ニノ十 同じ違い

 砂から出ると、空には光の届かない暗い空間が広がっていた。夜風が木を不気味に揺らし、着々と俺たちの体から熱を奪い去って行く。俺の中にある熱りを冷ますにはちょうど良かった。

「先に帰って良いぞ? 」

 無煇さんはそう言ったが俺は一緒に夜の街について行くことにした。林から街の壁を越え屋根に飛び移る。今の自分の弱さに怯えたのか、好奇心なのかわからなかったが、俺は夜の街を見てみたいと思った。

 無煇さんと二人で治安維持をする事はこれが初めてだった。夜の街は華やかな反面、人の本能が日中よりも露出していた。まるで、街自体が街を呪い、食い破っているように見えた。

「夜の街は初めてか?」

 無煇さんは、この街にいる時だけ身体中に血が通っているように見える。目は輝き、体からは熱さえ感じた。そして、屋根から地面に飛び降りると、自分の影が一つから四つや五つにまで増えて、俺が動くたびにその影は円を描くように動き回る。手を伸ばせば手がつながり、足を出せば足がつながった。街の中にいる人は、少し減っていて、その代わりか歩いている人間は屈強な人ばかりだった。

「すいません、時間があれば、こちらのお店に寄っていただけませんか?」

 街を歩いていると、こんな風に沢山の人に声をかけられた。公園では、喧嘩をしている人もいたし、路地裏には跡形も無かったが、血を薄めたような匂いもした。

「お前はどう思う?」

 街をかなり歩いて、中心にある四角の立派な城に向かっている途中だった。無煇さんはどう考えてもこっちの方が近い道なのに、そちらには行かずに、そう一言いうと、右に曲がり、人通りの少ない道にでた。そして、何の変哲も無い道の途中に腰を落とし、目を瞑った。

「俺は、これが人だと思います」

 俺はそう言って、無煇さんの願いが落ち着くまで、俺は白い生粉壁にもたれて、暗い空に自分の思いを浮かべた。夜風が時々通路を通り抜け、やっとまとまりつつある考えも、その度に風に吹かれていった。冷たい、冷たい風だった。

「すまないな、待たせた」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 そして、俺と無煇さんは、屋根から屋根に静かに飛び移り、奇妙なくらいに静かな街を背後に四階の大窓を開けて中に入った。中に入ると、複数の人の気配をやけにはっきりと理解できた。そして、それとは別に死期の空間で出会った女性の気配もその気配の壁一枚先くらいに感じる。俺は歩きながら自刀を構え、その気配達以外の、城にこの時間帯に存在する人の位置を確認してみたが、皆同じパターンで動いていた。

「影海で確認する」

「わかりました」

 無煇さんはそう言うと、自分の周りと俺の周りに無数の影の円を作る。その先には、人の動きが長い時間見える位置からの視点が映し出される。先ほど確認したように全員同じリズムで、交流している。

「先に進むぞ」

 影海に入って行き、俺の影に着いた。影海に俺も入ろうとしたことがあるが、あそこに入った途端、体が毒に侵されたような状態になって、その後、二、三日動けなくなってしまった。そうして、俺達二人は、茂みをかき分けるかのように慎重に通路を進んでいった。使用人に当たり障りにない探りを入れたりしてみたが、いつも通りの反応を示した。そうして歩き続けていると、突然俺以外の時間が止まり、目の前には村雨さんがいた。

「村正さん、どういうことか分かるか?」

「はい、ここには鬼覇と神酒さんたちがいます、どうしてかわかりませんが私を抜いて、ごくの国から抜け出てきたようです」

 原因がまだ分かっていないようだが、ここにいる異質な原因はどうやら鬼覇が関係しているらしい。そして、この事態からするに鬼覇も、村正さんと同等かそれ以上の力を持っていると言う事だ。「という事は、俺たちと同じ空間にいるから、本人の気配が異質になっているという事か」村正さんは静かに頷いて、刀を一振りした。「そうですね」そうして納刀したと同時に、俺の近くにあった木が俺から離れている位置であればあるほど早く葉がなびいていた。どうやら俺たちを中心に時間の層を作ったらしい。「危ないだろう?」俺は心配になって聞いてみたが、村正さんは焦りや恐怖を隠しきれていなかった。

「すいません、怯えて力がうまくコントロールできないので、範囲は狭いですが危険性はほとんどないです」

 俺達はなるべく被害を抑えるために高速で移動した。村正さんは人や物の時間を止めたり動かしたりして久々なのか嬉しそうにしていた。その姿を見て俺は、風さんときちんと話せるように全力で助力すると誓った。

 部屋の前に着くと、肌に熱を感じさせる蒸気のような気配を扉越しに感じた。俺は村正さんと目を合わせて、扉を開ける。その中には、二人の女鬼と長い白髪の男が座っていて、安綱さんは悲しそうな表情をしながら、その場に座り込み戦意を弱らせていた。

