第11話 英雄への序章

 冒険者パーティを作りたいんだ。


 あの恋愛ゲーム『聖女様って、呼ばないで!』。

 『聖マリ』の世界に、俺という人間が、入り込んだらどうなるのか。この学園で栄光を究めるマリアやズレータ、奴らを超えるパーティを作りたい。

 特殊すぎる才能を持った、俺自身の未来を歩いて、人並みの幸せを掴み取りたい。

 

 そんな世界を——俺は、見てみたいんだ。


 だから俺は冒険者ギルド職員、エアロの依頼を受注した。

 これが二年生としての初めての依頼クエスト。冒険者パーティとしての正式な依頼じゃないけど、ワクワクしないわけがなかった。この依頼クエストの受注は、俺がゲーム中のウィンフィールドと異なる、確かな第一歩を踏み出した証だからだ。

 例えそれが俺の奴隷、ミサキの協力によるものだったとしても。


『ミサキちゃんに、言われたのよねえ。貴方が退学したら、自分もこのホーエルン魔法学園にいられなくなるから、それだけは避けたいって。あの、ミサキちゃんが言うならねえ、私も協力しないわけにはいかないじゃない? あの子が手伝ってくれなくなったら、ここの運営も回らないわけだし』 


 でも、その依頼内容を聞いた時は思わず黙り込んでしまった。


 依頼内容は、廃墟に住み着いた人間を話し合いの末、穏便に追い出すこと。

 なんだそりゃと思ったさ。余りにも、簡単すぎない?


 今は誰も住んでいない主のいない、打ち捨てられた廃墟。

 その廃墟にお調子者の学生らが肝試しで入り込んだところ、建物内で誰かが喋っている声や、がそごそとする生活音を聴いたらしい。


 住み着いている人間がいるなら、追い出して欲しいと、廃墟の持ち主から依頼があったそうなのだ。


 ただ、それだけだ。

 話し合いが肝心で、上手くいけば一日で終わるとエアロは言っていた。


 あの冒険者ギルドの職員、エアロは、この依頼で俺の対人能力を見ると言っていた。何事もなく、俺が廃墟に住み着いた人間を追い出せば、それで終わり。

 正直、非常に簡単な仕事で、拍子抜けたさ。


「うわあ……ぼっろぼろじゃん。こりゃあ、何が出ても可笑しくはないな」


 あの冒険者ギルドがあった裏道から、歩くこと一時間。

 小腹がすいてきたかなってぐらいに、その家を見つけることが出来た。

 第一印象はその広さ。廃墟の周りにはぐるっと塀で囲われ、一見さんお断りの雰囲気ありあり。門の先には、日本庭園を踏襲した廃墟が見えた。


 一歩踏み出せば、私有地だ。

 俺は、門の中にある廃墟を伺いながら、冒険者ギルドを出る前にエアロの言葉を思い出していた。


『ちょっと待って、ウィンフィールド君。君に言いたいことがあるんだけど……学園の子らが、君のことを悪く言う理由、分かるのよ。ミサキちゃんのことだけどね、奴隷なのに神官職についていて、あれだけ働き者だから……あ、別に彼らのように、奴隷を解放しろって言っているわけじゃないのよ? ただ、君の評判、悪すぎるから……ちょっと、目に余るのよ』


 どいつもこいつもミサキの話ばかり。

 ミサキが働きまくっているのは、学園の情報を集めるためだ。全ては、きたるべきこのホーエルン魔法学園陥落に向けた行動なのに、あいつは人気者。


 しかし、ミサキは冒険者ギルドでも、あんな交友関係を築いていたとは!


 もうギルド職員をたらし込んでいるようだし、あそこなら、確かに学園生徒の情報を得やすいだろう。

 まぁ、正規雇用じゃないミサキに資料を見る権限があるとは思えないが、そこは上手くやっているんだろう。


『ミサキちゃんは良い子過ぎるのよ。ああいう子の所有者は、どこの世界でも良くは見られないものよ。特にこのホーエルン魔法学園は世界でも育ちの良い子供たちが集まっているから……ねえ、ウィンフィールド君。もし、このホーエルンで、普通に生きたいなら、あの子を解放することを真剣にお勧めするわ』


 ミサキはハイスペックだ。

 その力は軽くあのマリアを凌駕する。大魔王の娘であり、転生者である俺さえ軽く洗脳しているんだから、当然と言えば当然だけど。


「……行くか。出来ることなら、穏便に済ませたいけど」



 敷地内は百年前に流行した日本家屋を模していた。

 日本民家の様式は百年前にこのホーエルンで流行したと聞いている。当時はさぞや立派な豪邸だったんだろうが、手入れをしなくなった今は、無残の一言。


 曲がりくねった木々が生え、確かに肝試しにはもってこいの場所だろう。まだ明るいってのに、幽霊でも出そうな雰囲気を醸し出している。

 こんな場所に隠れ住む奴なんか、本当にいるのか? 


