ニノ十 越えた先の無力

 移動中、地面が破裂するような奇妙な地震があった、そのせいで陸にいる、魔物はかなり減り、町人とも予定より早く出会う事ができた。町人のいる場所は、常に周りに男女問わず戦闘できる者が見回っていて、襲ってきた魔物やあたりに生えている木の実を集めて、食料を確保していた。

「何者だ!」

「打羅と言う近くに住んでいる、鍛冶師だ」

「いいや、そんな名前聞いた事はない」

かなり切り詰めた殺気で問い詰めて来るその男性は、志保の力によって理解し、避難場所まで案内してくれることになった。

 彼女自身の意思を完全に理解させることが彼女の能力だが、普段志保が使っていない事がよく分かる。敵意むき出しだった警備人は、まるで操り人形の様に目の色も変えずに、今も案内をしているのだから。

「こういう使い方嫌なのよね、普段は使っていないのよ」

「ああ、わかっているさ」

少なからず、俺はこの三人に使える力など持ち合わせていない、彼らと出会ってから約五年が経つが、初めて出会った時と俺たちは何も変わっていない、昔も今も、植物のように成長しては枯れていた。そしてこの国も新たな種が落ちようとしているのかもしれない、俺は徐にその場に立ち止まって、燃えさかる刃の宮の形を消えつつある昨日とともに見つめる。この熱い空気で俺の中にある何かを溶かしてくれているのだろうか。

「どうしたの」

気付くと隣には、何かを見つめる静詩の姿があった、彼女はやけに落ち着いて、先に行ったわよ、と口だけを動かし、俺と同じようで違う何かを見ていた。

「わからない、ただふけっているだけなのかもしれない」

「出会ってからかなり経つけど、そこに私も惹かれたのかもしれないわね」

静詩には何か引き込まれるような物が昔からあった、共に生活するうちに馴れて行ったが、それが彼女自身の生き方なのだから、流されないようになると言うだけで、根本的には何も変わっていない。

「力はあるのに意思がない、まるで一人の人間みたいね」

その一言で俺は、電車から電車へと、飛びうつるように、我にかえり、まばたきをした。目の中とまぶたの裏が轟音と共に潤うのを感じる。

「さあ、行きましょう」

「ああ、すまない」



 大量の煙と、炎が城を包み込み、その中では理解の届かない現実が成熟しつつあった。

 自刀を出し、俺たちは命と自由をつなぎとめていた。あと少しだ、あと少しで、辿り切れる。

「先ほどから、何故あなたたちは! 」

心さんたちは鬼覇の元にいた、俺たちは防戦一方で、歯が全く立たずに、その答えにもたどり着けていない、捌き切れていることが唯一の救いだが。

「お前になら、きっとわかるはずだ」

阿修羅さんの斬撃を受け流し、自刀を消して懐に入りこもうとするが、あと一歩の所で届かない、悔しい気持ちを抱えながら互いに距離を取る。視界の端に見える村正さんは、点と点を移動しながら攻撃しているが、心さんの自刀によって、点と点ですら動きづらそうにしている。

「っ……しかし! 」

阿修羅さんは、何も言わずに腰を落とし、自刀を鞘に収めた。

「わかってくれ」

そう思った時にはもう遅く、目にも止まらない斬撃で俺は、城外に打ち飛ばされた。空中で唯一動くのは人差し指と薬指だけ、他は水を吸った布のように重く動こうとはしなかった。

 阿修羅さんと剣を交えてわかった、鬼覇は寂しかったのだ、自分の力が強大すぎるがゆえに、助けも、弱みも無く、自分から動こうともできなかったのだ、だから心さんたちは仲間になったのだ。誇らしいとすら思える、胸から滲み溢れそうな胸の暖かさは、出血という現実に冷まされ、世界が縮んで行く事を感じて行った。しかし、不意に頭に無煇さん言葉を思い出す。

「もう一度だ」

俺は自分の力を柱状にして、地面と城の壁に突き刺し、空中で止まる。体には怒りと暴力を乱暴にかき混ぜたような痛みが襲い、言葉を一瞬失う、地面に叩きつけられるよりも苦しいが、生きている以上、刺激とは表裏一体だ、指が空を撫でるのも、地面を踏みしめるのも言ってしまえば刺激なのだ。俺は地面に近づくにつれて体に戻ってくる力で筋肉繊維を作り、骨を紡いだ。

