ニノ二 虫の羽音

「俺が狙われている理由はこれ」

呆気に取られている私たちを置いて行くように夜寄さんは手を下ろし説明を始める。

「この国はとてつもなく強くしなやかな国だった….」

 夜寄さんが言うにはこの国は昔から神酒さんのような“刀刃族“が沢山いる国で、今もこの町のほとんどがその血統らしい。昔からとても優しくてどんな人間も歓迎してきた国なので、鬼も妖刀も平等に力を手に入れる事ができた。

しかし、ある日刀刃族の若い男性が鬼の王を殺し、鬼の王になったらしく。それを歓迎した刀刃族に腹を立てた新たな鬼の王は刀刃族の王を殺し、その日を最後に“鬼覇(おには)”と言う名をこの国に残し消息を絶ってしまった。

「なるほど、見えてきた。」

蝕月さんがそう言って話が終わる頃には、我呪さんが途中で出してくれた三色団子をすべて食べ終わって、向かいにあった太陽は知らぬ間に私の背中を温めていた。

「とりあえず神酒さんを助けるためにも早く“目的地“に行きましょう」

私たちはその場から立ち上がり、一番移動の早い私と我呪さんの二人で夜寄さんを含めた五本を帯刀し移動する事にした。

「目的地はあそこです。」

山の中腹には蛍のようにか弱い光があった、あたりは夕方を過ぎていて、潮が満ちるみたいに夜の闇が空を飲み込んでいた。我呪さんは小さく頷くと自分の刀を出して心の中で何かを唱え始めた、私も縮地の準備を始める。隣で見ていると彼の刀は心臓みたいにドクドクと脈を打っていた。鞘の中心から両端にかけて太い血管のようなものが伸びていて、私の心拍に段々近づきつつあるのを感じて少し驚いてしまった。

「おかしいでしょう」

彼の体は先ほどよりも少し痩せて見える、唯一見える項は血の気の引いた色をしていて、彼が死に近づいている事私は悟った。

「いいえ」

私も軽く腰を下ろす、彼は私の口元を見て小さく微笑み、風が駆け抜けるより早く闇の中に消えてしまった。そこに漂っていたのは沈黙と雷の小競り合いの音だけだった。私も軽く飛び闇の中に消える。



「…蚊と蜂か...」


******




そこに着く頃には、空いっぱいに鏡の破片が散りばめられていて、少し冷たい風が体を通り抜けていた。「僕は少し森で食事をしてきます」と言って我呪は俺たちを置いて雑草の音をかき分けながら森に入って行った。我呪が久しぶりに使うには少し”多すぎた”。俺はその場に座り込み、星の海に自分を溶かす。

「星は綺麗ですよね」

見上げていた星空に、氷のような肌色の女性がにこやかに現れた、「そうだな、」

俺は再び星空を見上げる。彼女はそれっきり何も言わず俺の隣に座って星を見ていた。

「霜(しも)、そろそろ風が来る、帰るぞ」

風という言葉に反応して、我呪が消えた方向から聞こえる声に目を向ける、するとそこから、筋肉質な男性が草を踏みつけて出てきた。その背中には大きな籠に色とりどりの草や石が詰め込まれていた。どうやらここらへんで素材を集めていたらしい。

「こんなところで何をしているんですか?」

男性は俺に注意深く様子をうかがうように確認する、無駄な殺生はしたくない、隣の女性も先ほどの柔らかさが嘘だったかのように、冷たい視線を送って来る「星を見に来たのです」

そう言って空に視線を向ける、同時に彼女たちに気付かれないように反対側の手に力を貯める、神経に流し骨に広げ肉にまで行き渡す。

「そうか、それは邪魔したな」

そう言って立ち去ろうと俺に背を向けた瞬間、男性の隣からあの女性が消えていた、まばたきした時の暗闇のように、俺の視認スピードを超えて消えたのだ。

俺は自分の出せる全力のスピードで刀を出し、切っ先で地面をこする、口で「朧」

と唱え砂埃を侵し、黒い小さな粒をただよわせる。

「俺は、お前の言った“風“の仲間だ、試すのはまたにしてくれないか?」

精一杯叫ぶと「すまない」と煙の向こうから申し訳なさそうな男の声が聞こえた、俺は抜刀して朧を少しずつ夜風に流す。そこには先ほどの女性もいて、お互いに納刀した。

「私は刀鍛冶師の打羅(だらん)だ、よろしく」

「私は凍刃 霜」

俺は自刀を消して二人が出す手を握る。



        ******



「久しぶりだな、風」

久しぶりに会ったその瞳は以前よりか少し輝きを失っていたが、とても優しい色をしていた。すでにあたりは夜に包まれて、私達がいた刃の宮は一気にその顔色を変えていた。

「はい、お久しぶりです」

私はこの人に命を救われた。話を聞くには、私は刀の状態で森の中に放置されていて、それを打羅さんが見つけて蘇らせてくれたらしい。その後、約四年間この人と一緒に生活していた、昔の記憶が紙をゆっくり濡らすように蘇ってくる。

「風、久しぶり」

「大きくなったな」

霜は私の後に貧しい村で家族になってからずっと一緒にいた打羅さんと同じくらい大切な人だ。「風も元気そうで何より」久しぶりの感覚に胸が温まる。

「さあ、うちはこっちだ!」

私たちはお互いの情報を提供しながら打羅さんの家まで歩いて行った。

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