 廃墟の扉を開く。ガラガラと音がして、俺は建物の敷居を跨いだ。

 ――その瞬間、頭にびりっとするような痺れが走った。


【大賢者の特殊補正ステータス発動。攻性結界による電磁波。結界の構築主は、モンスター名、怨念の残滓リッチと推定】


 ……色々、言いたいことはあったが、我慢。

 

 今のは、あの魔剣が暴走した時と同じ。

 大賢者の特殊補正ステータス、俺はこれを能力値を見る力だと思っていた。

 『聖マリ』プレイやーなら、良く知る能力画面の一部を知ることが出来る力。

 でも、今。

 ステータスの力が勝手に発動して、脅威を教えてくれる。これは、もしかして人間の能力を見るだけじゃなく――しかし、そんなことを考えている暇は無かった。



「——人間! 何故、私の隠れ場所が分かった! 私の黒霧結界術で巧妙に隠れていた筈だが! ばれてしまったものは仕方がない……貴様も魔導の礎にしてやろう!」



 足音もなく、滑るようにやってくる何か。

 奇妙な悪夢のように現実感の無い姿が、廊下の先に見える居間から、こちらにやってくる。 

 黒いローブを羽織り、ローブの中には骸骨の姿。

 ……何も考えず——ステータス、オープン。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 名前:天地・絶佳テンチ・ゼッカ

 性別:男

 種族:リッチ(将軍ジェネラル候補)

 レベル:5

 経歴:『一般兵』『上等兵』『小隊長』『幽鬼隊隊員』『幽鬼隊隊長』『将軍ジェネラル候補』

 HP:7800/7800

 MP:34000/34000

 攻撃力:132

 防御力:4300

 俊敏力: 1200

 魔力:96600

 知力: 3500

 幸運: 1400

 悩み :どいつもこいつも、度胸が足りない。ホーエルン魔法学園に対して、臆病が過ぎるのだ。この学園にいるのは、まだ本物の戦場も経験していないひな鳥ばかりだろう。天敵たる冒険者も、一戦を引いた者ばかり。この学園のどこに恐れる必要がある。何を恐れている。私は、私の行動で、私の判断で、未来ある人間を葬り、魔王軍を奮起させてやろう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この家に潜り込んだのは人間じゃなくて、モンスターだった。

 しかも、すげえ能力値のステータスだ。

 思わず、笑っちゃう。何でこんな強いモンスターと出会うんだよ。


 少なくとも、このリッチは今の『聖マリ』主人公マリア・ニュートラルを簡単に殺し切れる力を持っているだろう。いや、このリッチだけで、現時点の二年生最強パーティ。マリアが率いるあいつらも含めて殲滅出来る。


 頭の中で、簡単な仕事だと言っていたギルド職員、エアロを罵倒。

 

 あああああ、ふざけんなよおおおおおおおおおおお!!!!


 これは貸しだ。あいつへの貸しだ。絶対に許さない。許されない。これは嘘という次元を超えているだろ。どこが廃墟に住み着いている人間だよ。モンスターじゃねえか。それも超強敵じゃんか。


 どうやら自動で発動するらしい、俺のこの不思議な力ステータスも――。


【大賢者ウィンフィールド、撤退を勧告! 対象リッチ残虐性特化、現在のステータスでは勝利不可能――! 逃走経路、検索中!』


 魔王軍の将軍ジェネラル候補相手に――逃げるべきだと言っていた。


 でも、俺は動けない。動かない。相手がリッチ、強敵だから?

 違う――俺の目は、

 廊下の先、居間で倒れ込んでいる、小さな身体。意識を失っているのか。ホーエルン魔法学園の一年生、真新しいピンバッジがピカピカに光っていた。

 

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