ニノ七 美しさと厳しさ。
「さて、私たちも始めましょうか」
「はい、宜しくお願いします」
私は自刀を出して、腰を低く構え、身体中に電気を流した。そして、左手を鞘に添え、もう一方の手は柄を軽く握る。志保さんまでの距離は一尺もない、私は抜刀すると同時に再び体に電気を流し、瞬間を伸ばした空間に入る。
「すごい!」
がしかし、目の前には私と同じ時間に入った、志保さんが私の脳天めがけて刀を振りかざしていた。私は咄嗟に刀を弾き、刀と私の思考は強く揺れ動く。そして、再び体制を整えた志保さんが攻撃してきた、再び私は刀でそれを防ぐが、なぜか志保さんの刃は揺れずに私の刃だけが揺れていた。
「なんとなく見えてきましたね」
私は咄嗟に刀を反転させて刃を受け流す。そして、峰に力を溜め、それを志保さんの溝内めがけて、音より早くぶつける。それを受けた志保さんは、顔を歪めて、誰かにに投げられた石のように、木に叩きつけられた。
志保さんの能力は対象に何かを伝える能力で、私はそれに今惑わされているのだと思う。そう思った矢先、頭の中に私の気持ちとは別に、霧晴れたような感情が流れ込んできた。「正解ということですか」再び似たような感情が流れ込んでくる。
「でもどうやって越えよう」
私は少し考えて一つの答えにたどり着いた。
「久しぶりに行ってみますか」
私はその場で自分の中にある雷の力を自身の中心に集中させる。すると、周りの時間は更に遅くなり、次第に辺りの動植物からは血の気が引いていった。そして、最終的には、光を反射する事が出来ない、感覚が歪むような黒い世界に到達した。いつものことだが、ここに来ると何故か雷が黒くなってしまう。
「きっと、私がいなくなって志保さんは驚いているのでしょうね。」
私はそう呟いて、微弱な電気が流れている志保さんの体の近くに移動し、首に刃を突き立てる。そして少しずつ辺りが色を取り戻し始め、志保さんは私を跳ね返ってくる音のようなもので視認したのか、私の方に視線を向けた。
「まいった」
志保さんはそう言って両手を挙げ、少し微笑んだ。私も久しぶりに行ったので疲れてしまい、そこで戦闘訓練は終わった。時間で言うとあっという間なのだろうが、丸一日経ってしまったような気分だった。その後は外を軽く走って、近くの川で水を浴びた。その時に志保さんから「ここら辺には凶暴な獣が多いから、森に入る時にはあまり一人で行かないようにね」と助言してもらった。何やら“刀を持った獣”がいるらしい。私はさらに強くなるお楽しみとして、とっておくことにした。
「あなたは神酒ちゃんと仲間になる前に誰かと一緒だった?」
志保さんは、私を見るというより、私の周りに漂う雰囲気を見ていた。「ええ、妲己さんと言う女性の方と旅をしていました」志保さんはそれを聞いて、体に水をかけることをやめて、少し驚いた風にしている。「ということは、あなたが、制御していた訳ね」私は志保さんの中にある答えを探すように小さく頷く、志保さんはその後、何も言わずに川から上がって体を拭い、空気を操って乾かしていた。
「私も“天の国”生まれなのよね」
私は少し驚いたが、妲己さんはもう完全な神になったのだと胸をなでおろした。私たち神族は完全な神になるまで側を離れてはいけないのだ。それを察知した志保さんは、納得した表情で茜色の髪を乾かして、服を着る。
「まあ、あれだけ強い力持っていたら、あなたも神みたいなものよ、一応私も神だからね」
志保さんはそういって柔らかく笑う、私もなんだかほっとして笑顔になる。川のせせらぎと森を抜ける爽快なそよ風は、私の中にある黒くて熱い焦げの様な塊を吹き飛ばして、どこかに飛んで行ってしまった。誰がのっていた風なのだろう。
「さあ、戻りましょう」
********
私は今空にいる、二羽の鳥が隣を飛交い、風が頭骨を轟轟と揺らす。「もっと速く....」さらに私は速度を上げる。久しぶりに飛ぶ空は、爽快で気持ちよく肌を撫でる。私は、薄い霧のような雲を突き抜け、知らぬ間に隣にいた鳥はどこかに消えていなくなっていた。下を見ると、刀の国が奥に見えて手前には刃の宮が見える。
「翠、空飛べるようになったのね」
帯刀している状態なので、定かではないが、静詩さんも薄い空気の中、命一杯楽しそうにしていた。
「はい、いつの間にか」
私は嬉しくて、もう少しスピードを上げて、円を描く様に飛び回る。やり過ぎるのは良く無いが、少しくらい遊び心があったほうが良い。
