第10話 クエスト、初受注
「——冒険者パーティが設立出来ないって、どうしてですか! 午前中の説明でも、二年生全員はパーティに入れるって聞きました! 俺の学生証を見てください! 俺はホーエルン魔法学園二年生なんですが!」
バンバンバン!!!
俺が机を叩く音だった。
ガラスのカウンター超しに机を叩きながら、俺は冒険者ギルドの職員に詰め寄っていた。しかし、向こう側にいるギルド職員の女性には、まるで俺の声が効いている様子は無い。
あの野郎……!
ただの学生である俺の言葉なんて論ぜずに値せずってか!
うわ! 今度はネイルのお手入れなんか始めやがった! 今は業務中だろ! 仕事しろ、仕事! 特に俺の異議申し立てを聞いてくれ!
ギルド職員の制服に身を包んだ女性は、口の中で何かを噛みながら、恐らくガムだろうそれを咀嚼しながら、こっちを見る。けばけばしいメイクで、サングラスを掛けている。一言で言って、常夏のビーチにいた方がまともに見える派手な女性だ。
「ウィンフィールド・ピクミン。ピクミン国……聞いたこともない小国の王子様で留学中。ふうん。学業は、平均的で目立つ所も無い。だけど、同学年の間では数人の有力生徒から目を付けられて孤立中……よく友達が一人もいないでこの学園でやっていけるねえ。正直、国に帰りたいって思ってるでしょ? あたり?」
「そんなことはどうだっていいじゃないですか! それより、俺が冒険者パーティ設立不可ってどういうことですか!」
「いい? 確かにウィンフィールド君、君は二年生になってパーティに参加する権利を得た。それは間違いないわ。でも、パーティを作るのは別。冒険者ギルドは、資格のある者にしか、パーティを作る権利は与えない。パーティリーダーになるんだから、相応の人間を選んでいるわけ。誰彼構わずパーティを作れますよーってのは違うわけよ。わかる? わかった? 私の説明、まだ必要?」
「ぐぬぬぬぬ……」
何度も聞いた説明を、派手なお姉さんは繰り返す。
そのたびに、俺は絶望を噛み締める。偶の音も出ない。
だって、俺は今朝、意気揚々と家を出たんだ。あの愛着のあるボロ家を、今日は冒険者パーティを作って、将来有望な一年生を勧誘して、俺の前には順当満帆な人生が待っていると思っていたんだ。
こんなことってあるかよ。
嘘だろ、俺はパーティが作れないのかよ。
二年生からは、迷宮探索を基軸にした実技が中心となり、この冒険者ギルドを中心に俺たちの生活は回る、午前中のお偉いさんの説明でも、そう言っていた。
さっき、青春通りで俺が大勢のステータスを眺めている間に、俺と同学年の生徒が、パーティを組んでクエストを受注して頭を悩ませている姿を何十人も見た。
二年生の成績は冒険者ギルドで発行されるクエストを達成し、それで成績が決まるのだ。
俺が二年生となったら退学になるとミサキに言ったのは、こういう理由だ。
夏にポイントがゼロだった学生は退学になるのである。つらい。
「ウィンフィールド、そういえば君、昨日あのマリア嬢に暴言を吐いたそうだねえ。学生同士、切磋琢磨するのは歓迎だけど、あんまり問題を起こす子は私、好きじゃないわねえ。君が奴隷を所有している県で、マリア嬢から敵視されていることは知っているけど、今までは静かにしていたじゃない。それがどうして、あんな真似を?」
「それとこれとは関係がないでしょう!」
「というか、君、友達も一人もいないでしょ? そんな人にパーティが作れるの? 君のパーティに入ってくれる子は? いるの? 見通し、あるの?」
ビシビシと、俺の急所を抉る言葉を投げかけてくる。
友達がいないから、リーダーに向いていないってそんな……よくそんな悪魔みたいな言葉を思いつくな……。
「そ、それは……でも、でも、俺は変わったんです! これからは真面目になりまっし、コミュニケーションだってちゃんと取って仲間を――」
「あのねえ……そんな言葉を信じているたら、冒険者ギルドは務まらないって。ほら、地道にコツコツと頑張る! それしかないぞ、少年! ……ということで、君が正規の方法で冒険者パーティを作れるようになる方法をお伝えするわね」
説明によると、俺がパーティに参加するには、冒険者ギルドが与える雑用を数週間こなし、人格・技能共に認められないといけないらしい。
だけど……たかが、冒険者パーティを作るだけでこんな作業が必要とされる生徒は滅多にいない。