「おまえが村正か」

 そしてその声は、火の陰からゆっくりと出てくる黒いフードの男から聞こえた。




 ******(6378文字)




 日が落ちるのが早くなってきたある訓練上がりの時だ、いつも通り志保さんと家に戻る途中、激しい音とともに今までに見た事もないくらい大きな雷が、刃の宮の方角に落ちた。それからは、怒り狂った拳が地面を叩きつけるような鋭い胸騒ぎを感じた。「紫狐、急ぎましょう」志保さんは私に終わりを見据えたような厳しい表情で言った。「はい、私も何か胸騒ぎがします」そう言って私たちが家に戻る最中にも、大きく地面が揺れたりしていた。

「ごめんね、私たちだけじゃどうしようもできないの、力を貸して頂戴」

「もちろんです、騙された気分もしますが、争いは耐えられない激流を生み出すだけですから、それに、私たちはそれを摘み取るために刀を握っているのです」

「ごめんね」

 そう、私たちは戦うために刀を握っているのではない、生き抜くために刀を握っている。志保さんたちのおかげで強くなれたのも事実だし、私達が力を持つ本当の理由はここにあるのだ。

 家に着く頃には、私達以外のほとんどの人が座っていて、私と志保さんが席に着くと、打羅さんが落ち着いた表情で話し始めた。

「今、刃の宮は何が起こっているかわからない、予想では、鬼が“獄の国”から進行してきている。鬼と鬼覇には十分に注意してくれ」

 私も妲己さんと一緒に旅をしていた頃にでくわしたことがあるが、大きな熊と人間を足して割ったような、力強い体格をしていたのを今でも時々鮮明に思い出すことがある。その時はあまりにも異質すぎる姿に私は怯え、妲己さんの足を引っ張ってしまったのだ。そう言えばその時、鬼は単独で行動していた。

「刃の国を先に防衛しよう、移動するグループは記憶している中で共にいる時間の長い者で編成することにする」

 そう言って私達と打羅さん達は綺麗に二グループに分かれて、刃の国に向かうことに決めた。そして、神酒さんは私達と、軟創さんは打羅さん達と行く事になった。

「頑張りましょう」

「ああ、頑張ろう」

 そう言って私達は、刃の宮に向かって、地面を蹴り飛び立った。

 そうして、森を飛び越えて、気配を探る。蝕月さんと無煇さんは、街の中心にある大きな城に確認できた。私達はその気配に向かっている途中で打羅さん達は右にそれて行き、その数秒後には、進行方向から、大きな力と力が衝突するとてつもない音が聞こえた。それは、私達にとってしたら、ガラスを割ることと同じくらいの激しさだった。それを横目に辺り目をやると、鬼と既に戦闘を繰り広げている人や、避難を始めている人間を多く確認する一方、その場で口論を繰り広げる人や、大怪我を負って、助かることを諦め、その場にうずくまっている人間もいた。しかし、火は容赦なく国の命を糧に燃え続け、その力はますます強くなっていた。

「助けてくれ!」

 私達が地面に着陸すると、恐怖と切羽の詰まった大きな声が聞こえた。私は反射的に、声の主に覆いかぶさっている木を切り倒し、そこに土埃が立ち込める。その中には、咳をして意識を失いかけている、若い男性の姿があった。

「私が運びます、なので二人は蝕月さん達と合流してください」

「わかった」

「わかりました」

 私はそう言って、屋根伝いに移動を始めた。火の手は既に城の外まで広がり、森にいる大型の魔物は城に侵入して、鬼と人と魔物で乱戦になっている場所もあった。その上を飛び越え避難場所を指差しで聞いている私に男性が質問してきた。

「どうして、あなたは妖刀と仲間なのですか?」

 きっとこの男性から見た私達は、おかしな人の集まりなのだろう、例えるなら油と水をゆっくりかき混ぜている感じだろう。絶対に混ざらないものなのに混ざろうとしている。愚かな人だと疑問に思っている。

「自分を理解して、歩み寄ろうとしているからです、そして、私たちが自由だから」

「私達は混ざる事が目的ではなくて、混ざらない事が目的なんです。」なんて言ったら、この男性はまたこんがらがってしまうんでしょうね。

 男性はそれを聞くと「はあ」と拒絶を含めた返事をして、自分のわからない領域だと決めつけたのか、それ以上話しかけてはこなかった。そして、城の外で人が集まっている場所に着地すると、それに気づいた人が、男性を運んで行った。

「僕にはわからないけど、良かったらまた話を聞かせてください。助かりましたありがとう!」

 運んで行く最中に男性はそう言い、手を上げた。私は自刀を出して、力を使い高速で仲間の元に戻る。




 ******(8182文字)




 空には先ほどから魔物が飛んでいるので、今は陸を走っていた方が早いと判断して、鬼を撃退しつつ、刃の宮まで移動している。

「気配がおかしいですね」

「ええ、私も同感です」

 城の中には二人と安綱さん以外に複数の気配がする。しかもそれは、はっきりとしていなくて、どれも滲んでいるような感触だった。しかも、その中には私の師匠と似たような気配ともう一つ知っている気配があった。あの二人なら、閉じられた封を開ける事だって容易に出来るだろう。そんなことを思いつつ、炎に囲まれた大通りを走り抜けていると、城門の前に何者かが座っていた。見た目は人だったが、あんなに落ち着いて鬼にも襲われてないのは明らかにおかしい。そして、あそこにいることに少なからず私は、完全に気づかなかった。