空から見る街並みには、私に気づいて手を振るものや、様子を伺ってよくよく観察する者もいた、いつもなら恥ずかしいと思う私だが、空を飛んでいたその時の私はそんなこと一切感じずに、草原を走る狼より颯爽で、空を飛ぶ鳥より爽快な気分だった。「世界は綺麗に見えるわね」何か乾いた雰囲気を含んだその静詩さんの言葉はこの世界の美しさを物語っていた。
「あそこよ」
ここから今の速度で、二秒くらいと言った所か、雲と同じくらいの高さに厚さ一尺の、書物に出てくる巨人が使ったら丁度良いくらいの大皿があった。
そこに足をつけると、案外頑丈に作られていて、金属の様な柔軟性がある。あたりを観察する様に下を見ると、木が小さな毛玉の様に見える。「ここは静詩さんが作ったのですか?」隣で同じ方向を見ている静詩さんに質問したが、静詩さんは上手く聴き取れない様子で首を横に振る。私はこの皿を包む様に薄くて密度のある風の膜を作り、中の風を外に吐き出した。
「ここは、どなたが作ったのですか?」
もう一度同じ質問を静詩さんにする。中はほぼ無風だが、膜と外の強い風が擦れ合う、小さなそよ風のような音が響き渡っていた。「私が作ったの、時間を縫って」隣で気持ちよさそうに足を揺らして、鳥を探しながら静詩さんは言った。
辺りを見回すと、こちら側からも刃の宮や刀の国が見えないように作られている。ここはかなり寒いが自分の力を使えばどうという事はないし、そのおかげか鳥も自らは寄ってこない。秘密の場所にふさわしい場所だった。「素敵なところですね」静詩さんは落ち着いた笑顔を見せながら立ち上がった。
「さあ、練習しましょう」
静詩さんはそのまま真っ直ぐ進んで中心の少し奥で止まり、自刀を構える。その容姿は魔族らしい、禍々しいオーラを放っていた。私も本気でやらないと勝てない事を悟り、拳に力を込める。
「いきますよ」
*******
私は手始めに密度の高い竜巻を静詩さんに向けて放つ、がしかし、静詩さんはそれが存在しなかったかのように、消し去りながら抜刀し、切りかかってくる。
「肩慣らしよね?」
静詩さんの体重を乗せた重たい突きが私の胸めがけて飛んでくる。私はそれを避けて、先ほどより早い斬撃と竜巻を壁にぶつけたと同時に切りかかって注意をそらす。
「やるわね」
静詩さんは私を弾き飛ばし、斬撃を避けたが、竜巻を避けきれずにもろに受けて受け身をとった。
「それだけやってきた事が私にとって難しかったのか、中々戻りませんね」
私はそう言いつつ、立ち上がり、背中に大きな布袋に似せた空気の容器を浮かべる。そして、そこに風を入れて、破裂しそうなくらいに溜め込む。
「体技、”風神の袋”」
瞬発力と強力な追い風でほぼ飛んでいるような状態で、静詩さんの体の中心めがけて力強い蹴りをいれる。しかし、それもはじき飛ばされてしまう。だが、私はそれも見越しての攻撃だったのだ。
静詩さんの能力は“拒絶”。対象が静詩さんに対して“向けた”攻撃は何が何でも弾き、無効化するのだ、なので油断しても彼女が能力を行使し続ければ、どんな攻撃も無効化されてしまう。がしかし能力を行使するには限界があり、反応しなければならない。
私は空中で一回転して、着地する。そして、初めて刀を抜き、刀を鍔から切っ先まで指でゆっくりなぞる。
「やるわね、私も本気でやるわ」
静詩さんはそう言って、殺気が溢れた目で笑い、納刀する。そして、たったまま目を瞑って、両手から力を抜いた。すると、鍔と鯉口の間から黒い霧のようなものが出てきて、背中からは紫色の血管が広がっている黒い羽が生えてきた。
私はその場から飛び上がり、刃を突き刺すような体の動きを見せる。静詩さは抜刀の体制に入り足元は黒い霧で覆われていた。
「 “風刃 槍鼬”」
「 “抜刀 毒霧”」
一瞬の沈黙が流れる。とうの昔に風の膜は消えていて、土埃が立たないくらいの強風が真実を露にする。思った通り私の攻撃が静詩さんの首元ギリギリで止まっていた。
私はあの時に、人が見えない長い風の膜を刀身に纏わせたのだ、そして、弾かれるよりも先に攻撃で丁度喉元をかすめるようにしこんだ。静詩さんは、鯉口からのぞかせる刀を納刀し、両手を挙げた。「まさか私に技を打たせないとはね」少し残念そうにしていた静詩さんだったが、今の彼女の攻撃を受ければ即死だろう。本気の圧をかけてきたのはきっと私に負けると信じていたからではないだろうか。
「帰りましょうか」
「はい」
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