【エアロ視点】職務剥奪級の大失敗

「暇ねえ……」


 冒険者ギルド職員のエアロは、ホーエルン魔法学園において16番と呼ばれる冒険者ギルド運営を行っている。


 仕事は主に学生への依頼斡旋や、学生が職業進化を希望した際の神官紹介。

 学生が迷宮から持ち帰った道具の売買等はギルド規模が小さいため行っていない。学生が高価な道具を持ち帰った場合は、もっと大きな冒険者ギルドに持ち込むよう伝えている。

 

 冒険者ギルドの仕事内容を制限している理由は他の冒険者ギルドと違い、運営する人間の数が少なすぎるからだ。


「……今日暇なのは、問題ねえ」


 今日に限って言えば、多少忙しいぐらいがちょうどいいと考える。


 なぜなら、この学園にとって特別な日。

 冒険者ギルドにとって、一年の中で最も特別な日と言っても言い過ぎじゃない。


「今日来た二年生があの子だけだったら、さすがにやばいかしら」


 本日から二年生たちが冒険者パーティーを設立し、冒険者ギルドが発行する依頼を受注する。


 このホーエルン魔法学園の役割は、有望な学生の職業レベルを上げて、さらに上位層の職業ジョブに進化させることだ。

 例年この時期は16番の冒険者ギルドだって忙しいが、今年はどういうわけか閑古鳥が鳴いている。


 16番の冒険者ギルドの質が低すぎるために、生徒から敬遠されているためだ。

 ギルドの運営を担っているエアロがやる気を見せないことが最大の原因であり、本人も理由には薄々気付いている。


「う〜〜ん。他の冒険者ギルドの様子でも覗いてみようかしら……」


 エアロは、机の上に置きっぱなしにしている水晶に手を重ねた。


「12番の冒険者ギルド。ヨアハ」


 透明な水晶がほのかに色づく。

 水面のように揺れる水晶の表面に、ぼやけた誰かの顔が現れる。


「なんだあ16番のエアロ! この忙しい時に!」


 ――でんでん水晶という。

 特別な魔法を生み込んだ水晶同士を繋ぐ、通信用の道具だ。 

 有事の際、冒険者ギルド同士の速やかな連携のために、非常に高価であるが各冒険者ギルドに必要数が配られているのであった。

 最底辺の16番冒険者ギルドには、一つしか与えられていない。


 彼女の通信に出たのは12番の冒険者ギルドにて勤務する知り合いだ。

 エアロが簡単に事情を説明すると。



「エアロ! お前にも、でんでん水晶越しに、この騒々しさが伝わるだろ!ありがたいことに、大盛況だ! お前も16番ギルドの運営なんか辞めて、こっちにこい! お前なら、3番ギルドでも、2番でも、もしかしたら1番ギルドでも働けるだろ!」



 聞くまでもなく、あちら側は盛況らしい。

 エアロは、忙しすぎて猫の手も借りたいと零す友人の愚痴を受け流し、通信を切ろうとするのだが。


『——そういえば、お前に頼んだ仕事。あれ終わったか? 探索の件だがな』


「……何の話?」


 男に言われても、彼女はピンとこなかった。

 しかし、詳細を聞けば彼女はすぐに思い出す。


 ――廃墟に住み着いたを確認し、穏便に追い出すこと。


 12番の冒険者ギルドに属するヨアハから頼まれた依頼。


 全ては、一人の学生からの調査依頼が始まりだった。


「あれなら……ついさっき、やる気のある学生に依頼として渡してしまったけど」


『は、はぁぁぁああああああああ! お前、正気か!』

 

 でんでん水晶の向こう側から、とんでもない怒号が聞こえてくる。



 ホーエルン魔法学園、新三年生。

 『魔物使い』タイラー・ロックスから、報告を受けたのだ。

 あの大きな廃墟に、悪しき魂が居ついている可能性。調査せよ、と。


 そのような調査依頼はこの広い学園都市では、山のように上がってくる。


 しかし、学園に存在する本物の冒険者の数は限られている。件の廃墟に関しても、同様の調査依頼が他の学生から数件上がっていたが、これまで優先度が低く、調査の目処は立っていなかった。


