1日目-3
『オーケー、カケルくん。一日お疲れ様。さて、今時点での答えを聞かせてもらおうか。生きのびるために、必要なことは、何だと思う?』
サカキダ室長の上機嫌な声がする。人の命をもてあそんでおいて、いい気なものだ。サンプル採取も終わったし、余計に月にいる理由はない。早く帰ろう。こういうので好まれる答えは知ってる。
「月から地球を見ました。その美しさが奇跡だと思いました。その奇跡の星にぼくは生まれ、生きていることが奇跡だと思いました」
『……ふうん、続けて』
「生きていることが奇跡だということを忘れずに、日々のことに感謝することが、生きるためには欠かせないと思いました」
『OUT。その調子だと1か月は帰れない。誠意をもって自分の言葉で答えるように。明日は巻き返しを期待してるよ』
なんだよ。
よく考えれば、ぼくと義姉は脈拍や発汗などのバイタルサインをモニターされていた。嘘をつくと脈拍が早くなるって聞いたことがある。くそサカキダのバカヤロー。しかしぼくもうかつだった。1日分を無駄にしてしまった。生体反応をコントロールする技術がぼくにはない。大きな嘘はつけないということだ。
『必要なもの、足りないもの、何かあるかな?』
サカキダが聞いてくる。宇宙食の唐揚げと白米も地上のものとは全然違う。全部が日常と違いすぎて、何が足りないのかもよくわからない。ええと、ここになくて、欠かせないもの。
あ、毛抜き。
言おうとして、やめた。そうだ、宇宙服を脱いで毛抜きを始めたら、ぼくは死んでしまうんだった。
「……ありません」
『オーケー、本日の通信はこれで終了する。他に伝えることは?』
「ありません」
『OUT。私はこれで通信は終了だと言ったね。君は一人で月にいるんじゃない。もう一人に必要なものを、君は相手に尋ねすらしなかった』
「お義姉さんは、ほしいものは聞かれなくても自分から言えます」ぼくはムカついて反論した。
『そうねえ、確かにあたしならガンガン言うね。あんたは間違ってない』
義姉、珍しくぼくの味方をする。よし、いいぞ。
『でもあたしのかわりに、ありませんって答えるのは、違うと思うよ』
ボディブローを食らった気分だった。正確にはかわりに答えていない。ぼくの中には貴女の存在すらなかった。たぶん、それはなお悪い。
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