第12話 英雄の鼓動

『聖マリ』の世界では、人間の職業ジョブやモンスターの経歴キャリアを知れば相手の力を大体、予想出来る。

 例えば、あのリッチの経歴キャリアは……えっと。


 種族:リッチ(将軍ジェネラル候補)

 レベル:5

 経歴:『一般兵』『上等兵』『小隊長』『幽鬼隊隊員』『幽鬼隊隊長』『将軍ジェネラル候補』


 ……将軍ジェネラル候補って強すぎだろ。

 しかもレベル5。上位の職業ジョブ経歴キャリアになる程レベルは上がりづらい。将軍ジェネラル候補のレベル5は、率直に言って学園の外の迷宮でも中々にお目に掛かれない。

 『聖マリ』の世界では、レベルが職業と同程度に重要だ。

 同じ職業でもレベルの1と9は天と地ほどの差がある。


 しかし……あああ!

 なんでこんな奴がいるんだよ! 廃墟に住み着いたのは人間じゃなかったのか!

 俺はただ、冒険者パーティを設立したかっただけなのに、どうしてこうなった!

 

「くかか! 何をしにやってきたのか知らないが、運が悪いにも程がある! 私との力の差、矮小なその身でも感じるだろう!」


 相変わらず、大賢者の特殊補正、ステータスさんが逃走しろって喚いている。

 俺とリッチの能力を比べればその判断は当たり前だけど、少しは応援してくれたっていいじゃないか。


 でも……だから、頭の中で強く願う。 

 願うこと、それが昨日まで職業『常人ノーマル』だった俺にとっての発動条件。『戦士』の職業補正——折れない心ブレイブハートを発動する。

 急激な心拍数の上昇。 身体が熱を帯びていく。 


 けれど、まだ駄目だ。これ程の強敵と戦うのは久しぶりだから、あと一つか二つぐらいは欲しい。


「恐ろしくて声も出ないか人間ッ! 祈りを捧げる時間ぐらいはやろう! 遺言があるのならば、聞いてやってもいいぞ!」 


 【大賢者ウィンフィールド! 現在のステータスでは、勝利不可能! 逃亡経路、確保! 指示を出します! 逃げ出しなさい!】


 ステータスさんが必死に逃げろって言うけれど、あの女の子を置いて逃げろってか。彼女は今もずっとリッチの魔法、生命吸収ドレインによって生気が吸い取られているのに、ステータスさんは薄情だな。

 俺がやるべきは、リッチが今も発動させている生命吸収ドレインを止めることだろ。

 そんなの簡単。だって俺はリッチが思わず生命吸収ドレインを止めてしまうぐらいの、衝撃の言葉を待っているからさ。


「リッチ。。お前みたいな下っ端は知らされていないのかも知れないけど。お前がやっていることは、自分自身の首を絞めているだけだ」


 ローブの下でカタカタと笑っていたリッチの笑みが止まる。

 よし、どんぴしゃだ。やはり『将軍ジェネラル候補』まで上り詰めているモンスターだったら、それぐらいは知っているか。

 俺たち人間の敵、大魔王はこの魔法学園に、ミサキ・ドラゴンという人間のスパイを送り込んでいる。


 リッチは彼女に対する生命吸収ドレインを停止し、俺を見つめた。


「………………知っている。だが潜入者は、人間の女だと聞いている。お前は、女ではない。お前は何者だ、何故潜入者の存在を知っている」


「俺はさ、潜入者の仲間なんだよ。驚いた?」


「……ふざけるな。潜入者は、あの大魔王ドラゴンの忠実な下僕げぼく。私たちモンスターにとっての敵地であるこのホーエルン魔法学園で協力者を作るわけがない。人間、お前の目的は何だ」


「次、あの子に生命吸収ドレインをすればお前を滅する。言いたいことはそれだけだよ」


 するとリッチが骨だけの指をこちらに向ける。 

 あ、やばい。そう思ったら、すぐに指先に灯る黒い靄——リッチの高魔力を込めた魔法が発射される。


 魔力:96600

 バカげた魔力にリッチの力である生者への怨念が込められた魔法だが、動きは遅い。チョウチョがゆっくりと飛んでくるぐらいのスピードなのに……俺の身体は動かない。

 リッチが俺の動きを邪魔する、何らかの魔法を放ったことは明らかだった。

 視界に映るリッチの魔法、徐々に近づいてくる。

 あのリッチ、性格が絶対悪いな。ステータスさんが残虐性特化って言っていたのはこういうことか。俺の恐怖を煽っているんだろう。


「……人間。お前が何故、魔王軍の秘密行動を知っているのかは分からない。私は、お前の目的を問い質さねばならないのだろうが、くかか。ご馳走が待っている。半年ぶりの、食事だ。お前は後で、食らってやる。それまでは邪魔をするな」


 奴は再び元いた居間へ、戻ろうとしている。

 あの子に向かって、生命吸収ドレインを始めるんだろう。 


 リッチ。死者が黄泉の世界に行くことを拒み、現世に留まり続け、生者への怨念が肥大化したモンスター。しかも『将軍ジェネラル候補』。俺とリッチの力の差は歴然で、能力値としてもはっきりと数字に表れている。

   

「……おい、待てよ」


 俺たち人間が能力を飛躍的に向上させる方法は、大きく分けて二つ。 

 上位職業ジョブへの進化、そしてレベルをあげること。

 けれど、俺は職業『常人ノーマル』のまま、ひたすらにレベルを上げ続けた。

 理由があった。


 リッチの魔法、怨念が込められた高魔力の一撃。  

 ただの学生であれば、死に至るだろう魔法を、手のひらで魔法を受け止める。


「その子に生命吸収ドレインをすればお前を滅するって言っただろ」  


 準備が整った。

 職業『悪魔祓いエクソシスト』の特殊補正を、発動する準備が。


  次話 十三話 英雄の戦場に続く  

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