第9話 『聖マリ』主人公様のパーティメンバ
「——魔剣をあいつ! 素手で掴みやがったぞ! 正気かよ! 呪われるってのに……!」
「えぇ⁉ 今の見た!? 魔剣を素手で掴んだよ! 凄かったんだけど! あのウィンフィールドってただの
ざわつきが空気に溶けて、ギャラリーの中へ伝播する。
いつの間にか青春通りに大勢の学生が集まっていた。彼らの視線は、俺に集中していた。いや、俺と言うか、魔剣を掴んだ俺の手か。
ホーエルン魔法学園の二年生、奴隷所有者ウィンフィールド・ピクミンは人付き合いに縁がない。寡黙で、感情を込めず、淡々と物事をこなす。それがミサキから洗脳を受けた俺の毎日。昨日までは俺の意識も希薄で、何枚もの分厚いガラス越しに世界を見ていた覚えがあった。
ミサキに洗脳された俺は、ミサキ以外に興味を持たなかった。持てなかった。
「——ちょっと! お兄ちゃん、何してるの! こんなに注目の的になって! あ、でもありがとうございます! 魔剣ベビイは、お兄ちゃんの宝物だから!」
あの少年が魔剣ベビイを胸に抱えている。
どうやら田舎少年は妹がいるようで、黒髪の
俺も無茶をした自覚がある。
魔剣の摑み取り。手からは、夥しい血が流れている。じくじくと痛みに顔をしかめる。俺の怪我に気が付いた兄妹二人は「神官、神官! 怪我をしている人がいるんです、神官いませんかああああ」って叫んでいるけど、実は神官職はすぐそこにいたりするんだ。
びびって、尻餅をつきっぱなしの聖女見習いマリア、あいつは『
マリアが職業『神官』を収めて、職業『聖女見習い』に進化したのはすぐ前のこと。あの時は、凄い一年生がいるって学園全体で随分騒がれたからな。
当のマリア本人は、新雪のように白い肌に赤みがさして、ぺたんと両手を地面に置いて、座り込んでいる、見事に腰が抜けてしまったようだ。けれど、さすが高ステータスの聖女見習い様。立ち上がり、服についた汚れを払っている。俺を見て、詠唱を始めた。傷の癒しを促進させる治癒の魔法、でもその魔法はいらない。
俺は聖女マリア様に借りを作りたくないんだ。
だけど、良かった。その詠唱が完成する前に、奴らが集まってきてくれるから。
「おい! マリア! お前、何やってるんだよ!」
「マリアさん! 大丈夫ですか! 魔剣が暴走したって聞きましたけど!」
それはマリアの親衛隊の皆さまだ。
主人公であるマリアの傍には、頼りになる仲間がいる。マリアの傍によってきたのは、数人の男女である。どいつもこいつも美男美女で、『聖マリ』プレイヤーには見覚えがありすぎる顔だった。
それはマリアが率いる冒険者パーティーに入っている男女だ。
一人一人が、ホーエルン魔法学園の二年生を代表している有望株。奴らが集まると場が一気にキラキラして、羨望の眼差しがギャラリーから上がっている。
「魔剣の暴走だあ! 未熟者が魔剣なんて持つんじゃねえ! 魔剣は、生きているんだぞ! おい! 聞いてんのかコラあ!」
マリアの仲間の一人が、少年を叱りつけている。
紫長髪で、造形美の優れた男、『聖マリ』プライヤーなら、やっぱり見覚えがある姿。特に初心者『聖マリ』プレイヤーなら彼を絶対パーティに入れるだろう。
俺はそいつに焦点を当てる。ステータス、オープン。
そう言えば、……こいつって、確かどっかの大国の大貴族だっけ。
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名前:ズレータ・インダストル
性別:男
種族:人間(侍)
レベル:2
ジョブ:『常人』『戦士』『剣士』『侍』
隠れ職業;『剣聖』※特殊補正のみ。ステータス値に『剣聖』反映はされません。
HP:2400/2400
MP:280/280
攻撃力:19000
防御力: 6500
俊敏力: 4800
魔力:50
知力: 860
幸運: 77
悩み :恋煩い。俺はマリアが好きだ。だから、マリアのパーティに入って、こいつを守ると決めた。でも俺には剣の道を究めるという使命がある。ああああ、俺は剣の道とマリアへの思い、どちらを取ればいいんだ。しかし、最近マリアが可笑しなことを言い出して、それも気になっている。ウィンフィールドの奴を、俺たちのパーティに入れると言うんだ。理由は、不明。マリア、お前の気持ちが分からない。
