1日目-2

 K-POPの音にまみれながら、ロケットは月面に着陸した。

『オーケー、二人とも、よく頑張った。カケルくん、君は今日から3日目の最終日まで、生きのびるために必要なものは何か、よく考えるんだ。食糧はある。君たちが着用している大人用おむつも在庫は充分だし、吸引トイレも2人で1週間分は大丈夫だろう。エアーもある。必要な物資があれば、何でも言ってくれ。間に合えば送ろう。1日の活動が終了したら機内に戻り、私に通信するように。君の応答が合格なら、3日を待たず帰還プログラムを起動する。合格水準に達しない場合は、君の保護者であるおねえさんに合否を委ねることになる』

「はあっ?!」

 適当にレポートして3日いりゃ帰れるんじゃないのか。合否とか聞いてない。結局は月に行ってまで義姉にいい顔してないと生きて帰れないってことか。どこまでも大人優位のクソシステムだ。生きるためには必要ってか。ああ、もうなんか答えは見えた。意味がなくても耐える経験が大事? ぼくはそういうのにはのらないことにしてるんだ。

『以上、質問はある?』

「ないです」

 大いにふてくされてぼくは答える。


 義姉は月の重力の軽さにより、動きキレッキレでK-POPの足の長いお姉さんたちの踊りをしている。『うわー! めっちゃこれ動画撮りたい! スマホあればいいのに!』そのうちバック転を試みて『ちょ、できた! できた!』とぼくに報告してくる。この人はどうして、月に来て最初にすることが踊ることなんだろう。思考回路が理解できない。兄がこの人と結婚しなければ、この手の人とは縁はなかったと思う。踊りが好きなのか。じゃあどうしてこの人は、兄の隣では踊らないんだろう。

 宇宙センターから指示されたサンプル採取は、小一時間もあれば終わってしまった。ぼくはやることがなくなって、地球を見上げる。うるうると水をたたえ内側から青く発光する生命体が、ゆっくりとその身を回転させているのが見える。ゼリー状の大気圏が角膜のように球体を包みぼうっと光を放っている。生まれたてのようにやわらかな水の球。宇宙的なアクシデントがあればたやすくこわれてしまいそうだ。何万年、地球はこの姿だったのか。でもそれは、宇宙規模では瞬きぐらいの時間なんだろう。宇宙的な奇跡が、今ぼくの頭上にある。

 これを見た人生と、見ない人生のことを考える。結果にたいした差はなくても、出会ってしまった後では、出会っていない人生には戻れないということが、ひょっとしたらあるのかもしれない。

 そう思いかけてぼくは、首を振り大急ぎで振り払った。結果が全てだ。検索でわかることは、図書館で調べなくたって、詳しい人と知り合わなくたって、同じものが得られる、ぼくらはもうそういう時代に生まれてしまっている。ぼくは昔からの意味のない過程への崇拝を拒否する。3日で高卒の資格を得る。そういうことがあってもいいじゃないか。



『地球、きれいだね』


 しずけさを破り、義姉の声がした。

 そういうのは兄に言え、と思ったが、月の上にはぼくしかいない。

「そうですね」

 ぼくは返事をした。別に嘘じゃない。確かに地球は美しい。


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