ニノ。吹雪

鈴虫の音と共に静かさを掻き立てるように草が囁いて、地面にある砂埃はカタカタ震えていた。

「そうだったのか、」

たわいもない嘘やかまを掛け合って話していると、やっぱり落ち着く。日頃そんなことは言わないように気をつけているのだが、この二人の前では何か不思議な力で堅く縛っていた紐を解かれる。あの人たちも元気だろうか。


「少し角が取れましたね」

「そうか?」

彼女はいつの間にか艶やかに成長していて、少し自分の自信を削がれる。「はい」と彼女は前を向き私も昔住んでいた風に体をなじませる。辺りは以前とほとんど変わっていなくて、いっそ私の目線の高さに奇妙さをかんじていた。

「はい、昔とは別人なのではと疑ってしまいます」

そう言って彼女は私より少し歩くスピードを上げて、私の前を行く、その後ろ姿が何故かとても遠くに感じてしまう。「中身だけだよ」私も彼女の隣に自分を付ける。

「ありがとう」

「いいえ」

あと二尺先ほどに集落が見える、私はあの時に落としてしまった物を、ゆっくりと拾い上げ、仲間と抱えて行く。やっと帰ってきた。

「翠、久しぶりだね」

林の中から聞き覚えのある声が聞こえる、少しほっそりしていて、小さな湖みたいな澄んだ声だ。

「灯龍(あかり)さんお久しぶりです」

姿を見た途端、神酒さん達と話していた打羅さんが駆け寄る、その表情はまるで積み木を積むみたいに次第に不安定にぐらついているように見える。私の心の波はいつしか海の底へと沈んでしまっていた。先ほどより冷たい風が辺りを吹き抜ける。「とりあえず集落に帰ろう、今日は冷えるからな」と灯龍さんは時計の針を動かすように歩き出して、「今日は熱燗だな」と肩を並べて歩く二人、先ほどあった空気はいつの間にか河口まで流されていたらしい。

「風さん、あとどれくらい?」

気がつくと私の腰裾を軟創ちゃんが引っ張っていていた、「もう少しです」と軟創ちゃんに言うと、彼女の体に私の力で風の壁と膜を張ってあげた、なぜか自然と自分のしている行動が初めて街中に入るみたいに不自然に感じる。

「あの人たちのおかげですか?」

霜の視線の先には野良猫やフクロウを遠くから見て話をしている、楽しそうな蝕月さんたちがいた。「少しだけな」私も視線を向けると、蝕月さんがそれに気付き、少し申し訳なさそうな表情をする。「妖刀なのですね、あのお二人」

小さく私は頷く。「強そうに見えるか?」と聞くと霜は小さく頷き噛みしめるように「ええ…」と言って地面を踏みしめて歩き出した。


      *****


 歩き始めてだいぶ時間が経って、蝕月さんと我呪さんは霜さんと、私と紫狐さんは灯龍さんと打羅さんたちと歩いていた。いつの間にか登っていた坂は、あと少しで終わることを合図するように、坂の先端から柔らかい光が漏れ出していた。

「久しいな」

私は我慢しきれずに少しだけ歩を早める、心拍はだんだんと上がり手は少し濡れている。先ほどまで冷たかった風は、私を後ろから押す暖かい風に感じた。

 坂を登りきった先は、なにも変わってはいなかった、建物が幾つかあって、その中からは鉄を叩く音や木を削る音が聞こえて、まるで磨かれる前の原石みたいに素朴にそこは輝き続けていた。

「時間ぴったりだね、お帰り風」

気づかない間に私の右隣に、白い服を着た赤髪の女性が立っていた。「もう、驚きませんよ、志保さん」それを聞くと志保さんは残念そうにして笑って、集落の中の一番大きな建物にゆっくり歩いて行ってしまった。またあったらお土産ばなしを沢山してあげようそう思った。

「よおし、まず先に飯を食べよう、話はそれからだ」

私たちは打羅に案内されるように志保さんが入って行った、大きな建物の玄関に入った、そこで手を洗いうがいをして、その建物の一番広いスペースに移動した。そこには大きな丸いテーブルに沢山の料理が並べられていて、その奥の調理場から料理を運んでくる、静詩さんの姿があった。

