第8話 『厄病神』は、負け職業ではない

 マリアからの誘い。

 それに対する答えを俺は持ってなかった。

 あいつのパーティに入るなんて、全くの想定外だったからだ。


 マリアはなぜ顔を赤らめてこちらをチラチラと伺ってくる。この反応はなんだ、こんな反応俺は知らないって。マリアはウィンフィールドが大嫌いなはずだ。

 聖女マリアは、奴隷所有者ウィンフィールドを憎んでいる。

 その設定は、ゲームの中では一貫していた。


 もしかすると俺が奴隷を持ってることを考えすぎて、頭がマヒしてしまったんだろうか。でも……考えたところで拉致があかない。


 どちらにせよ俺の方針は、聖女マリアとは関わらない、それに尽きるんだから!!


「ど、どうせ、あなたはどこのパーティにも所属出来ないでしょ! あなたみたいに……近くにいるだけで不幸をまき散らす人なんて、どこのパーティにも需要無いでしょうから! 私が救ってあげるって言ってるの!」


 かっちーん。

 上から目線の言葉に――ピクリときた。


 俺がどこにもパーティに所属出来ない? その通りだ。

 俺とパーティを組む人間は、同学年や上級生にはいないだろう。何故なら俺は、奴隷所有者であり、近くによるだけで不幸をまき散らす男だから。俺の隠れ職業『厄病神ゴースト』、その能力はこの学園でも遺憾なく全力で発揮している。


「……言ってくれるじゃねえか、マリア。誰のせいで、俺がこんな状況になったと思ってやがる」


「ウィンフィールド! 私を逆恨みするのもいい加減にして! あなただって分かっている筈よ! 私の職業は今『聖女見習い』、人には感じない力が職業によって分かるようになったの! ウィーンフィールド、あなたは間違いなく呪われているわっ!」


 そうだな。確かに隠れ職業『厄病神ゴースト』、転生した俺は絶望したよ。

 どうして、こんな最悪な職業を俺は持っているんだってな。

 この力を持って生まれた人間は、幸せにはなれない。

 何故なら、この力は、周りに不幸をもたらすからだ。この力を持って生まれた人間は、破滅の人生を送る。だから、『厄病神ゴースト』を持って生まれた人間は、身を潜めるようにして生きている。

 だけど、この力が呪われているだって?

 そう決めつけるマリアに、少しだけイラっとした。


「——う、うわあああああああああ! おらの魔剣ベビイが、暴走したあああああ! 逃げてくれえええええええ! 魔剣の暴走だあああああ!!!!」


【大賢者の特殊補正ステータス——厄病神ゴーストの効果発動、解析開始】


 この世界に転生して、俺は徹底的にこの『厄病神ゴースト』を、理解することに努めた。

 俺の故郷、小国『ピクミン』は俺の実験場だった。小さかった頃はやりすぎて、王族として生まれながら俺はこの力のせいで即座に家を叩きだされた。この魔法学園の底辺生活なんて、笑えるぐらいの底辺生活を俺は既に経験している。

 でも……故郷に迷惑を掛けた代わりに、俺は徹底的に国に貢献した——。


「——誰かおらのベビイを止めてくれええええ! 魔剣ベビイは、おらが迷宮の中で手にした初めての武器なんだあああああ!!!」


 ゲームの中で、ウィンフィールドは職業『常人ノーマル』でありながら『常人ノーマル』ではあり得ないステータスを得ていた。

 『聖マリ』プレイヤーの間でも謎設定だった。

 どうしてウィンフィールドはあれだけ高いステータスを保持しているのか。

 そんな謎設定は、自分がウィンになることで理解した。


 俺の隠れ職業『厄病神ゴースト』は、負け職業か?