「行くぞ」

「はい」

 私と我呪殿は自刀を出して、少しずつ男性に近づく。その時に私の中には、妙な親近感が流れていた。今まで使っていた物が、元々この男性の物だったようなそんな親近感だ。そんな妙な気持ちを背負いつつ私と我呪殿は、その男性に近づく、すると男は少し顔を上げて「何用だ」と聞いてきた。私たちもなるべく最低限の戦闘で終わらせたい。私はそう思い、炎に負けないくらいの大きな声で「城に入りたいのだ」と言うと、男性は完全に顔を上げた。

「俺は、鬼覇様に仕えている、昏白(こんはく)と言う、悪いことは言わない、帰ってくれ」

 何か疲れきった様な、それとも今疲れたのか、曖昧混じりの声で昏白という男性は言った。私も共に歩幅を合わせて歩きたい人がこの先にいるのだ。譲るわけには行かない、私は自刀を抜き刻一刻と歩を速めて、昏白殿に近づく。

「あなたがそこに座る様に、私にも目的がある」

 そう言って私は昏白を球体のような空間で二重に包み、更にその上を鋭い風で包んだ。私と我呪さんはその様子を見ながら昏白殿の上を飛び去ろうとする。しかし、城に近付こうとした時、私は目の前にある何かに衝突した。その瞬間、その何かは破裂し、中から強烈な風が吹き出した。その風はあたりの火を押しつぶし、私の風おも飲み込む。

「そうか、中々芯があるな。価値の高い人間だ」

 私は風の力で着地して、我呪さんは受け身を取り地面にしがみついた。異質な風の形......「そう言う事か」私たちは顔や声にも触れた事はないが、人が何かを介して会話するように、私も昏白殿と既に会話をしていたのだ。次第に昏白殿の周りにある風は消えて、空間には白い線が走り、見事に両断された。

「我呪殿力を貸してくれ」

「わかりました」

 背に抱えていた神酒殿の固定具を外し、背後で中に浮かせる。我呪殿の刀は脈動を始め、私と我呪殿の体はまとわりつくような風に包まれる。そして、私たちが昏白殿に近づくにつれて、私と昏白殿の足元に砂埃が漂い始め、その空気の流れは次第に強く大きくなり、あたりには竜巻や旋風が立ち登り、円を描いて、回り始める。

「名をなんという?」

「人族 鎌翠風」

「人族 妖刀 我呪」

 昏白殿はそれを聞いてから、帯刀している自刀を鞘から抜いた。それは、大太刀の見事な一振りで、私の心は誇らしさで包まれる。あなたとはここでしか出会えないのだろう。私は刀を抜いて、もう一度強く昏白さんを空間と風の竜巻で封じ込める。しかし、それは容易く破られ、風を乗せた斬撃をほぼ同時に二つ、私たちに飛ばしてくる。我呪さんはそれを避けて昏白殿に近づくが、その刃が届く前に、風で中に煽られて、蹴り飛ばされる。私は我呪殿を風で庇い、昏白殿と一旦距離を取る。

「お前たち二人は強い人だ、権力にも多勢にも負けずに、人としての枷を喜んでつけている。」

 我呪殿は再び立ち上がり、再び昏白殿と打ち合いを初めた。私も同時に攻撃して、なんとか攻撃を直撃させた、しかし、その攻撃は浅く、たやすく防がれてしまう。どうしたら良いのだろう、この戦いで、昏白さんと私たちはこの交わりを終えてしまうと、二度と交わることができなくなるのだろう。燃え盛る火の手は、宿る場所を失い、風の奴隷と化していた。

「風さん、あなたは間違ってはいない、間違える事は間違いではない」

 戦意を失いかけていた事を悟られたのか、我呪殿は昏白殿と打ち合いながら反対側にいる私に話してくれた。「すまない」昏白殿が私にめがけて拳を振りかざすが、私はそれを受け止めて、風の力と体重を使い背後に投げ飛ばす。

「丈夫ですか? あなたは優しい人だ、それをあなたは知り得ないのでしょうが」

「ありがとう、もう満腹だ、逆に弱ってしまう」

 人は間違える。それは時間を作り、差を生み出す。だが私たちの時間を止める事も失敗をしない事も出来ない。しかし、私たちは進む、間違いを受け入れ、助け合い、弱さを補い合う、その答えが一回きりだとしても答えとして受け入れなければいけない。「やはり強い人だ」燃え盛る火を巻き込みながら一歩一歩私たちに近づいてくる昏白殿は、額に立派な一本の角を生やし、先ほどとは比にならないくらいの風を背に私たちをこう攻撃してきた。

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