ニノ五 罪を犯すと言うこと

木を仰ぐ風の音をかき分けて、大きな破裂音と肌を叩き合う音が聞こえる。それは鳥の囀りとも獣の咆哮とも聞き取れた。

 彼と僕は同時に動き出した、しかし彼は僕より少し早く円の中心に到達し、僕ははじき出される形になった。僕は彼に殺意を向けているのだが、彼は全く動じずに的確に骨の中心の細いところを狙ってくる。僕はそれを手のひらで受け流し、その流れと瞬発的な力で灯龍さんの脇腹を蹴り抜いた。すかさず灯龍さんも技を受け流して、打ち返してくる。その力は海の小波のように次第に大きくなり、自分たちの力を上乗せした攻撃をする事が出来ないくらいになっていった。灯龍さんと手合わせをする時は、ほとんどこうなってお互いの全力を使い切る事ができる。僕には願ってもいない事だった。

「次に行くぞ…」

少し灯龍さんは疲れていたが、彼は僕が悟った顔をしない限りあまり気張らずに普通に疲れる。それも最近知った。僕と灯龍さんは同時に力の流れを空に打ち出した。灯龍さんはやっと自刀の短刀を出して空間をありえないほど丁寧に切り取り、その力を僕たちの方に促した。

「実は、僕これが一番好きなのですよね」

灯龍さんも小さく笑って「同感だ」と言って再び視線を力に向ける、僕も素早く自刀を出して、切る角度を何通りか考える。日によってその力の流れも形も変わっているからだ。再び斬撃の事だけを考えて、全身の力を抜き、そして心の中で自分の刀を砥石で研磨する。音が静かに鳴り響き隣にある蝋燭の火は、時々虚ろに揺らぐ。耳からは、次第に力が空気を抜けて、こちらに向かってくる音が聞こえる。

「一刀流 “血の道”」

云わずとも僕より早く灯龍さんも切り出していた。その力とほとんど同じ力で相殺する。僕と灯龍さんは鞘に刀をしまって、その場に座り込んだ。あたりを見回すと既に夕暮れで、この星の小ささを感じた。

「俺の顔疲れた表情だったか?」

「ええ….男らしかったですよ」

灯龍さんはよく笑う、まるでそれがあなたの視点みたいに、そして僕はんに出会ってから笑うようになれた。

やっとわかったよ。




*****




外から窓を見ると、食卓の上にはおいしそうな匂いがしてきそうな、たくさんの料理が当たり前に並んでいる。そして静詩さんが僕たちに気づいて目配せをしてくれた、僕は平然とそれを無視し、灯龍さんは軽く手を振る。

「恥ずかしかったのか?」

僕はとてつもなく嬉しかった、でも僕には犯し続けている罪がある、それは確実に罪だ、命をいただくと言った当たり前のことだはなくて、僕は殺したのだ。それとこれとでは魚か鳥かぐらいの違いがある。僕はここではとても息がしづらいのだ。

「はい、こんな真に暖かい輪に入ると温度計が壊れてしまったみたいに僕は冷たくなってしまう」

灯龍さんはそれを聞くと、静詩さんにいつもはしない合図を送り、彼女の頷きを確認すると、静に家の裏に歩いて行った。僕も何か少し暗い気持ちだったので、明るいところより暗いところに行きたくなって彼について行った。

「俺も七日に一回ここに来るのだ」

彼の隣に小走りで追いついて、いつもとは違うペースで彼が歩いていることに気づいた。それは閉じていた蓋をゆっくり開けるような、水が出ている蛇口をゆっくりしめるようなそんな歩き方だった。

 それからさらに少し歩くと、奥から青白い海を太陽に透かしたような輝きを放つ小さな池が見えてきた。それは秘密を具現化したような場所で、動物はいたが、よく見る動物とは少し違う容姿をした生き物がほとんどだった。灯龍さんは道から一番近い池のほとりに腰掛ける。「隣に座った方が良いぞ」僕にそんなことを言うということは、とても危険な場所なのだと理解し僕は隣に腰掛けた。

「あそこを見てみろ」

そうやって彼が指をさした反対側のほとりには、刀を口に咥えた四足の狼が苔を寝床にして眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る