 

 ——違う。

厄病神ゴースト』は、確かに持ち主に最低の効果を与えるくそったれな力だ。

 これは魔法使いや戦士といった単純なステータスアップ系統の力ではない。


 隠れ職業、『厄病神ゴースト』は、試練を与える力なんだ。 

 悲観するばかりじゃだめだ。

 その事実に気付いた瞬間が、俺の人生の分岐点ターニングポイント


「やっぱあなたの周りでは、不幸が多発するようね! その力を抑制するためにも私のパーティに入りなさいっ! 私のパーティは、実力者揃いだから!」


【解析終了――魔剣ベビイに組み込まれているモンスター、スモールベビーモスが持つ闘争本能の高まりと分析。大賢者ウィンフィールド、逃走を推奨します】


 へえ、便利だな。

 大賢者の特殊補正、ステータスの新しい一面を俺は知った。後でゆっくり分析することにしよう。でも、まずはあれだ。


「おらのベビイ、頼むから落ち着いてくれえええ!! 人間に傷つけたら、廃棄処分になっちまうよおおお!!! やっとホーエルンに入学出来たのに、お前とお別れなんてそんなの嫌だああああああ!!!!」


 魔剣の暴走――剣の中から俺を出せと、モンスターが暴れているのだ。

 怯えて逃げ惑う学生の生徒が見えた。こんなこと、ホーエルン魔法学園では日常茶飯事だけど、いざ自分が当事者になれば話は別ってことだろう。

 マリアが詠唱を開始している。マリアの詠唱は『神官プリースト』の魔法、鎮火か。さすがにマリアは分かっている。闘争状態に陥ったモンスターを鎮めるために、あれは有効な魔法だ。けれど、あれじゃあ遅い。

 縦横無尽に動き回っていた魔剣はそろそろ限界だ。


「誰かああ! ベビイを止めてくれえええ! ベビイは、ホーエルンにやってきて人の多さに驚いているだけなんだああああッ!!!!!」


 あれはもうすぐ標的を人に定め、傷つけるだろう。

 そうすれば廃棄は避けられない。人を傷つけた魔剣は廃棄される定めにある。

 だから、所有者らしき男が何とかしてくれと泣き叫んでいるのだ。自分の魔剣なのに、扱いきれないその未熟っぷりには言いたいことはあるけれど――。


 目視を超えた速度で、魔剣が飛んでいる。

 俺の目の前を、俺とマリアの間を通過する。さすがのマリアも、恐怖で目を瞑った。マリアは魔法使いから派生した職業、『聖女』を目指し、現在の職業は『聖女見習い』。魔法使い系統の職業は近接戦が苦手だ、だからその反応も仕方ない。


「——」


 激しい痛みが走る。

 血しぶきが、舞った。

 行動に起こした瞬間、ビリビリと空気が震え、鋭い衝撃が手のひらから俺の全身を貫いた。


 恐怖を上回る、強い心を持つこと。

 それが、『厄病神ゴースト』を理解する上で、俺がまず最初に学んだこと。

 マリアが目を開ける。目を開けて、目の前のそれを見た。あいつはすぐに腰を抜かして、ペタンと石畳の上に座り込む。鎮火の魔法が、空に溶けていく。マリアの端正が顔が、驚きに満ち溢れている。


「——ひい! おらの、魔剣ベビイ! すぐに、離したほうがいいだ! そいつは、暴れん坊で魔剣だから、お兄さん! おら以外が持ったら呪われちまうよッ!!」


 目の前で、赤い刀身が鈍い輝くを放っている。

 でも、なんてことはない。こんなの生まれた頃から、不幸の連続。『厄病神ゴースト』と共に生きてきた俺にとって、よくあることだった。

 ほっとする。魔剣ベビイ、人を傷つける前に何とか確保に成功した。俺は、刀身が赤く染まった魔剣を掴んだまま、ぎこちない笑顔を作ってみた。


「大丈夫、とっくに俺は呪われているから。これぐらい、へっちゃらなんだ」


 決まった、渾身のジョーク。

 それは今の俺が出来る最大のジョークだったのに、この暴れん坊魔剣の所有者。田舎から出てきたばかりらしい、垢抜けていない純朴そうな少年は笑いもせず、泣き笑いみたいな顔で、ありがとうございますと、と頭を下げるばかりであった。

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