最後の開拓郷 Ⅱ



 十九世紀までに開発された火薬兵器は、その殆どがあらゆる意味において氷惨に通じなかった。尋常の火器に使用される褐色火薬ガンパウダーは、零下二十度で凍結する。一度凍った薬包を再び活性させるほどの火力を持続的に発揮する技術は一八七六年には存在しなかったし、なんらかの材料的コストを支払って発射が可能になったところで――氷惨の霜甲スノーヴァンを侵徹することはできない。霜甲はマグネシウムを主とする未知の高密度金属水素化物を、空気中の水分の凍結に封じ込める形で、構造材を兼ねた装甲材として利用している(不純物を除去して圧縮処理を施したものが燃料としての氷爆石となる)。もっとも軽量な穹撃型ストライカでさえも11mmほどの霜甲厚を有するため、これを突き破って内部の雪花鉱を破壊する方法は非常に限られていた。闘士型や駆導型に至っては語るまでもない。

 ならば、飛翔体兵器は衰退の一途を辿ったのだろうか。


 ヴェルヌは霜甲で形成された凍刃を構え、ヴィクトリアを駆って闘士型に突進する。氷惨の軍団だ。白兵に長けた闘士型の群れ。凍霊といえども、単独で戦えば死ぬ。それでもここで放置すれば、隊員の被害は免れない。ヴェルヌの属する打撃三班は左翼後列の担当だ。本来ならば先頭のムラマサが対応すべき敵だったが――かれ自身がもう、紅い瞳で、氷惨の取るはずの行動をている。


 かれらが向かう右手には偽装の民家があった。一体の闘士型コロッサスがそれを壊し、隊列に瓦礫が飛ぶ。そういう未来の図像が頭に結ばれている。自然、体は動いていた。


 手袋越しに手首の圧力弁を捻って隊装を起こす。氷気の迸りと共に、ワイヤ・アンカが振り上げられた闘士型の右前肢に飛んだ。

 接着。手応えと同時に、手綱を左に捌いている。

 激走するムースの速度に引っ張られて、一瞬だけ氷惨の重心が乱れた。


 一陣。

 その間隙を縫って黒い旋風がはしる。

 ヴェルヌの眼前の氷惨がくずおれた。

 ――ムラマサだ。軍鹿の襲歩を凌ぐ瞬発で、敵を屠っている。

 二体。三体。黒髪の剣士が刃を振るうたび、氷惨の群れにわずかな空白が生まれるが。


(だめだ)


 新たに闘士型が飛来し、砲弾のように着弾した。数が多すぎる。城壁は無効化されたと考えるべきだった。

 ムラマサが集団に穿った一転の空間を、氷の軍勢が再び圧し潰そうとしている。

 ヴェルヌの脳裏に、カロリーヌの無惨な姿が瞬いた。彼は鋼糸を巻き取り、雪を削って滑走しながらムラマサの元に着弾する。

 そうしなければならないと思った。

 その結果として……氷惨が一塊になって、ふたりを取り囲んでいた。


 それでも。

 彼らにはそうするだけの、理由がある。氷惨を一箇所に引きつけるのは既定の行動だ。

 

 ムラマサが撃てと叫んだ。


 群青の夜空に、銀の流星が走る。


 氷爆石の氷気性ガスを推進剤として用いたそれは、低温でも確実に動作できる。

 弾薬に仕込まれた氷気ガスの爆轟が弾頭に装着した鋼鉄ライナーを変形させる。

 そうして生み出された金属噴流は、一点に集中する圧力によって霜甲を侵徹する。


 ノーチラスに属するものは、誰もが知っている煌めきだ。

 特殊弾頭矢、≪銀の女≫アルテミス

 正式な名称を、対構造榴弾High-Explosive Anti Tissue――HEAT弾という。

 『ノーチラス』のマゼンテ・ネーヴェという女性が完成させた、人類にとっての白銀の砲弾だ。


 並み居る氷惨の霜甲は、薄氷の如く今貫かれてゆく。

 

