何を見るのか
「さっきから、何見てんだよ」
二人の男が、絡んできている。それを見ている俺にはどうすることもできないから、ただ慌てるしかない。
「いや、見てないよ」
馬鹿、と俺は思った。そうか、思い違いだったか、悪かったな、じゃあな、なんてことがあるはずないと分かっていながらそのチョイスはないだろう。
「いや、何か文句あるなら言えよ」
「デートでイキってんだろ」
「ホテルは高速のインター前だぞ」
「うわ、親切」
二人の男はなにが面白いのかげらげらと笑いながら、ゴールのない会話をしている。なんのために俺たちに絡んでいるのか全く分からないが、このままではまずいのは明白だ。
何とかしろ、俺。俺はそう思い、サヤをかばうようにして立つ俺が活躍することを期待した。
「あの、もういいかな。花火に遅れちゃうし」
シルクのように優しい。俺は肩を落とすしかない。ここは一発ガツンと決めていいところを見せておくべきなのに、何だこの生温さは。
「あの」
サヤが、俺の後ろから口を開いた。
「わたしたちがカップルだから、絡んでくるの?」
一人は金髪の坊主頭でヒップホップ系の格好をして、もう一人は白のタンクトップにケミカルウォッシュのデニム、唇にピアスというヤバさだ。怖いとかそういう気持ちはないのだろうか。気が大きいところがあるとは思っていたけど、まさかこんなときにそれが出るとは思っていなかった。
「彼女いないのね。寂しい青春ね」
「うるせえ、女くらい、どこにだって」
「でも、あなたたちの隣にはいない。いるのは――ほら、見てみて」
言われて、男どもはお互いの顔を見合った。
「よかったね、いいお友達なんだね」
「てめえ、ナメてんのか」
「カップルだからそれを
「ま、まあ」
「じゃあ、花火を楽しんだら?ほら、屋台もあるし。きっと、これから二人が違う道に進んでも、この思い出がいつでも二人を繋いでくれる。違う街で暮らすようになっても、ふと連絡してみて。おお、久しぶり、最近どうしてる?じゃあ今度飯でも、なんてね。素敵じゃない」
「な、なんだよこの女――」
「あなたたちのどちらかが結婚したら、招待されてきっと泣いちゃうね。子供ができたら、自分の親戚の子みたいに可愛く思えちゃうかも」
「う、うるせえな」
「あなたたち、名前は?」
「サトシ」
「ダイキ」
男たちは、完全に呑まれてしまっている。サヤがあまりにも楽しそうに笑いながら素っ頓狂なことを言うものだから、ついに名乗ってしまっている。
「そっか。サトシくんに、ダイキくん。これからも、仲良くね」
俺は、心の中で喝采を浴びせた。それでこそサヤだとファンファーレを鳴らしたくなるが、俺の情けなさはどうだ。首を傾げながら立ち去ってゆく二人の後姿を呆然と見送るしかない俺の頭を平手ではたいてやりたい気分だ。
みっつめの目印は、なんだか妙な具合だ。実際に起きたことと違うことが起きている。これが俺の記憶の追体験ではないのなら、俺はいったい何を見ているのだろう。
「さ、行こう」
サヤが俺に手を差し伸べる。それを握り、俺はサヤのあとに続いた。
こんな奴のどこがいいんだろうと思うくらい、情けない。
ざわざわと闇を満たす人の群れが、急に静まり返る。おなじものを見上げ、息をひそめる。まるで、神様が降りてくるのを待っているかのように。
夜を切る音。そして、火の傘が大きく開く。同じトーンの歓声が、河原を満たす。
「すごい、すごい、すごい」
サヤは大喜びだ。せっかくの花火デートなのに妙な奴に絡まれたとか、そういうことは気にしないらしい。
全ての花が散り終わったあと、俺たちはキスをした。そして、帰路につく。
「あ」
サトシとダイキと、また行き合った。彼らはまさか長いキスをしていたわけではないだろうが、最悪なタイミングだ。
「さっきは、ごめんなさい。変なこと言って。急に話しかけられたから、怖くなっちゃって」
「いや、こっちこそ悪かったな。缶ビール飲みすぎたのかも」
「おい、行こうぜ、サトシ」
何事もなく、二人は駅の方に去った。サヤは俺を見上げ、肩をすくめて笑った。
「サヤでも、怖いと思うことがあるんだな」
「うわ、なにそれ、ひどい」
「いや、なんていうか」
