第9話 花火

 静岡から帰った明くる日、散歩の途中でマキちゃんに会いました。

「リサちゃん、今度の土曜日花火大会があるんだけど、一緒に見に行かない?」

「いいけど、ママに聞かないとわからない」

「いいよ。じゃあママに聞いていいっていったら一緒に行こ」

「うん、そうする。もしいいっていったらお兄ちゃんも行っていい?」

「べつにかまわないよ」

 マキちゃんはお兄ちゃんと直接話したことはないのですが、これまでにお兄ちゃんを何度か見たことがあるので、べつに気にしてもいないようでした。

 散歩をすませて家に戻ったリサちゃんは、花火大会に誘われたことをさっそくママに話します。

 ママは「マキちゃんのママが一緒に行ってくれるならいいよ」といってくれました。そして、「あとからマキちゃんのママに電話をしておくから」と、付け加えました。

 よろこんだリサちゃんは、さっそくお兄ちゃんの部屋に行き、宿題をしていたお兄ちゃんに花火大会のことを話します。

 お兄ちゃんはもったいぶったような返事をしていましたが、本心は行きたがっていることが小学校2年のリサちゃんにでもわかりました。

 お兄ちゃんは、1年下のマキちゃんが気になる存在だったので、少し照れていたようです。


 花火大会の日、早めに夕飯をすませたふたりは、足早にマキちゃんの家に向かいました。今夜ばかりはポピは家で留守番です。ロンと遊ばせておいてもよかったのですが、まだ子供なので目を離すと心配なのでつれて来なかったのです。

 夏の夜はなかなか来ません。見上げると本当に花火大会があるのかと思えるくらい明るい空でした。

 花火大会がはじまるまでの間、リサちゃんとお兄ちゃんはロンと一緒に遊びました。ロンはボール遊びが大好きで、お兄ちゃんが投げるたびに勢いよく走って行き、そのボールをちゃんとくわえて戻って来るのです。

 ポピの場合はボールをくわえるまではするのですが、持って来ることまではしません。

 リサちゃんはロンを見て、早くポピにも同じことを覚えさせたいと思いました。

 マキちゃんのママと4人で家を出ると、花火はようやく空が暗くなりかけた7時半ころから盛り上がりはじめました。

 トン、トン、トトトト、トーン

 濃い色の空に赤、黄、緑、青といった鮮やかな花を咲かせます。それと同時にお腹を揺するような響きが聞こえて来ます。

 最初その激しい音におびえていたリサちゃんでしたが、夜空を染めるきれいな花火を見ているうちにそんなことすっかり忘れてしまいました。

 ふとお兄ちゃんのことが気になって見回すと、なぜかお兄ちゃんはみんなと離れた場所でひとりだけで花火を見上げています。

 帰り道でそのことを聞くと、お兄ちゃんは「べつにィ……」といったきり黙ってしまいました。お兄ちゃんの横顔が心なしか淋しげに見えたリサちゃんでしたが、なぜそんな顔をしているのかわかりませんでした。

 リサちゃんが家に帰って真っ先にしたのは、ポピを抱き上げることでした。

「ごめんね、ポピ。さみしかった? いい子いい子したげるからね」

 小さな母親になったリサちゃんは、何度も何度も仔犬の頭をなでてやりました。そのしぐさはまるで何日も家を留守にしていたかのようです。

 お兄ちゃんはすぐと自分の部屋に入ってしまい、ママにお風呂だと呼ばれるまで出て来ませんでした。

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