                   +


 固体の金属は、弾性を越える圧力に晒された場合流体のような挙動をみせる。

 その性質を、ユゴニオの弾性限界という。

 かつて――ヴェネツィアを恐怖に陥れたうたいのダンテという栄光個体が存在した。自在の金属灰によって城壁すらも貫通する、恐るべき異能。

 その模倣によって得られた知見だ。

 そして、鋼鉄の弾性限界を越えるほどの運動エネルギーを発揮できるのは……例えば、同じく液体化した金属の、超高速噴流。すなわちメタルジェットと呼ばれるそれだ。銀陽の「鏃」ともいえる場所に設置された弾頭には、銅製の金属ライナーが埋め込まれている。弾頭信管が接触時に作動させる、炸薬氷爆石の爆轟波に伴ってライナーは秒速8kmの金属噴流と化し、当然の摂理として霜甲さえも侵徹する。ライフリングを施され弾体を高速で射出する火砲では、このような戦術はとれない。

 もしも撃ち出された≪銀の女≫アルテミスが高速で旋回していたとしたら、弾着に伴い発生するメタルジェットは瞬時に飛散し、結果として貫徹力は大きく損なわれるからだ。

 ゆえに――北極防衛圏では。氷爆石の圧縮氷気で弾体を発射する凍弩こそが、唯一の遠隔兵装として採用されているのである。


 氷惨の四肢が、ねじれ、力を失う。あるいは金属噴流の圧力に耐えきれず、氷塊のように破断する。凍弩の正確な連射はヴェルヌたちの後方、三十人ほどの隊列から放たれている。

 その中心で指揮を振るうのは、狼のように尖った輪郭を持つ鋭い印象の男だ。

「射撃一・四班は氷惨の足を集中的に狙え! 噴流が掠れば神経伝達組織が破断して組織の動きが止まる! 三・二・五班は腕、六班は腹を潰せ! これが終わってもすぐに次が来る、気を抜くな! 俺は――」

 彼の手にした凍弩の引き金が弾かれ、矢が不可解な軌道を描いて敵の側面を回り込む。そして。

 瞬きの直後には......氷惨は内部の雪花鉱を破壊され、倒れている。


「副隊長とヴェルヌをたすける」


 ネッド・スナイデル。

 カナダから来たその男は、かれ自身の「必中」の異能から”銛打ち”の異名をとる。ネッドの鋭い瞳には、弾丸の辿るはずの軌道が線として見え、狙うべき標的は薄赤く光って映るのだという。

 すなわち。アラスカを覆う暗闇の中で――彼の感覚質だけが、高速で飛翔する弾体の軌跡すらも制御下に置くことが出来る。


 ネッドは、ネモから凍弩を受け取り二艇を構えた。引き金に指を掛ける。

 撃発。

 放たれた銀の矢は、新たな氷惨を貫いて飛ぶ。

 圧縮氷気の反動を完全に御する、それは絶技であった。

 果たして凍霊とはそういう存在だ。


「ネッドさん!」

「良い判断だ、ここは頼めるか!」


ネッドは唇をまげて答えた。

「もちろんですよ氷佐。俺らの本懐は遊撃だ、ここに釘付けになってんのは得策じゃないですからね――ネモ。俺らとヴェルヌの、打撃三班でやるぞ」

「ええっ、あたしたちだけですか」

「相済まぬ、ネモ殿。論功行賞は推薦させてもらう故、ここでは御免!」


 ムラマサはそう残して、ネッドと位置を入れ替わるようにして後退する。

 防衛戦における『ノーチラス』の役割は、ネッドの語ったように遊撃である。

 最小の連隊単位である三人一組の班によって氷惨を各個撃破することが存在意義であり勝利条件だ。凍霊の軍団には、氷の亡霊たちには、それが期待されている。

ヴェルヌたちの仕事は、三人で可能な限り進撃する氷惨を食い止めることだ。


「仕方のない副隊長だよなあ、ネモ」

「あたしに押し付けないでくださいよ」

 

 去っていく隊列を尻目に、ネッドの動きは滑らかだった。腰に提げた丸い矢筒を、そのまま両手の凍弩に再装填する。矢筒自体が回転拳銃に似た弾倉となるような造りだ。それに加えて手際よく六発入りの矢筒を片腰に三掛け、もう片方に三掛け。合計四十八発のHEAT弾頭を装備している。