「そりゃ、怖いわよ。だけど、耕太郎が一緒なら、大丈夫。バイトで嫌なこともあるし、昔同級生に言われた嫌な言葉を思い出してムカムカしたりもする。朝起きただけで意味もなく世界が滅べって思っちゃうくらい機嫌が悪いときもある」
浴衣の下駄を鳴らしながら、それに拍子を合わせるようにしてサヤは苦笑いをする。
「だけど、耕太郎が一緒なら、大丈夫。わたしは、そうなんだ」
何が嬉しいのか、サヤは満面の笑みでそういい切った。
「耕太郎ができないことは、わたしが庇う。わたしが弱いときは、耕太郎が守る。そうでしょ?」
「ああ、そうだといいんだけど。ごめんな、全然頼りにならなくて」
「そう、それ」
サヤは、ひとつ強く下駄を鳴らした。
「漫画とかドラマだったら、あそこでサトシとダイキを殴り飛ばして、汚ねえ手で俺の女に触んじゃねえ、とか、帰ってママのおっぱいでも飲んでな、とか言うんだろうけど、実際はそんなのにときめくような女の子、いるかなあ」
なんだか時代設定と国がめちゃくちゃだけど、サヤは自分なりの考えを語る。
「男の子とか女の子とか、そういう線引きをしちゃいけないって最近はよく言うけど、それでもやっぱり男の子は男の子で、女の子は女の子。生物学的に見ても、性差のない生物は――あ、細かい話になるからそれは置いといて」
サヤは、ぴんと人差し指を立てて俺の注意を惹いた。そんなジェスチャーをする女の子こそ希少種じゃないのかと言ってやりたいが、俺の言葉は二人には聞こえないからやめた。
「耕太郎は、彼らに絡まれて、迷った。どうしよう、って。強く出て揉め事になるのは嫌だし、かといって無視すれば面白がってさらにからかってくる。そこで、耕太郎は考えた。そして、実行した。自分が見ていた、いなかったという話題から的をあえて外し、花火に遅れちゃうから、という論点にすりかえた」
「いや、そんなテクニカルな感じで言ったわけじゃないけど」
「そして、正直にそれをわたしに打ち明けられる。自分がアイコン化された男性像と違う行動を取ったことを素直に認め、わたしがそれをどう思っているのか気にかけられる。ごめんな、頼りにならなくて、って」
サヤの恋愛観は、独特だ。そりゃあ、あんなお母さんに育てられたんだから少女漫画なんかよりもよっぽどリアリティのある恋愛教育を受けてきているんだろうが、ふつうの女の子ならここで俺を頼りにならない奴と言って嫌いになっても仕方がないところだ。
「それでこそ、耕太郎。背伸びせず、自分を知り、自分が人にどう映るかを気にすることができる。それは、正直さであり、優しさ。とてもいいことよ」
だけど、とサヤは意地悪な顔を俺に向けた。
「さっきのサトシとダイキみたいなヤンチャ男も、まあ悪くないけどね」
「おい、待てよ」
「どっちかっていうと、ダイキの方がいいかもね」
「サヤ」
「うそうそ、冗談」
俺は、二人を後ろから眺めながらそのまままた尾を曳く光に流され、みっつめの目印をあとにした。
よっつめの目印。もう、何が来ても驚かない。
カフェ。これは、サヤがいっときバイトをしていた。俺の仕事が安定するまでの間、大学院に行くのを諦めてフリーターをしていた。
「いらっしゃいませ」
店員をしているサヤというのも、悪くない。この頃にはだいぶ垢抜けているし、オシャレな制服もよく似合っている。
「大丈夫?今日、いつもより調子悪そう。先に、休憩取ってきなよ」
「え、でも」
「いいのいいの、掃除くらいなら、新人の俺にもできるからさ。サヤが戻ったら、俺も休憩もらうわ」
「じゃあ」
俺は、愕然とした。
サヤがバイトしているカフェに、なぜあのチャラい男が。花火大会で絡んできて妙な縁ができて、偶然にもサヤのバイト先に新人として入ってきたとでもいうのか。人気のコーヒーチェーンだけあり、髪型なんかは花火大会のときに比べてこざっぱりしていて、今風だ。そしてサヤの変調に敏感で、気配りができる。
まさか、このままサヤは俺を置いてこいつに気を傾けていくなんてことは。そう思うと、太もものあたりがむず痒くなり、いてもたってもいられなくなった。
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