そうまでしないと冒険者パーティが作れないとか、洗脳されていた頃の俺がどれだけ人間付き合いが悪くて、最悪だったんだよ……。
でも、認めるしかない。
昨日までのあだ名は無口スケルトン。
ウィンフィールド・ピクミンという人間は、冒険者パーティのリーダーすらこなせないと思われていたんだ。
今の俺の姿を故郷の人間が見たら、泣くぞ。間違いない。
でも、冒険者ギルドの決まりなら、従うしかない。
俺はホーエルン魔法学園入学から昨日までの一年間、ミサキに洗脳され続けた代償をしっかりと払わないといけないようだ。
「……分かりました。出直してきます」
とぼとぼと肩を落とし、扉のみを見つめる。
ぎしぎしと床鳴りがする木造の床を、進んでいく。
このホーエルン魔法学園では、冒険者ギルドは莫大な権力を握っている。
逆らっても、旨味は無い。
「……」
活発であるはずのギルドが閑散としていた。
当然それは、冒険者パーティが設立出来ないと言われ、すさんでいる俺の心を現しているわけではない。
俺が選んだ冒険者ギルドは、この魔法学園に存在する冒険者ギルドの中でも質が底辺のギルドだ。この魔法学園には十にも及ぶ冒険者ギルドが存在する。
何が違うって言えば、それぞれの冒険者ギルドでは扱っているクエストの質が違うんだ。
俺は成績が最下層だから、それに応じた冒険者ギルドを選んだんだけど、まさか、これほど閑古鳥が鳴いているとは思っていなかった。
はーあ。
ギルド職員も不真面目だし、俺の冒険者パーティも設立出来ないし。
もうここには二度と来ないぞ、そう俺が決意を固めた時だった。
「あー! ちょっと待って! ごめん、ちょっと虐めすぎたわ! 冗談冗談だって! 戻っておいで! 君!」
お姉さんがカウンターの向こう側から、引き留める。服の首の部分を掴まれて、か、怪力だぞ! この人 ぐ! 首が閉まる。
ごほごほと息を整えながら、カウンターの先を見つめる。
するとすぐにギルド職員のお姉さんはカウンターの向こうで、元に戻る。足を延ばして、お肌の手入れの真っただ中。他のギルド職員はもっと真面目できびきびしているだろうに……。
「君はいつも頑張っているミサキちゃんのご主人様。あの子からも助けてあげて欲しいって頼まれたばっかりだしね」
「え? ミサキが?」
こんな場所で、ミサキの名前を聞くとは全く想定していなかった。
だって冒険者ギルドだ。一応、こんな底辺とも言える冒険者ギルドでも由緒正しく、世界に根を張る大ネットを持つ大きな組織である。
「もしかして……貴方の奴隷なのに、知らなかったの? ここはミサキちゃんのお手伝い先の一つなんだけど」
その後。
ギルドのお姉さんはミサキがここでどれぐらい役に立っているのかを懇切丁寧に教えてもらった。ミサキは神官としての力をこのギルドで役立たせていて、このお姉さんも随分と助かっているらしい。
「あの子には本当に随分と助けられていて、感謝しているのよ。私にとってはここの魔法学園の学生よりも、あの子のほうがよっぽど可愛いぐらいにね。そんなあの子に朝、ウィンが退学になっちゃうかもしれないから何とかしてって頼まれたら、放っておくわけにはいないわよ」
ギルドのお姉さんはミサキに規定以上の給料を出せないのが、申し訳ないぐらいだと言っていた。
何を隠そう、うちの家計を支えているのはミサキ様だ。
マリアを含めて、ミサキを奴隷として所有している俺を最低扱いしているのは、俺がミサキばかりに働かせているからだ。
本当に恥ずかしい話なのだが、事実なのでどうしようもない。
どうやらミサキは、洗脳した俺をとことんミサキに依存させることで、自分はウィンフィールドにとって必要な存在だと俺の頭の中に刷り込みたかったらしいな。
「自己紹介をしておくわね。私の名前は、エアロ。この冒険者ギルドの受付嬢兼冒険者、兼ミサキちゃんのお友達ってとこね。あ、これから君にとっての救世主になる存在でもあるかもね」
そう言って妖艶なギルド職員のお姉さまはウィンク一つ。
「私からの
俺は躊躇い無く頷いた。
冒険者パーティを設立し、一年生を加入させることが出来れば、少なくとも俺はこの魔法学園を退学にならずにすむ目途が立つのだから。
色々やりたいことはあるが、まずは退学回避を目指す!
これが今の俺にとって、何よりも大事なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます