィールド。あいつだよ、あのかわいい奴隷ちゃんを働かせてるひどい奴。お前も知ってるだろ?」


「えっ……冗談だろ? あいつが? まじで? あいつ、常人ノーマルだろ?」


 彼ら学生が口にしている名前は、新二年生のウィンフィールド。

 奴隷所有者として、悪い意味で有名な生徒。

 同級生とも滅多にコミュニケーションを取らなかった彼が、一年生を助けるなんて英雄的所業を行うなんて……信じられない……と口々に囁く学生たちの噂話を片耳で聞き流しながら、エアロは目的地まで急いでいた。


 16番の冒険者ギルド職員エアロ。

 彼女はようやく現地に到着すると、これまでの情報を頭の中でまとめていく。


 新二年生が一年生をモンスターから助け出した。

 一年生は命を奪われる寸前のところで、今は病院に運び込まれている。二年生、あのウィンフィールドがあの廃墟にやって来なかったら命はなかっただろうと噂されていた。

 噂の真偽は不明——信じる者は、むしろ数少ないようだ。何せ、噂の中心にいて、一年生を助け出したと言われる生徒が、あれなのだから。


 奴隷所有者の彼、ウィンフィールド。

 この学園において彼の評判は著しく悪い。

 新二年生マリア・ニュートラルの活動によって、奴隷を所有していることは恰好悪いなんて風潮が学園内で急速に広まっていったからだ。

 奴隷を持っているのは必要悪であるなんて極端な意見まで出るようになり、奴隷を持っていた学生らは次々と奴隷を解放した。

 けれど、たった一人だけ学園内の流行に我関せずの生徒がいた。


 それが、ウィンフィールド・ピクミンである。

 今では学園唯一の奴隷所有者となった彼は相変わらず飄々とした顔で奴隷を連れて歩いている。

 ――彼の生活費は、全てあの奴隷が稼いだ金である、なんて噂もあるぐらいだ。


「学生は近づくな! この場は、3番冒険者ギルドが管理する!」

 

 現地周辺は、蜂の巣をつくような大騒ぎ。

 普段であれば人の姿を見ることも少ない閑静な住宅街が見る影もない。現地の統制を取っているのは、冒険者ギルドの職員。肩に3番の文字が刻まれたジャケットを羽織る大人が、敷地内への立ち入りを厳しく制限している。

 学生や付近の住民が興味深そうにその場を見つめていて、その中にエアロは見知った顔を見つける。


 熊のように、大柄の男。

 十二番の冒険者ギルド、ヨアハ。職業は戦士の上位職である『守護者ガーディアン』レベル3。学生からも慕われている十二番ギルドの人気者。

 そんなヨアハの傍には、数人の学生が見える。


 ヨアハは、エアロの姿を見つけると手を振って話しかけてくる。


「来たか、エアロ。思ったより、早かったな! ほら、お前らはあっち行け! 学生に、ほいほい情報教えるはずがねえだろう! 知りたかったら、自分で調べろ! お前らも今日から二年生! いっぱしの冒険者だろうが!」


 ヨアハの傍にいるのは エアロも知っている彼らの名前。

 二年生の有望株――マリオ・ニュートラル、ズレータ・インダストラル他数名。この場で起きた事実をヨアハに聞こうとしているようだが、相手にされていない。


 彼らも、同学年の生徒が大ごとを解決したとのお話を聞き、この地にやってきたんだろう。だけど、冒険者ギルド職員が何の見返りもなく情報を渡す筈もない。


 もっとも彼ら新二年生にそれだけの価値があると判断されれば別だが、未だ何の実績もない彼らはまだひよっこである


「……ヨアハ。相変わらずの人気者ね。それより何があったの? 情報がぐっちゃぐちゃで、分からないわ」


「聞いて驚け。あの敷地内には大量の骨が見つかった。現れたモンスターは、現地の様子から察するにリッチだ」


「……それで? あの子が、本当にやったの? その、私が送り込んだウィンフィールド君が、一年生を救いだしたって話を聞いたけど」

 

「三番冒険者ギルドのギルドマスターが直々に尋問中だ。ああいうモンスターの襲撃は、三番ギルドの管轄だからな。けど、本人は俺じゃないって否定しているらしいぜ。誰が信じるだって話だけどな」


 ヨアハの話によるウィンフィールドはリッチに襲われていた一年生を病院へ送った後、ギルド職員に連行されたらしい。


 エアロも自分が彼をあの廃墟に送り込んでいなかったら、彼が一年生を救うなんて、そんなことあるわけないと鼻で笑っていただろう。それぐらい、ウィンフィールドという生徒が英雄的偉業を成すことは想像出来なかった。


 だけど、彼がこの廃墟へ入っていった姿を目撃していた生徒がいて、事態は解決。

 彼が実力を隠していたのは明白だ。


「エアロ。この学園の特徴として、二年生になったら一気に学園の力関係は変わる。二年生になるまでは力を隠す奴らもいる。少なくとも、あいつがリッチを撃退したのなら、最低二度は進化しているだろう——奴隷所有者、ウィンフィールド。一気に、名前を挙げたな。あいつ、これから忙しい毎日になるぞ」



 

 エアロは、帰り道をとぼとぼと歩いている。

 無事に解決したことを安堵しているが、納得も出来ていなかった。


 ウィンフィールドは今、この地で何があったか尋問を受けているという。

 話の中で、16番の冒険者ギルド職員から仕事を貰ったっとの情報が出るだろう。


 ——私は、ここで終わりだ。

 エアロが大きく肩を落とす。


 でも——どうしてあんな依頼がこんな大事おおごとになってしまうのよ!!


 ウィンフィールドという二年生。

 冒険者パーティを作りたい、と言うから送り出した。


 可能性としては極めて低いはずだった。

 そりゃ依頼の危険性全てを忘れていた自分が全て悪いのだけど、こんなことになるなんてあんまりだ。エアロがしょげかえっていると、ずいっと腕を掴まれた。


「え? ちょっと! なに!」


 冒険者ギルド職員を襲うなんて、大した度胸のある奴だ。すぐさま抵抗しようとした彼女であったが自分の腕を掴んだ物の顔を見て抵抗を諦める。


 それは、件の当事者。

 長い前髪を持つ黒髪の少年。エアロよりも頭一つ分高い長身で、随分と存在感があり、学園では無口スケルトンなんて言われている。


「——あんたのお陰で、ひどい目にあったんだけど……」 


 エアロが送り出した少年、ウィンフィールドがそこにいた。

 

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