「翠、大きくなったね、お帰り」

その瞬間、心の底から熱い何かが出てきてしまう、まるでため息のような自分の力ではどうにもできない何かがこみ上げてくる。

「私も手伝いますよ」

「ありがとう、でも大丈夫」

静詩さんは小さく微笑んで、料理を置き再び調理場に戻って行った。部屋の模様は少し変わっているが匂いは昔のままで、暖炉から匂う焼ける木の匂い、外から流れる鈴虫の鳴き声。そんな音たちだけがこの世界の時間を知らせるように私の体の中を揺さぶる。

「さあ、さっきの話をしようか」

私達も適当に椅子に座って、灯龍さんもゆっくり椅子に座る。辺りに空気が行き渡る様に急に静かになる。そう言った打羅さんは、調理場に入って行き、熱燗をとって戻って来た。

「単刀直入に言う、刀刃族の彼女は蝕月、お前が強くならないと元には戻れない“強くなるというのかわからないくらいの所”までな」

真剣な顔つきで蝕月さんにそう言うと、蝕月殿はそれを聞いて小さく頷いた。

「俺は妖刀、神酒を助けられるのなら、仲間達とともにこの先も行けるのならそれで良い」

妙に落ち着いたその声を聞いた打羅さんは安心した様子で熱燗を陶器の徳利に入れて一口飲んだ。「翠たちは何か飲むか?」と灯龍さんは立ち上がり、我呪さんを連れて調理場に入って行った。その背中を追う様に視線を横にずらすと壁一面にあるシンプルな棚の上に、様々な動物の木の彫刻が飾ってあった。見た事のない動物から見た事のある動物まで様々だ。

「右側の方だけ少し荒いだろう」

再び視線を調理場に戻すと、灯龍さんとその後ろから我呪さんが戻ってきた。

我呪さんは出てくる間際まで調理場の二人と話していたらしく、少し楽しそうな表情をしている。二人はテーブルの上に盆を置いて、皆に飲み物を配り、席に着いた。

「ええ、左側は静詩さんですか?」

灯龍さんは小さく頷き、濁ったお酒を一口飲む。「楽しいのだが、静詩と出会ってからずっと器用さでは勝てない」と言いながら灯龍さんは立ち上がり、棚の中から一番小さなネズミの彫刻を取り出す。

「一番うまく作れたこの作品でさえ、静詩には勝てない」

だが、その表情は日向ぼっこをする、猫のように穏やかで柔らかい表情をしていた。私も一口お酒を飲む

「美しさでは、俺は灯龍の方が長けていると思うがな」

打羅さんはそう言いながら、灯龍さんの徳利に自分の熱燗を注いで、灯龍さんはそれを飲み、二人で何かを楽しそうに話しめた。私は、もう一口お酒を飲む。

 すると、私を挟むように志保さんと静詩さんがお酒を手に持って座った。

「良い仲間を見つけたのですね」

隣でお酒に口をつける志保さんを見向きもせずに、霜と話す怪訝そうな顔をした蝕月殿方を見ている。「ええ….良い仲間です、彼らは私に大切なものを渡してくれました」そう言って私は自分の両手の上に刀を出現させる、少し恥ずかしくて見せたくなかったのだが、この人達なら私は何を言われても良いそんな気がしたのだ。

「へえ〜風が作ったの?」

志保さんがそう言うと、珍しい物を見るかのように刀の左から右に視線を向ける。黒い鞘に鎌鼬のような三色の線、そして風車の翼のような対角線に伸びた線の上をひし形の金具が覆っている鍔、それを見ている間、二人は一言も喋らなかった。刀を見終わった二人は私の顔と刀を交互に再び見始め、やがて満足したように顔を離し、お酒に口をつける。「私たちの予測とは外れたけど、強くはなったみたいね」その志保さんの瞳の奥にある光は、部屋の柔らかいオレンジ色をより温かく映していた。静詩さんも満足げに頷く。

「今日はゆっくり休みましょう」

私たちは互いのグラスをぶつけて中のお酒を揺らす。


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