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ズレータのステータスを見て、思うことは一つ。
相変わらず……めんどくさい奴だなあ。
見た目はカッコいいのに、マリオへの思いが強すぎなのはゲーム通りか。
ズレータの『侍』は強力な職業で、こいつもマリアと同じく天才に位置する人間だ。たった一年で、職業『戦士』と『剣士』の二つをマスターするなんて並大抵じゃない。こいつの場合、強さと見た目、天は二物を与えてしまったのだ。
ズレータを含めたマリアのパーティメンバーは俺に一瞥することもなく、マリアの心配をしている。その姿を見て、思った。
聖女マリアは、既に持っている人間である。
ホーエルン魔法学園で一年を過ごし、既にマリアの傍にはかけがえのない仲間がいる。俺がこいつのパーティに入る? 冗談じゃなかった。
「マリア。俺は、お前のパーティには入らない」
前言を、撤回しよう。
俺は二年生以上のパーティに誘われることは無いと思っていたけど、まさか聖女マリアのパーティに誘われるなんて夢にも思っていなかったさ。
俺のはっきりとした拒絶に、マリアがぎゅっと太くて長い杖を握る。顔を赤くして、もごもごと何か言いたげなマリアを遮って、ズレータが大声を上げる。
「ま、マリア! ちょっと待て! 待て待て待て! お前、何を勝手なことを言っていんだ! 確かにお前はうちのリーダーだが、あのウィンフィールドをパーティに入れるって、まだそんなふざけたこと言ってんのか! こいつを俺たちのパーティに入れたら、信用はガタ落ちだぞ! こいつは、お前の大嫌いな奴隷所有者なんだぞ! つうか、こんな無口な野郎とどうやってコミュニケーション取るんだよ!」
俺のことを指指し、こんなに弱い奴を、正気かよとか好き勝手に言ってくる。
他のパーティメンバーも口々に、俺みたいな問題児をパーティに入れたら、格が落ちるとか成績に影響するとか、好き勝手なことを言ってくれる。
こいつらはエリートだから、その傲慢さが言葉に現れている。
あり得ない話だが、マリアのパーティに入ってもこいつらと仲良く出来る未来が見えない。こっちを見つめるその視線からも十分に理解出来た。
マリアを除くこいつら全員から、俺は完全に見下されている。
かっちーんだ。
だから、言ってやった。
「お前らみたいな——雑魚パーティに、入る気なんか無いから」
それは、エリートパーティ様達が言われたことが無いだろう言葉。
聖女マリア率いるパーティのこいつらは常に俺たち学年の憧れの的だった。二年生になって迷宮探索が完全に解禁されて、断トツの成績を叩き出すって評判だ。
ズレータが顔を真っ赤にして刀を抜く「上等じゃねえかー! やんのかこらあ! 珍しく喋ったと思ったら、挑発かてめえ!」と叫んでいた。
侍特有の反り返った刀。太陽の光に反射して、煌めいている。つうか、こんな往来で刀を抜くなよ。何とも物騒な奴だなあ。
これ以上、こいつらに構う気もない。俺は背中にズレータ達からの「逃げんのかこらあ!」って声を受けながら、その場をそそくさと立ち去った。
青春通りに咲き誇る花壇の草木が、色とりどりに咲き乱れている。
空を見上げれば、青空一杯の海の中に輝く太陽がぽつん。
これだけの騒ぎを起こしてしまったら、一年生の勧誘なんて不可能だろうから、俺は冒険者ギルドに行くことにした。だって、俺も自分の冒険者パーティを作りたいからね……。
それにしても——あーあ、手が痛むな、ちくしょう。
こんなことなら、意地張らずマリアに治癒の魔法をかけてもらったら良かったな。冒険者ギルドにいったら、すぐ治癒の魔法を掛けてもらおう。しかし、もっと上手いやり方はあったのにどうして自分の手で掴むなんて原始的なやり方を選択してしまったんだろう。
「俺って、やっぱりバカだよなぁ」
そんな言葉とは裏腹に、後悔の気持ちがないことが不思議。
むしろ、胸の中は達成感で一杯だった。
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