「これだけあれば十分だ」

地面に着陸すると同時に、俺は阿修羅さんが来る淡い気配を感じ、あまりにも感度の良すぎる慣れない体でかまえる。

「なんだ、まだ生きていたのか強くなったな、蝕月」



「いいや、違う “あなたが弱くなったのです” 」



阿修羅さんは微笑を浮かべて、こちらに向かってくる。俺は陰りで対抗するが、剣を弾かれ、大木のような力強い足に蹴飛ばされてしまう、これではダメだ、もっと深く、もっと濃く。

ふと、俺は立ち上がり、刀を鞘に収める。阿修羅さんは確実に俺の弱点を突きながら、それをつなぐ健や骨を狙ってくるが、俺は急所を懸命に避け、彼の手首を攻撃する。

「何をするつもりだ」

「さらに強い力で、あなたを御す」

更に猛進する阿修羅さんから俺は一気に距離を取る。自刀からはすでに重たい煙のようなどろどろとした、霧が溢れ出していた。深く腰を落とし、阿修羅さんが放った斬撃の音と彼が迫ってきている音を聞く。炎の音など到底聞こえない域まで達し、拍動という命綱を垂らし、更に奥深くに落ちてゆく。

僕は間違っている、初めは右も左も分からずにただ正義と悪だけをもとにここまで進んできた、でも違う、俺の中には悪などなかった、あるのは守るべきものと、強い意志だけ、まだまだ か弱かったのだ。綱は駆けるように引き上げられ、俺は強い光と共に抜刀する。

「我流抜刀術 “影淵(かげふち)“ 」

抜いた瞬間、あたりの炎から出る光や空から差し込む星の光も暗闇に飲まれて、そこには生物としての意識だけが洗い出される。俺は阿修羅さんの意識の中にある、一本の糸を斬った。そして、納刀すると同時に鞘に闇が吸い込まれる。俺はその場で片膝をつき、あぐらをかいた。

「死ぬまで、死にきれないな」

阿修羅さんは、立ち上がり城の中に戻って行った、俺がしたのは強すぎる後押し、その糸を結ぶこともできるが、きれないと進まないことがある、俺はそれを斬った。




 少ししてから、風さん達が俺を探し当ててくれた、自刀を出し、神酒の刀身を俺の鞘に納刀する、目がくらむような光と共に、中から細い手が伸びて来た。

俺はその手にすがり、立ち上がる。光は徐々に彼女の中に収束し、もう片方の手には俺の鞘が握られている。

「お帰り、神酒」

「ただいま、感じていたよ、蝕月の強さ」

俺たちはもう一度、同じ世界で同じ命で、巡り会えたのかもしれない。

「私たちが望む形で終わらせよう」

「ああ」

「ええ」

「はい」

「はい」

俺は刀の姿に戻り、神酒の心に入った。




******




 蝕月を心に収めると、溶け合うように私は蝕月の気持ちを理解できた、それだけで私は涙が出そうだった。こんなにも戦い、苦しんだ強い人間は今まで見たことがなかったからだ。

「本当にありがとう、三人の気持ちがなかったら私は、戻りたくても絶対に戻れなかった」

「はい、どういたしまして」

「神酒さんも強くなったようですね」

私は深く頷いて前を向く、私たちとこの世界はずっと前から剥離している。こんな世界私の居場所じゃない、そんな事を幾度となく思い悩んだ。けど、それは間違っていると思う。

 この先に世界がある確証も、こうやって仲間と共に生きる事ができる事実もその先にはない、握り潰されそうな圧力も、ぷつんと切れた糸も、太陽の光も直接は見る事ができないのだから。

 私達は崩壊しつつある城の最上階に着地する。阿修羅さんはなぜか鬼覇と戦い、心さんは村正さんと剣を交えていた。私は自刀を出して鬼覇に向かって鋭い殺気と共に大きな心声を上げる。鬼は眉をひそめ、私の方を睨んだ。

「先ほどから、面白い事が起きているが、妖刀の風上にも置けん、半人前の化け物はどこへ行った?」

「あなたにはわからないでしょう」

鬼覇は、私を数秒睨み、理解不能なその状況に苛つき、不服そうな表情を見せる。私はそれを見て満面の笑みを浮かべながら、自刀を出し、自分の胸に突き刺した。刀には血が伝い、染まるように色が反転してゆく、そこには突き刺さるような痛みも虚しさも、無いに等しかった。

「阿修羅さん、あなたは心さんの所に行ってあげてください」

彼は背中で返事をして、心さんの元へ走って行った。私は胸から自刀を抜いて、鬼覇に向けて、斬撃を一振りする、彼は避けることもせずに体で受け、心のくすぶりがあふれ出したような笑みを浮かべ、自刀を抜いてこちらに向かってくる。だが、もうすでに勝負はついていた。