「ああもう援護は頼みますよあたしはまだ死にたくないので!」

 

 ネモも背負った凍槍を抜き、氷惨の軍勢に突撃する。

 内部の雪花鉱が澄んだ響きで鳴り渡り、高密度金属氷の刃が形成され、ヴェルヌの背後に拳が到達する寸前に、槍の穂先が霜甲ごと闘士型の前肢を刺し貫く。

 すさまじい膂力だった。


「ジュール、あんたも気張りな! ネッドさんがまだまだ来るってさ」

「ネモさんこそ、」


 ヴェルヌは、突如ネモの上空から飛来した氷柱を叩き落す。

 ネモは弾かれるように空を見上げた。


 凧のような氷惨の群れが、吹雪に舞っていた。暗闇を覆う天蓋のようにも、灯りに群がる蛾のようにも見える。氷惨基構分化のなかで、唯一自在に飛行する特性を持つ個体――穹撃型ストライカだ。

 それが、数十体。

 予測の埒外。上空からの攻撃を、ヴェルヌさえ予想できてはいなかった。飛空警戒警報は鳴らされていなかったはずだ。

 

 戦闘状況は一気に更新された。

 氷の雨が、ヴェルヌとネモ、そして後衛のネッドに襲い来る。

 穹撃型が体内で生成し射出するのは、ただの氷柱ではない。体内の氷気ガスを圧縮して放たれる絶速の弾丸だ。凍弩の発射機構も、元よりこの穹撃型を参考にしている。

 ネモの回避が半歩遅れた。ヴェルヌの防御は、半歩間に合わなかった。

 それだけで――彼女の肩口には、氷柱の射撃が直撃する。

(おかしい)

 射撃精度が異様に向上していた。

 本来、穹撃型の射撃は物量に任せた当てずっぽうのものだったはずだ。

 

 考えている猶予はなかった。

 畳み掛けるように四体の闘士型がネモを狙って跳躍する。あの日見た白銀の砲弾のように……列車の鋼板を貫通する、鉱質頭部での打撃だ。


 二人が動く。

 ヴェルヌが一体を射出した鋼糸で転倒させ、ネッドの矢がもう二体をたおす。だがそこまでだった。

 撃ち漏らした最後の氷惨が、ネモの腹部に激突する。

 槌のような頭部に一撃され、彼女は氷惨ごと石造りの建造物に擦り付けられた。

 衝撃の凄まじさを告げるが響く。

 

 それだけではない。

 それだけで、終わるわけがない。

 

 ヴェルヌの脳裏に恐ろしい像が結ばれる。

 半瞬、

 早く。

 凍刃を盾のように構え、受け流した――それは斬撃だった。

 行動を予見するかれの知覚で、辛うじて対応できるほどの豪速である。

 闘士型の脅威はその膂力と打撃能力だけに留まらない。彼らは鋭利に形成された霜甲自体を武器として活用するだけの、高度な知能を持ち合わせていた。

 今しがたヴェルヌの不意を打った闘士型の前肢には、肘までを覆う氷の刃が伸びる。それを契機に、周囲の闘士型も次々と霜甲を成長させ始めていた。その一瞬の隙を突き、穹撃型の氷柱がヴェルヌへと迫り――それは空中で粉砕される。

 スナイデルがヴェルヌの背後で、凍弩を構えている。 必中の異能ある限り、中空の守りが破れることはない。


「ネッドさん」

「なんだァ、ヴェルヌ。やっぱり死ぬのは嫌か」

「そんなんじゃないですよ」


 ヴェルヌはネモが消えた方向を見ずに言う。


「闘士型は、おれたちに任せてください」


 僅かに、沈黙が下りた。

 それだけで十分だった。


「解った。一人じゃないってことを覚えておけ」

「はい、そのつもりです」


 ジャンプ・ジャッキを作動させ、突進する。

 闘士型の拳。

 刃。

 氷塊。

 

 その全てを、かい潜る。

 ムラマサの刃に比べればあまりにも遅い。


 スナイデルの援護には期待できないが、彼はすでに二挺の凍弩のみで、数十体もの穹撃型を一手に押しとどめている……それで、充分だった。

 上空を一瞬、風防眼鏡越しにみる。銀の光が煌めき、一射ごとに穹撃型が墜ちていた。氷柱はほとんどがスナイデルの元へ放たれているが、彼は鋼糸とジャンプ・ジャッキの機動で上手くかわしているようだった。


 ヴェルヌも懐から、父の形見の短凍刃を抜く。ムラマサの教練を反芻する。


(内臓を抱え込むように覆う、第二腹条骨と第三腹条骨の間だ)


 氷の刃を煌めかせながら、かれは氷爆式ジャッキを再び起こした。

 圧縮氷気が噴出し、吹雪を散らしてヴェルヌは闘士型の上方に跳ぶ。

 腕を下に向ける。

 手首から真下に向かって鉤錘が放たれた。

 接着の感触と同時に巻き取りは作動しており、その勢いのまま――垂直に構えた右の凍刃を、ある一点に向ける。


(完璧な防護というものは存在しないのだ)


 ムラマサがかつて語っていた、斬術の基礎を反芻する。


(装甲を纏いながら駆動する以上、そこには必ず狙うべき歪みと間隙があるので御座る。介者剣術や組討術は多かれ少なかれそう言ったすべをずっと、極めて来たのであるよ)


 背中側の霜甲には、駆動のための継ぎ目が開いていることをヴェルヌは知っていた。 

 

 凍刃をそこに深々と突き刺す。


 がぎん、と。

 表面組織を貫いて、鉱質繊維を削る手応えが確かにある。鉄の軋みがきこえる。

 だが――闘士型は、依然ヴェルヌを振り落とすように大きく身を揺する。

 やはり浅い。

 だからヴェルヌは左手の短凍刃の柄を、右手の凍刃へと槌のように打ち付けた。

 氷の刃がより深く沈み、致命的な個所を破壊した感触があって。

 そして闘士型は――先ほどの暴威が嘘のようにその力を失う。

 ムラマサのような卓越した剣技や異能を持たず、体躯にも恵まれなかったヴェルヌには、このようなやり方しか残されていなかった。

 

 氷惨が襲い来る。

 再び鋼糸を射出する。

 氷気の圧縮で跳躍する。

 死の暴風を逸らし、いなし、あるいは躱す。

 闘士型の拳や刃、更には時折撃ち出される穹撃型の氷柱を「予観」の異能で掻い潜り――上空からの刺突と斬撃を何度でも叩き込む。


 そうして、どれほど戦い続けていただろうか。

 なん十体と積み上がった闘士型と穹撃型の骸には、氷惨の体液の青い氷柱が張っている。ヴェルヌとネッドも同様に、多くの傷を受けていた。ネッドに至っては偽装家屋に備蓄されていたぶんの≪銀の女≫も全て撃ち尽くし、凍槍を矢に転用して何とか戦闘を続けている有様だ。流れ出た血に、『ノーチラス』の白い隊装は凍てつく。

 吹雪が強い。あちこちで信号曳光弾が上がっているのが見える。

 第六街区、半壊。第一街区、突破。第三街区、襲来。

 誰もが、戦っていた。存在のすべてを賭けて。

 ヴェルヌの目の前には、なおも六体の闘士型が立つ――そう。

 

 充分な構造上の耐久性があれば、氷惨はこうして戦型を変化させることも可能だ。そこに狙うべき死角は存在しない。ヴェルヌが唯一正面戦闘での有効打として振るえる上空からの攻撃も、最早通じない。

 そんな死地のなかで――それでも。

 ヴェルヌもネッドも、武器を構えることができた。

 

 誰もが、戦っていた。存在のすべてを賭けて。

 

 それは例えば、家族だったり誇りだったりする。だけどヴェルヌにはそういうものはもう残っていなかった。カロリーヌを失った日に、もう全部焼き切れていたからだ。


 だから代わりに、ヴェルヌは仲間に賭けることにしていた。

 無敵の軍団。

 氷の亡霊。

 輝かしい、黄昏の鸚鵡貝たちに。

 

                   +


 凍霊の異能は二種類に大別される。

 一つはムラマサやヴェルヌ、ネッドのように常人とは異なる感覚質を発達させるもの。そしてもう一つは、エカチェリーナのように――新しい器官の発現によって、有り得ざる現象を引き起こすものだ。

 ネモ・ピルグリムの凍霊としての能力は、後者に属する。ノーチラスの中でも直接戦闘に長けるその異能は……霜を割る矛にして、雹を通さぬ盾だ。


 微かな金擦れの音と共に。

 そびえる氷惨の一体が、崩れ落ちた。

 残った五体の闘士型が反応し・その間隙を突いてヴェルヌとネッドは駆け出している。

 最初ネモが闘士型の突撃によって壁に激突したときに聞こえたのはだった――それは彼女の異能が既に発動していたということを意味する。

 更にもう一体。不可解な挙動で、闘士型が倒れ伏す。それによって寸断された時を、二人は更に有効に使った。ヴェルヌは凍刃で、ネッドは凍槍の接射で、二体の雪花鉱を破壊している。虚を突かれた闘士型は、ただの巨大な木偶人形に過ぎない。

 まだ終わらない。着地と同時に振り向く。

 紅い瞳は、来るべき未来を描いている。


(残った二体が、地面に落ちている仲間の骸を持ち上げ、投擲する。狙いは)


 ヴェルヌは隣のネッドを突き飛ばした。

 一秒後に、氷惨が飛んでくる。

 轟音。雪が舞う。辛うじて避けたヴェルヌには何も、見えない。

 だが、彼の仲間にとっては――そうではないのだ。

 ネッドの異能は「必中」である。

 吹雪も暗闇も、彼の打つ銛の妨げとはならない。


「半歩右だ、ネモ!」


 その叫びに応えるかのように、深紅の影が――吹雪を割いて、現れる。

 影は両拳を突き出した。

 致命的な破砕音がして、そして全てが終わった。


 雪煙が晴れた。

 彼らの見知った、ネモ・ピルグリムがそこにはいる。


「――ぼろぼろじゃないか、あんたたち」

「……うるせェよ。楽してんじゃねー、クソ」

「そうですよ……一番……楽な、役回りだったでしょ」

 

 例えその身が、紅い鋼に覆われていたとしても。


 ――おれたちに任せてください。

 ――解った。一人じゃないってことを覚えておけ。

 

 氷惨は一切の感覚器官を有さない。

 それにも関わらず、かれらは何故か正確に人間の挙動に追随することができる。

 受け入れるよりほかない。理屈が不明であろうと、感覚は事実として存在するといえるだろう。だが、そこに付け入る隙がある。

 ネモが闘士型の突撃によって瓦礫に消えたあとも、彼女は再起不能に陥ってはいなかった。むしろ、不可視の戦闘圏に存在することで氷惨を穿ち続けていたのだ。生存能力の高いヴェルヌと、面制圧能力の高いネッドが敵を引きつける。氷惨の意識から逸れたネモが、氷惨を遊撃で仕留める。打撃三班の三人で行える、最小かつ最大の陽動作戦だ。

 ネモ・ピルグリムの異能は――赤吹雪の鉱分を吸着し、氷惨よりもなお堅固な金属の装甲を身に纏うことである。皮膚の角質に浸透し同化するその能力を、ノーチラスは「硬化」と呼んでいた。

 そして異能を発揮している間。その外見は、紅い吹雪を纏っているようにみえる。

 赤吹雪がすべてを隠す中で、意識外より地を這いながら標的に迫る彼女をどのような氷惨が視認できるだろうか。全てを貫き総てを防ぐ鎧は、同時に彼女を戦場に雌伏させる迷彩でもある。

 それでも。

 この陽動作戦は、多数に対して最大効率での殲滅を可能とすると同時に――ヴェルヌとネッドに、多大な負担を強いる戦略でもあった。

 ネモは二人を抱き寄せた。


「……無事で、良かった。二人とも」


 ”船長”キャプテン

 吹雪を渡り、戦の舵を握るもの。

 ノーチラスの面々は彼女を、

 ”船長”キャプテンネモと呼ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る