ニノ八 継続と隣の不確定
私には今何ができるのだろう、人を殺し、仲間が離れ、私をどうにか回復させようと力を合わせている。だが今の私は、人に触れると言う物質的な痛みを感じる事もましてやこの状況を自力で治す事もできないのだ。まるで黒い壁の黒い地面の迷宮に彷徨って、絶望しているようだった。
「このまま、死んでしまうのだろうか」
私はまだ死にたくなんてない、でもこのままでは辛すぎるし、誰かに助けて欲しいとも思えない…
「負けるな、負けるな」
そんな気持ちに似た、厚かましい気持ちが流れ込んでくる。生き生きしていて、私とは対極的な感情が私の喉元を通っているような気がする。
「元に戻してやる、助けてやる」
いらないよ、もういいよ。私はそう思って全てを諦めた、前まで自分がなんとか繋いでいた、凧糸のようなものが切れて凧が暗い空に飲み込まれてしまった気がした。
「もういいや」
私はそのまま暗闇にうずくまる。もうそれは原因とか手順がとかそんな事では語りたくない、暗い居心地の良い場所だった。本当は人に興味なんて無かったのだ、ただ自分の満足いくように物事を解釈して、よがって、私は正しい事を行っていると言う実感が欲しかっただけ….
「お前はなんと言って欲しいのだ?」
「お前は何をしたい?」
「死にたいのか、死にたくないのか」
「うるさい、何処かに行ってください」
「いいや、いかない、私は仲間に囲まれて生きているからな」
「この世界は、ルールを破るとすぐに関係なんて破綻してしまうのですよ、いいから消えてください」
「そんな事でお前はやめてしまうのか、心臓が動いていてもお前はしんでいるのとなんら変わりはない」
「未来なんて、ないのですよ」
私は今の自分にさらに嫌気がさして、変わりたかった自分がもう手に届かなくなっている事を理解する。あたりは何もないただの暗闇が広がっているが、この暗闇にも終わりは確実にあるのだろう、でもこの世に夜が来るようにここは永遠の夜なのだ。彼女は、私との会話とも取れない話をした後何も言わず、私の眼の前に座って、岩のように動かなくなってしまった。そして、暗闇のはずが彼女はその暗闇の中で水面に映る月のように不気味に輝いている。
「どうして、あなたはここにいるの?」
彼女の眼は、成長も衰(おとろ)えもしない綺麗な別の生き物のようだった、私はそれに見とれて長いこと見続けた、だが彼女は何もいわず、ただ瞳を見られているという事実に対して諦めていた。
「考えてみろ」
そうとだけ言って彼女は再びしゃべることをぴたりとやめて、私の影を哀れむように見始めた。私も口を閉じる。私が思うに彼女は私なのだと思う、何処からやってきたのかはわからないし、もしかしたら私が作り出した幻かもしれないが、彼女は私とは違う私なのだ。猫が鏡を見て自分と認められないように、私自身も何かに映し出しているのだろう。
相変わらずの暗闇の中、彼女と一言も話さない時間は軽く二日は超えていた、その間、私は彼女と自分の感覚に触発されて、仲間のことを思い出した。そして、私は何がしたくてこんなことになっているのかも存分に考えた。
「もう、行くのだろう、私の役目はこれからだ、」
彼女は立ち上がり、鞘から刀を半分抜いて、私に柄を差し出した、私はその柄を握り、そこから体に流れこむ血潮を感じる。それは肉を作り皮膚で包み、私を私とした。「元々、私はお前だが、これは誰にも言ってはいけない。お前は別の私を捨てて、一つになったのだ」あたりの暗闇はだんだんと消え、まるで夜を朝が飲み込んでいるようだった、私は私を抱え、その霧の中に足を踏み入れる。
******(14017文字)
雲の中のような風が立ち込める霧の中を歩いて行くと、そこは竹やぶにつながっていた、さらにその竹やぶを少し歩くと、竹やぶに囲まれた広場が現れた。
なぜか奥から人の気配を感じる。私は目を細め、私の刀を帯刀し構える。
「お前が藤意神酒か」
奥から現れたのは、私と似たような容姿の人間だった、私は帯刀して、殺気を向ける。だが彼女はそれを感じても全く動じずに木から果物が落ちるように、当たり前に地面を蹴って切っ先を突き立て向かってくる。
「お前なんか死んでしまえば良いんだ」
彼女はそれ以外にも何か言っていたが、それを聞かずに私は、その怒りの鉾を避けて、彼女の心臓めがけて刃を突き刺した。私の刃は驚くほど簡単に彼女から命を奪ったのだ、彼女は吐血と言葉を吐き出しながら私の体の皮を引きちぎり息絶えた、痛かったが、以前よりは辛くなかった。
私は更に竹をかき分け奥に進む、進めば進むほど次第に彼女のような人と会うことが少しずつ無くなっていた。あっては殺して行った。私の刃は変わらず赤色に染まっていて、服は血みどろだった。
「あと少しだ、あと少しで会える」
