第4話

 1週間ほどして、いつものようにリサちゃんが学校から帰ると、リビングの隅に小さなダンボールの箱が置いてあるのに気づきました。ランドセルを背負ったままなんだろうと思って近づくと、物音に気づいたのか、産まれて1ヶ月そこそこの仔犬が、ダンボールの箱のふちに足をかけて、ひょっこり顔をのぞかせたのです。

 リサちゃんはびっくりしたのと、大好きな仔犬が家のなかにいたことで、思わず「ワーッ」と大きな声を上げてしまいました。

 仔犬は産まれて間もない茶色のオスの柴犬で、足の先だけが靴下をはいたように白くて、まるで動くぬいぐるみでした。

「ママーぁ、ママーぁ」

 柴犬の頭を優しくなでつづけながら大きな声でママを呼びます。

「ママ、これリサの犬? 飼っていいの?」

 リサちゃんはうれしくてうれしくて、ぴょんぴょん跳びはねながら聞きました。

「あまりリサが犬を飼いたがるから、パパと相談して決めたんだけど、でもそれはリサがちゃんと面倒をみるという約束ができたらだからね」

 ママは床にひざをついて、リサちゃんの目を見ながらいいました。

「みる。ちゃんとみる。毎日のご飯と、散歩それにウンチのそうじはリサがやるから。今度は本当に約束するから」リサちゃんはしっかりと仔犬を抱いて、「ママ、ありがと」と、

 うれしそうな顔でいいました。

「いいのよ。でも、もしリサがズルするようだったら、ママこの子すぐに返しちゃうからね」

 ママはリサちゃんが犬を欲しがっていることを友達に話したところ、たまたま飼ってる柴犬が6匹子供を産んだと聞き、仔犬をゆずってもらうことにしたのです。

 リサちゃんは仔犬を『ポピ』と名づけました。犬を飼ったときにはこの名前をつけようとずっと思っていたのです。

 リサちゃんは早くお兄ちゃんにポピを見せたくてうずうずしています。そんなときに限ってなかなか帰って来ないものです。

 ようやく玄関のドアが開く音がして、お兄ちゃんが学校から戻って来ました。靴を脱ぎかけているお兄ちゃんの腕をつかんでリビングに引っぱって行きます。なんのことかわからないお兄ちゃんは、いやいやながらリビングに行きました。

 リサちゃんはダンボール箱の前までつれて行くと、箱のなかでくうくうと眠っているポピを指さします。

「ポピっていうの」

「うそォ、マジかわいいじゃん」

「でしょ。だよね。きょうからリサが面倒みることになったの」

「リサが? ムリ、ムリ。おまえはすぐに投げ出すから、絶対ムリ」

「そんなことない。ちゃんと面倒みられるゥ」

 リサちゃんは、半分泣きそうな顔になっています。

「だったらいいけど。なあ、お兄ちゃんも協力するから、ふたりで育てよっか」

 もともと生き物が嫌いじゃないお兄ちゃんも、目の前の愛らしい仔犬の姿を見て、自分も一緒に飼ってみたくなったのです。

「ほんと、お兄ちゃん?」

「ほんとだよ。だってリサひとりじゃ絶対ムリだも」

 お兄ちゃんの言葉はリサちゃんにとってとても心強いものでした。

 リサちゃんはママと一緒に夕飯のお買い物に出かけました。お兄ちゃんも一緒です。なぜならば、そのついでにペットショップによることになったからです。

 ポピはまだ仔犬なのでなにを食べさせたらいいのか、どの程度運動させたらいいのか、ベッドはどうこしらえたらいいのかすべてのことがまったくわからなかったので、ペットショップのひとに相談することにしたのです。

 ペットショップの店員さんのアドバイスで、散歩用のリードとご飯の食器、それと『仔犬の育て方』という本を買いました。そのとき店員さんが、「なにかわからないことがあったら、いつでも聞いてください」と優しくいってくれました。それを聞いたとたん、リサちゃんは胸のなかにずっとあったシコリのようなものがすうっと消えていきました。

 買い物をすませて家に戻ると、あいかわらずポピはダンボールの箱で軽い寝息を立てています。リサちゃんはお兄ちゃんと顔を見合わせて、もう少しそのまま眠らせておくことにしました。

 その後ふたりは、晩ご飯になるまでずっとポピの箱のそばにしゃがんだままでした。


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