第13話 英雄の戦場

「人間……今、何をした?」 


 振り向いたリッチが俺を見つめる。

 黒ローブの下。骸骨らしい窪んだ瞳からは、感情は分からない。

 けれど、あの感じはきっと驚いているのだろう。


「……私の魔法をどうやって防いだ。ただの人間が、私の魔法に囚われていながら、動けるはずがないのだ。魔法を防いだこともそうだが……お前から目が離せない。見たところ、あの少女とお前の力はそう変わらない。なのに何故、私を恐れない。力の差は歴然だ。お前も、分かるだろう」


  職業『悪魔祓いエクソシスト』が持つ、特殊補正『討滅の光ホーリーライト』。

 今、俺の全身を目には見えない聖なる光が覆っている。


「先ほどまでは、感じなかった……恐怖だ、私は今、取るに足らない人間、そう思っていたお前に恐れを感じている」 


 リッチのような怨霊は本能的に悪魔祓いエクソシストを恐れる。

 今、あいつは違和感を感じている筈だ。


 自分の魔法が効かなかったこと。

 それに俺という取るに足らない人間が、自分を恐れていないこと。

 だって見るからに俺って雑魚キャラだからなあ。


 職業の特殊補正『折れない心ブレイブハード』、『討滅の光ホーリーライト』さまさまだ。


「リッチ。俺のことが知りたかったら、ついてこいよ。ここは狭いし、建物を壊すわけにもいかない」

 