「なんだ、今の攻撃は、笑わせてくれる。」

そう、彼は踊っていた、剣を振り、体には切り傷が生じ、壁に激突して。

 あの斬撃で、彼の心眼は狂い、決壊した。もう私達は必要無いのだ、彼は一人で生きて行ける。そこには沈み込むような快感も、ひりつくような刺激もある。不自由も自由もそこには存在しない、現実の皮を被った妄想なのだから。

そして、彼は私を倒したのか、自刀を納めて、その場に立ち尽くした。私はゆっくり彼に近づき、心臓を自刀で突き刺す。刃からは、髄液のような透明な液体が伝い、火によって跡形もなく蒸発する。

「神酒さん、彼に何をしたのですか?」

「自由を奪い、地獄に叩き落としました」

風さんと紫狐さんは愕然とした表情を浮かべて、鬼覇のその様を見ていた。どこかはっきりと分かるところを見つめ、生き生きとした目をしているが、一歩も動こうとはしない、その異質な状況を。

 その頃には心さんは元に戻っていて、阿修羅さんに抱えられていた。

「ありがとう、この恩は忘れない」


「いいえ、私は褒められるようなことはしていません、どちらかといえば罰を受けるのは、私の方です」


阿修羅さんは何も言わずに頭を下げ、自刀で空間を裂き、中に入って行った。

きっと、心さんには恨まれるだろう、そう頭で考えつつ私は自刀を消し、仲間の元に戻る。

「師匠、説明してください」

風さんは、今にも泣き出しそうな表情で村正さんを問い詰めている。村正さんは風さんの手を握りゆっくりと話し出た。

「すいません、あの時はどうしても風を巻き込みたくなかった、私は命を巻き戻すという罪(・・)を犯したのです」

この世界では、世界を壊す可能性を持った、人が沢山いる。そして、この世界の先人は、壊さないように少しずつ世界を崩し、溶かして来た。それを継ぐ人たちは、均衡を保とうと罪を作り、歪め、不安定な世界で生きてきたのだ。その中で、終わりを引き延ばすことは大いに罪に値するだろう。

「私の場合自ら妖刀の道を選んだわけではなかった、力を持つものが人為的に私を恨み伝え、私は妖刀になってしまい、堕ち、自壊してしまった」

目を強くつむり、村正さんは風さんの手を強く握り、上からもう一歩の手を重ねる。風さんはそれをさらに上から覆って、何かを悟ったように頬に涙が伝う。

「そうだったのですね、もうあなたは私の知っている師匠では……ない」


「物分りが良いですね、ありがとうございます」


三人の間に冷たい沈黙が漂う、形をもった雫のような瞳で二人は静かに抱き合い、声にならない言葉を交わす、日の出が始まり、魔物は森の中や空気に混ざり消えていった。闇を際立たせる日の光は清々しい残酷さだった。

長い間の沈黙から立ち上がり、村正さんは私の方へと近づいてきた。

「お願いします」

「助けてあげてください」

彼女は小さく微笑み、頷いた。そうして、私は自刀を抜いて、彼女の心をむき出しにする。鎖のようなもので紡いだ肌色の球体だった。私は鎖を解き、拳で叩き割る。砕けた欠片は、空に輝きながら昇り太陽の光を反射していった。彼女の姿はもうどこにもなく、この世にあるのはくっきりとした形だけだった。





刃の宮は復興を始め、朝から晩まで大賑わいだ。刃の宮は大きな半円型に国の形自体を変えるらしい、安綱さんは私たちと国の中を歩きながらそんな事を、将来の夢を語るように話していた。蝕月もだいぶ元気になって、以前より一層磨きがかかったように見える。

「俺は我呪と別で、旅をしようと思う」

神妙な面持ちで、隣を歩く蝕月が話しかけてきた。この先私たちが行こうとしている国は“天ノ国”と言う神族の住む場所だった。この刃の宮から垂直に移動したところにある浮島のような場所らしいが、妖刀は中々入ることが許されないそうなのだ。蝕月の心を見るが、乱雑に揺れる、明るい炎のような形をしている。

「分かった、少し不安だけど天ノ国のことをまとめて手紙や本を送るから、それで情報共有しよう」

「分かった、本当にありがとう神酒」

そうして、風さんと紫狐さんと私は天ノ国に、蝕月と我呪さんは獄の国へと向かうことに決めた。時々手紙と本を送り合うことを決めて。

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