目の先には竹やぶが切れて、大きな広い草原が広がっているのが見えた。私は歩幅を大きくしてゆっくり進む。そして、竹やぶを抜けると霧がかった、霧が朝日をぼかす、だだっ広い草原が広がっていた、初めて来た場所だったが、私は今まで殺してきた人たちの太刀筋や歩幅で草原のどこに何があるか感覚ではっきりわかった。少し歩いてから私は立ち止まって、空間に斬撃を打ち裂け目を作る。その向こうには私の理想の部屋があった、その中に私は入る。
「ただいま」
私はその中に入って体と服を洗い、服を干した。好きな本を読み物思いに耽った。私はそのまま本棚の下で眠ることにして目を瞑る。目の前を暗闇が包む。
無煇さんと訓練を始めて早一ヶ月、俺は朝早く起きて、散歩し、自刀を調節する。「だいぶ慣れてきたな、おはよう」無煇さんは日によってまちまちだがほとんどこの時間に起きる。「おはようございます」いったん手を止めて、無煇さんに挨拶をする。こっちの方が集中できると最近気づいた。
「蝕月何か変わったな」
無煇さんは蛇口をひねりコップに水を入れる。「そうですか?」その水を口に入れて、確かめるように頷く。神酒はもちろん大切だが、修行を始めてからは自分のやっていることに誇りを感じるようになっていた刀身の調整が終わり順番に器具を付けて、鞘に納刀し消刀する。「妖刀の風上にはおけんな」俺の姿を見てか、無煇さんは何か含んだように笑う、この人は、日が出ている時間帯は部屋からも元々出なかった、けど俺が来てから部屋から出て、水を飲み始めたのだ、それが何かと言われればなんということはないのかもしれない、でも彼からしたらそれだけでも結構な進歩なのだと思う。「あなたは、そんなことがいえるのか?」それを言うと彼はなんだかつまらなそうな表情をして、残りの水を全て飲み干した。
「夕方に合流する、いつもの通り頼んだぞ」
無煇さんはさっきも言った通り日中は外に出られない、試しに出てもらったが日光に免疫がなく、体に日を纏って俺が影を作らなかったら死んでいただろう。俺は小さく頷き、扉を開けて無煇さんの視線を背中に感じながら、刃の宮に出る。俺の修行は街の平和を保つこと、能力を駆使して町全体に感覚を広げ、問題をできるだけ和解させる。もちろん解決がいかないときは力を行使して耐えしのいだ、そのおかげで戦闘の技術は最短の拘束術から瞬殺するまで沢山試し失敗した。
「さあ、行くぞ」
無煇さんは刃の宮の国王“安綱さん”と知り合いなので、俺のこの立場は保たれている。ずるいかもしれないが国を保つには、綺麗なことばかりでは上手くいかない。確実に俺がやっていることは嫌われてしまう事だ。
俺は木漏れ日が囲む坂道と階段を降りて、街の屋根に飛び乗る。そして、屋屋根の上をかけながら、能力を薄く広げ町全体を覆う、それは人を包み感覚を俺に伝えてくれる。湧いたお湯のような怒りから、心を優しく包む優しさまで、人が多い国では納得がいかないような事が納得行くようになるそれが事実だからだ。じつに面白い。
瓦屋根の上を静かに走っていると大通りから少し行ったところに、二人が言い合っているのを見つけた、それと同時に国外の森で、大きな魔物が土埃を立てていた、揉め事は日常茶飯事、そして仲裁に入っても、俺は基本的に口喧嘩や軽い度付きは許している。なるべく会話で解決したいが、出来ない連中も環境もある。それは仕方ない事だ、それよりも魔物がここに来る事の方がまずい。
俺は静かに魔物が暴れている森の中に足を踏み入れる。今日はいつもより土埃の濃さも面積も広かったので、俺は自刀を出現させて鞘から刀を抜き、土埃を利用して朧を発動する。すると、大きな獣と対峙している男を木陰の向こう側に見つけた。
*******
その男は魔物を飢えた目でニヤつきながら睨み、その目に魔物は怯えながらも、悟られまいと低く唸り声を上げていた。ここでは生態系を壊さないように、決められた人数で決められた数の命を頂いているのだが、今殺そうとしている男は俺の知っている刃の宮の人間ではなかった。
男は俺がやっと視認出来るくらいの斬撃を魔物目掛けて三発打った、がそれは魔物の皮膚をかすめて、土埃の外側へと行ってしまった。そして、空気を切り裂く音が小さくなったと思った途端、次第に俺に向けて大きな音を立てながら近づいてきた、俺は咄嗟に斬撃を避けたが、その斬撃は地面を大きくえぐり、俺が隠れていた大木を薙ぎ倒していた。俺の隙を見て魔物を殺そうとしていたのは百も承知だった為、俺はその男の刀を弾く。
「お前、妖刀だろ? どうしてこんな真似をするのだ」
俺を見る目は、殺気と怒りと好奇心とを綺麗に混ぜたような不思議な目をしていた。俺はいつでも戦えるようにあいつの行動パターンを予想し始める。「確かに俺は妖刀だ、でもここで大型の魔物と戦うのは、どうかとは思わないか?」
まず、最初は、相手の意見を尊重しつつ、自分の非を認めさせる。俺は納刀し、朧を森のそよ風に流す。「ああ、そうだな」刀を鞘にしまい不敵な笑みを浮かべる男からは、先ほどの圧倒的な殺気を感じなかった。隠したというより消え去ったそこらにいる人とは比べものにならない鋭さで。
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