 冒険者パーティを設立する条件は、廃墟に住み着いた人間を穏便に追い出すこと。

 この家を破壊するわけにはいかなかった。


 敷地に出る。リッチは笑えるぐらい大人しくついている。 

 完全にリッチの興味は俺に向いているらしい。

 さすが『悪魔祓いエクソシスト』の職業効果、怨霊相手には効果覿面だな。


「教えろ。お前は何者だ。潜入者の存在を知っていたこと言い、異質だ」


「馬鹿正直に教えると思うか?」  


「……私の直感がお前を、葬るべきだと言っている。亡者励起」


 リッチの言葉に従って、それは現れる。

 地面の中から、骸骨が次々に起き上ってくるんだ。

 身体の骨格がリッチのように完璧なスケルトンはいない。

 それぞれどこかが欠損している。彼らは起き上がると、敷地内を彷徨い始め……地面の中から剣や、槍を掘り起こす。


 嘘だろ? スケルトン、その数は増え続ける。呆れるぐらいに。

 ここまでくれば壮観だよ。

 敷地全体に配下を仕込んでいたってことか、これだけの手駒がいるってことは、どうやら、このリッチは随分長い間この地に留まっているらしい。

 ご苦労様って感じだけど、それも今日までだろう。 

 冒険者パーティを作るために、あいつを追い出さなければいけないんだから。


「人間。最後の言葉は、あるか——」


 リッチの声に呼応して、骸骨集団がカタカタと笑い始める。


 リッチのように声が出せないので、口を開け閉めしているだけだ。


「ないよ、馬鹿」


「奴を、殺せ」


 骸骨連中が俺に向かって突進を始めた。

 「折れない心ブレイブハート」は継続中、高まる心拍数が戦場の到来を告げていた。


 だけど心の中で、彼女に謝る。

 ごめん、エアロ。穏便にってのは、無理そうだ。


 ●


 職業『悪魔祓いエクソシスト』は、怨霊対処に特化した職業だ。

 進化系統としては、『神官プリースト』の上位進化先として広く認知され、怨霊相手には無類の強さを発揮する。


 リッチが生み出した骸骨は、俺が手をかざすだけで面白いぐらいに浄化され、ただの骸骨に戻っていく。

 職業『悪魔祓いエクソシスト』が持つ、特殊補正『討滅の光ホーリーライト』。


「——何故だ! 何故、私の軍勢が浄化されているのだ! ただの人間相手に冥界の番犬ケルベロスが浄化されるなど、こんなバカな話があってたまるか!」


 確かに、俺の能力値は低いさ。

 大賢者になって相当上がったけど、俺は昨日まで職業『常人ノーマル』だったんだ。

 マリアやズレータみたいに、順当に進化を重ねた者よりも能力値は遥かに低い。


 誰だって自分の職業レベルが10を超えれば、即座に条件を満たした上位職業へ進化するものだ。

 進化することにより、大幅な能力値の上昇と新しい職業が持つ特殊補正をゲットできるんだから。


 でも、俺はあいつらみたいに上位職業への進化を選ばらなかった人間だ。


 職業『常人ノーマル』には無限の可能性があるが、一度進化してしまうと、その後の進化幅が限られてしまう。

 確かに進化による能力の上昇は魅力的だったけど、俺は能力値より特殊補正主義。


 魔法使いなら『魔法マジック』、戦士なら『折れない心ブレイブハハート』、盗賊なら『隠形ステルス』。


 特別な力である職業補正を手に入れるには、上位職業に進化する必要があった。  

 けれど、俺は職業『常人ノーマル』のままで、様々な特殊補正をゲット出来る裏技を知っていた。  


「——討滅の光ホーリーライトか! 理解したぞ! お前は悪魔祓いエクソシストだったか!」


 職業『常人ノーマル』としてのレベルが15を超えた時、それは起こる。


 あらゆる職業に存在する進化条件を達成すれば、該当する職業の職業補正を手に入れられるのだ。 

 そして、この試練達成に、俺の隠れ職業『疫病神ゴースト』は最高の近道であった。


 『疫病神ゴースト』 の特殊補正『不運の星バッドラック』。

 あらゆる試練が、俺には日常的に課せられるのだから。


 例えば、現在発動している戦士の『折れない心ブレイブハード』。

 戦士になるための条件は、モンスターを五百体を倒すことであり、そんなのもの十歳で達成したさ。


「小賢しい悪魔祓いエクソシスト め! 私の存在に気づき、祓いに来たか!」


「別に、勘づいてはいなかったけどな。はい。浄化」


「もはや潜入など二の次だ! お前たち悪魔祓いエクソシストに殺された同胞の仇、その身体で支払ってもらおう! 来たれ異界の門より! 我が眷属を、強化しろ!」


 リッチが両手を空に掲げる。


 青空の一部、局所的に暗雲が立ち込めて、膨大な魔力が骸骨集団に降りかかる。


 凄い魔力だ。

 まずいなぁ。今までのリッチの戦い方は、敷地内に潜ませていた配下を襲わせるだけだったけど、あれは違う。

 膨大な魔力量。それに数体のモンスターはこの敷地内から外に出始めている。

 そろそろ冒険者ギルドの連中が、こいつの存在に感づく頃合いだ。リッチの襲来、動く冒険者ギルドは3番か4番、それぐらいかな。


 あのリッチは危険だ。危険すぎる。


 こんなのが学園にいるなんて、安心して眠れないよな。

 実はあのリッチよりも遥かに危険な存在が、既に学園に潜入しているわけだけど(俺の奴隷さんなんだけど)。

 本当に危険なミサキに関しては、これからは俺の監視下に置くつもりだから問題ない。


 早くあのリッチを倒さないといけない。

 悪魔祓いエクソシストの特殊補正だけでは、決定打に欠ける。

 だから――。


「あり得ない、あり得ないぞ! お前は悪魔祓いエクソシストではなかったのか!」


 ——冥界の狼犬ガルムの隙間をかいくぐり、地面をけ飛ばした。

 火薬が弾けたように身体を加速させ、行く先に存在するモンスターを討滅の光で浄化する。狼狽しているリッチの声。


悪魔祓いエクソシストは魔法使い系統に連なる職業のはずだ! その大剣はどうやって生み出した!」 


 リッチの前には、あいつを守るように立つ漆黒鎧のモンスターがいた。

 ステータスを確認するまでもない。あれは首の無い鎧デュラハン。リッチが生み出したのであれば、あいつも怨霊だ。騎士の成れの果て。


悪魔祓いエクソシストが、大剣を生み出すなど! 騎士ナイトの職業を持つなんて、聞いたことが無い! 聞いたことがないぞ! ひいい!」


 『神殿騎士パラディン』の特殊補正で生み出した剣で首の無い鎧デュラハンを片付けると、腰を抜かしたリッチに剣を向ける。


「ひ、ひぃぃ! た、たのむ! 見逃してくれ! な、何でもする!」


「……」


 冒険者パーティを設立するために16番の冒険者ギルド職員、エアロと約束した。

 廃墟に住み着いた人間を、穏便に追い返すこと。


 廃墟にいたのは人間じゃなくてリッチだったし、穏便に追い返そうにも、リッチは女学生から生命吸収で殺そうとしていた。 

 けれど、職業『神殿騎士パラディン』は不殺の騎士だ。


 腰を抜かしたリッチは、ガリガリだった。

 随分長い間、食事をしていないのだろう。

 こいつはまだ、罪を犯していない。少なくとも、本物の『神殿騎士パラディン』ならそう判断する。

 特定の職業補正を使う時は、職業の在り方に乗っ取り、行動をする。

 だから。


「——調子狂うなあ。殺さないでやるから、今すぐ立ち去れ。あと、生命吸収ドレインした分はあの子に返せよ」


 かくかくと首を動かし、リッチの姿。

 その姿は、経歴ピッカピカの、魔王軍の将軍ジェネラル候補様には到底見えなかった。


 ……さて、と。これから、どうしよう。





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