ニノ三 明確な進化

目を開けると右側の窓からは水色の光が漏れ出していて、窓には綺麗に水滴が張り付いている。向かい側には我呪と灯龍さんが毛布を被って床で寝ていて、俺の体にも毛布がかけられていた。

「……」

昨日の夜は打羅さんと一緒に少し話してから、体調が悪くなったので途中で抜けて、そのまま寝のだな。初めて飲む物だから量は控えたつもりだが、雨が降らないと知らずに、傘を忘れても雨は降る物だ。俺は床から立ち上がり神酒の刀も置いて、部屋の戸を開け少しの時間、散歩に行く事にした。

「ガチャ」

扉の音と下駄の音だけが床と扉の向こうに響く。「少し寒いな」俺は自分の能力を使って外気に触れる量を減らす防寒着のような物を作って扉を閉じ、二三歩歩いてからあたりをよく観察する。「よし、覚えた」昨日来た道とは別の道を行ってみよう、そう思い玄関の正面にある雑木林に潜り込む。その中は玄関を出た時より寒くて落ち着いていた、鈴虫はまだ小さく泣き続けていたので、何故か夕方にも感じられる。俺はそのまま歩き続けて、小川を前にして止まった。

「こんなに良い場所なのは誰も知らないからか」

小川の下流側からくるそよ風のような風を感じながら水に手をつける、かなり冷たくて少しの間、袖に入れて温めていたが、袖の中ですら暖かさを感じた。俺はそのあとも木漏れ日の射す森を歩いた、あてもなくかなり歩いた。

「迷惑かけて、ごめんね」

あの小川みたいな川を三つ超えた所で彼女は刀から人の姿に変わり、俺の隣を一緒に歩き始めた。何か言いたそうな顔をしていたので、何か聞く事にした。

「昨日はどこまで行った?」

それを聞くと彼女は少し驚いた表情をして、そのあとに少し笑った、何がおかしいかわからなかったが笑う気持ちも何となくわかる。

「あなたたちが来た刀の国まで行きました、途中すごく綺麗な花畑もあってそこでお茶したんです」

彼女が笑うと少し俺も嬉しくなったが、同時にとてつもない罪悪感にも包まれる、それは彼女も同じらしいようで、笑った途端落とし穴に落ちたみたいに顔が暗くなっていった。


「前から疑問に思っていたのだが、時間を止めるときに制限はあるのか?」

彼女は見るからに成長していない、それは昨日の夜、打羅さん達の部屋にある本棚にある本に記されていた、“能力の制約”という本を見て思った。その本には“妖刀は限界を超える事のできないほどに限界が見えない“とも記されていた。要するに俺たち妖刀は情報が少なすぎるのだ、それくらい世界から阻まれている。

「いいえ、蝕月さんはどうなのですか?」

「限界を試した事はないが、この見える範囲の空は全て黒くできると思う」

空を見上げると、朝の吐息が空気に溶けていつの間にか日差しが強くなっていた。「村正さん何かしただろう」と聞くと彼女はなんだか嬉しそうにして「ええ、周り時間を早めて、私たち二人の時間を遅らせました」と好奇心が心をくすぶっているような表情をしていた。暖かくなってきたので防寒着もそこで解いた。

「村正さんといると時間感覚が狂いそうになるな」

彼女は時間を戻しますか? と聞いてきたが、俺は断った。そしてきた道を二人で歩いて戻り、同じ道でも行くのと帰るのでは人の顔か頭の後ろかくらいの違いがあることに気づいた。

「私はまた刀に戻ります、この後もよろしくお願いしますね」

そう言って彼女は刀に戻って俺の両手に乗り、それを背にしまい家に戻った。



              ********



俺が家に戻ると家には誰もいなくて、いるのは小鉢に入れているご飯を食べる子猫だけだった。俺は子猫がそのご飯を食べ終わるまで、同じ階の部屋にある椅子に座って、本棚の本を読んでいた。

「空間を操るには、空間を意識する事が大切か」

試しに何もない視線の先に空間を“意識”してみるとイメージとは少し違うが似たような空間が視線の先に出現した。神酒から聞いていた風さんの空間とは全く別次元で少し悔しかったが、できる事を知れただけで大金星だ、猫のご飯はまだある。そうして猫がご飯を食べ終わる頃には、自力で三角柱まで作れるようになっていた。

「にゃー」

完食した事を知らせる鳴き声を聞いてから、猫と俺とで少しの間遊んでいると次第に三角柱から形を変化させられるようになっていった、やっと帰ってきたと思うと、そこにいたのはみた事もない俺と似た匂いの男で、殺気が満ち満ちていた。

「お前が蝕月か、打羅さんが帰って来るまで暇だ、少し話そう」

「わかった」

そうして俺とその男と猫の三で机を囲んだ。

「俺の名前は二影 無煇(にえい むこう)」

「俺は蝕月です」

と椅子に座る前に握手を求めてきたので、握手し同時に椅子に座って、猫は机の上に丸くなり、うとうとし始めた。

「どうしてここにいるのですか?」

そう言って彼の目を見るがその向こう側に輝いているものは何もなかった。まるで白い砂漠のような虚空を彷彿とさせた。

「いつもは顔を出さない、こうやって人がいない時にこっそり猫を見にいている」

猫は撫でられると悟ると、目を開け無煇さんを確認して再び目を瞑った。本当に来ているらしい。

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