ニノ四 当然という”壁”

「お前の相棒はどうなっているのだ」

テーブルの向かい側が恐ろしく遠く感じるほどに、彼から出る異様なオーラは俺を今にも八つ裂きにしてしまいそうだった。「俺にも分からない、きっと俺のせいなのだろうが、分からないとしか言えない」でも俺は神酒達と旅を続けて覚悟を決めたのだ、仲間には命をもかけると。でも助けられないのならそれもそれで良いとも思う。

「お前は珍しい奴だな」

俺の顔を見ながら彼は、口端を上げて笑った、マッチに火をつけてそれが消えるくらいの時間笑っていた。それがやっと治まった時には、打羅さん達が帰ってきて、結局話は最後まで出来なかった。猫もいつの間にかどこかに行ってしまっている。しかし「二人とも待っていてくれ、話をしよう」と打羅さんが言うので、俺たちは待つことにした。その間に志保さんが朝ごはんとして、木の実と白い飲み物を出してくれた、どっちもこの周りで取れた食材らしくて、自分の体の成分が塗り変わっているような気がした。その間俺たちは一言も言葉を交わさなかった。

「お待たせ、いつも朝ごはんの当番は俺なんだ。」

打羅さんの手には、飲み物と木の実が入っている小さな小鉢があったので、俺たちは打羅さんがそれ食べ終わるまで雑談をして時間を潰した。風さんや我呪達は灯龍さんと静詩さんと再びどこかに出かけてしまった、きっと考えていることは俺と似ているだろうと思ったのでそんなに心配ではなかった。

「蝕月、神酒とはどんな関係なのだ?」

打羅さんが口に一粒木の実を入れてから俺は「心刃」と答えた、それを聞いた二人は少し驚いた表情をしていたが、俺にとってそれは朝起きるくらいの事柄だった。

「打羅さんは見たことありますか?」

どちらでもよかったが聞きたくなった、どちらにせよ俺たちは特別な存在なのだ、打羅さんはそれを聞くと小さく首を横に振った、「でも聞いたことはある」

打羅さんはそのまま続けた。

「元々は妖刀と刀は同じ存在だったのだ、だがある時壊れ始めた、それは決して悪いことではなくて、人として生き残っていく上では必要な“人が人を捨てる事”だったのだ」

それを聞いた時、街中にいる貧しい人たちが思い浮かんだ、そして俺自身がしようとしている事の意味の重さも思い知った。「それでも蝕月は神酒を助けたいのだろう?」俺は二人を見てはっきりと分かるように頷く。

「では、決まりだな、この先お前は確実に絶望し諦めようとするだろう、だが絶対に諦めるな、お前がしている事はそれだ」

無煇さんがそう俺に言うと俺は再び強く頷き、話はそこで終わった。

「蝕月今からお前は俺と行動を共にする、よろしく」

彼は先ほどとは反対の手を俺に差し出してきた、俺は再び強く握手を交わす。これが俺の命綱になるのだ、ふと彼女の事を思い出す、でも、あいつがいてもこうなる事は変わらないだろう、あいつはそういう奴だ。俺は打羅さんに神酒の刀を預けて、無煇さんと集落を出る。



「バタン」




********




「そうか、無煇と話が合いそうだな」

「ええ、話してみたいですね」

僕たちは、昨日から一緒に修行をしている、今日は川の下流から上流に逆らって泳いだ、一番きつかったのは滝に当たりながら滝を登った事で、頻繁にクラクラした。そして今は細かく能力を使用する練習をして、滝で水浴びをし、休んでいる所だ。今日は気温が高く、水らしさをさらに感じられる清々しい日でいつもより蝉が多く鳴いている。

「灯龍さんは、静詩さんとはご結婚して何年なのですか?」

灯龍さんは両手で「八」と出して、少し嬉しそうにしていた。「それなのに、まだ一度も木彫りでは勝てないのですか、静詩さんは手練れですね」灯龍さんは少し笑って「そこが好きなのだ」と地面の草を千切って草笛を吹く、その音は清々しい空の遠くに響いていった。僕大きな音で口笛を吹く、聞こえてはいないか。

「我呪、再開するぞ」

「はい」

僕たちは、ほとりから立ち上がって、この滝と灯龍さん達の家のちょうど半分くらいにある広場に向かう。その際に雑木林を抜けるのだが、虫が多くてここでほとんどの血を吸われてしまう、元々俺は小さな頃から血を吸われやすい体質で、外に出かけるときにはよく虫の嫌いな匂いのする草を千切ってそれを持ちながら歩き回っていたな、その草は俺がはるか昔に住んでいた“拘の国”でしか取れない草で、このあたりには生えていないはず。あたりを見回すとそれに似た植物が群をなして生えていた、僕はその葉を歩きながら毟り、葉を千切って領、手首、足首に擦り付けた。

「我呪、虫に刺されやすかったのか?」

この草の独特な匂いに反応したのか彼は少し気になった表情をしていた。決して怒っている様子ではなかった、がどことなく嫌な表情はしていた。

「悪い、ここは静詩が作った雑木林なのだ、静詩は草を見るのが好きでな、悪かった」

そう聞いて再びあたりを見回すと、僕が一人の時に育てた、そこにしか咲かない花や見たこともない花が沢山咲いていた。僕は植物に対して申し訳ないことをしていたとその時に痛感した。

「まあ、葉一枚くらいは良いのだが、さあ着いたぞ」

そこは、空から綺麗な円が落ちてきたと錯覚するほど丸くて、中心に向かうほどに深くなっていた。雑木林から露出している木は傷だらけで、訓練の激しさがひしひしと伝わってくる。

「今日は天気が良いから、我呪にとっては少しつらい環境だな」

「ここで、灯龍さんに勝てたら戦闘の力は、僕の方が上ですね」

少しずつ僕の段階を上げて行く、体を温め、ほぐし少しずつ負荷をかけて行く。

灯龍さんも上裸になって、上着を少し奥の木にかけて、体を温め始めた。

「良いか?」

「はい、よろしくお願いします」

僕と灯龍さんは互いに半円の中心に立った、灯龍さんは刀を出す素振りは見せずに拳で構える、僕は刀を出して一気に脱力をして、神経を立てる。

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