 12番の冒険者ギルドが重い腰を上げ、16番の冒険者エアロに依頼したのは、相応の理由がある。

 報告主が、特別な学生だったからだ。


 『魔物使い』レベル9、タイラー・ロックス。

 本人の珍しい特性もあり、次なる上位職業『魔物憑依士』への進化が噂される、将来が非常に期待されていた生徒の一人だ。


『エアロ! お前が依頼した学生は、誰だ!』


「……ウィンフィールド・ピクミン」


『奴隷所有者か! よりによって職業、常人ノーマルを選びやがったか!』


「何ですぐに誰だか分かるの!?」


『良い意味でも悪い意味でも奴は有名人だろうが! それよりエアロ! ウィンフィールドが出て行ってのは、いつだ!』


 そうした事情もあり、12番の冒険者ギルドは、実績経験豊富な冒険者エアロに調査を依頼した。


 このホーエルン魔法学園には学生主体の冒険者パーティが数多存在するが、蛇が出るが鬼が出るか、判断のつかない仕事は学園の外で実績のある大人が担う。

 学生でこういった仕事を回せるのは、幾らホーエルン魔法学園とはいえ、最上級生である三年生パーティの中でも数えられる程。


「どうして、そんなに慌てているのよ、まだ鬼が出ると決まったわけじゃ――」


『新入生に一人、行方不明者が出た! まさにお前に依頼した廃墟のすぐ近くでな! ――彼女はモンスターが好む、血の持ち主だ!』

 



 もはや、エアロはその声を聞いてはいなかった。

 すぐさま自分の武器を持つと扉の外に向かって駆け出していく。


『——エアロ! クソ、行動だけはいつも早いなッ!」


 青春通りに出ると、大勢の学生の姿が見えた。

 平凡な青春だ。けれど毎年見慣れた光景。エアロはこの時期になると思い出す。自分が学生だった頃の記憶、最高に楽しかった学生時代、自分はどこまでも行けると自信に満ち溢れていたあの頃。

 しかし、エアロの記憶を打ち消すように、サイレンが青春通りに響き渡る。


 鳴り響くサイレンに、学生らは思わず耳を塞ぎ。



『こちら3番冒険者ギルド——東部サイハラ地区四番街、呼び出しのご案内。繰り返します。東部サイハラ地区四番街、呼び出しのご案内。三年生イブライア・サンデルマンは、3番冒険者ギルドへ、直ちに出頭しなさい。特別クエスト「奪魔」について、追加の連絡事項があります』


 

 学生らはサイレンの内容から、自分らには何の関係がないことを理解すると、再び自分の日常に舞い戻る。ここはホーエルン魔法学園。大陸中から、将来を担う各国の若手が集結する軍事拠点。特定の個人を呼び出す放送なんて、ありふれている。


 ただ、エアロだけは、身体を震わせた。 

 学生らには分からない。分かる筈もない。架空の学生の情報だ。あれは学園を管理している彼女ら高位冒険者のみに伝わる記号。


 実在する凶悪なモンスターの名を踏襲し、名付けられた架空の生徒に向けて放たれる情報の羅列。全ての語句には意味がある。意味があった。特別な意味が。


 ――嘘だと言って。お願い。


 16番の冒険者ギルドを訪ねた少年がいた。 

 今日という特別の日に、たった一人で底辺の冒険者ギルドを訪れた少年だ。

 

 新二年生として、冒険者パーティを作りたい。

 退学するわけにはいかない、人生をやり直したいと、少年は訴えた。


 だから、ちょっとした好意のつもりだった。少年が依頼を達成した時には、彼女が持つ権限全てを用いて、冒険者パーティ設立の許可を出そうと思っていた。


 東部サイハラ地区四番街へ——敵の出現。

 そこはまさに、エアロが職業『常人ノーマル』の彼を向かわせた場所であり。

 学園の外では高位冒険者として活躍したエアロは、そこまで鈍感ではなかった。




次話 十二話 英雄の鼓動に続く

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