ルドルフ

夢を見ていた

第1話





「ルドルフ、お前は今日から僕のトナカイだからね」

アートは言った。

「ね、ルドルフ。ちゃんと聞いてるの? 僕はこれから本物の『サンタ・クロース』になるんだから! ちゃんと頑張るんだぞ。全力だぞ」

 アートは私の主――アートからして祖父にあたる人物――に内緒で、『サンタ・クロース』の役目を勝手に果たそうとしていた。

 偉大なる祖父を越えようとする心意気はすごく素晴らしいとは思うが、どんなにアートが忠誠を誓っている主の孫でも、私は首を縦に振れなかった。危険すぎる。 アートの『サンタ・クロース』としての才能は、あまりなかった。

 どんなに思いが強くとも、私たちトナカイを操るのは無理だった。

 私は何度も繰り返し説得した。

「アート、君にはまだ早いよ。私の主もお許しになってないんだろう?」

 黙ったアートに、何とか頷かせようと早口で諭した。

「確かに今日は雪もあまり降っていない。風も強くない。絶好の機会だ。ただ、君にはまだ早いよ。だってイヌゾリでも犬は君の言うことをきかないのに。無茶だ」

「無茶なんかじゃないよ。アートには、『サンタ・クロース』の血が流れて――」

「無茶だ。ペトリーヌとはすぐに口喧嘩、真逆にスコーとは会話をしない。ララの助言には耳を貸さない、私の話はすぐに反抗する。こんなにも問題がたくさんあるのに……」

「ルディ」

 アートは俯いて、私の赤い鼻を撫でた。撫で方が心地よくて、つい御機嫌になるが、何とか気持ちを落ち着けた。流されてはいけない。

「……ルディはアートのこと、きらいなの?」

 思わず、雪を踏み締める。そんなこと。

 視界を動かすと、アートの姿を捉えられた。アートのぷくぷくの頬が、この寒さの中ですっかり赤くなっている。対照的に息は白い。彼はもう何分の間、ここにいるだろう。そろそろ帰らせなきゃ、風邪をひいてしまう。人は寒さに弱いのだ。

 きらいだったら、こんなこと心配したりしない。

「ルドルフ、いい加減折れてやりなさいよ」

 世話好きのチーザが間に入ってきた。見るに見かねたのだろう。私は彼女と向き合う。

「ちょっとそこらを一周してきなさいよ。それだけで満足するってきっと」

 小声で囁く。渋る私に、アートが叫んだ。それによって了承せざるを得なくなってしまった。

「ルディだけなんだよ、アートのお願いを聞いてくれるのは」

「……ちょっとだけだよ」

可愛いがっている子に、ここまで言われて、頷かないトナカイはいない。



       ∞



「待ってて、今プレゼント取ってくる。すぐだから」

そう言って家へ帰ったアートは、言葉通りすぐ戻ってきた。帰った彼を、誰かが引き留めるのを期待していたのだが、仕方ない。

「ルドルフ、どう?」

 アートは胸を張った。一昨年貰ったサンタ服である。よく似合っていた。頭は主から借りてきたのだろう帽子を深く被っていた。それもまた似合っていた。 小さな『サンタ・クロース』が目前に立っていた。――が、やはり頼りない。


「ともかく、たくさんのプレゼント配りはやめよう。あまり仕事をこなすと、主に気づかれてしまうから。――あと、他のトナカイたちは一緒に行けないからね。君は私の背中に乗るんだよ」

「わかった」

 彼は驚くほど素直だった。余程配りに行きたかったのだろう。その証拠に、持ってきた小さな――アートにとっては大きな――包みを宝物のように、大事に抱えていた。その姿に思わず目を細める。

「じゃあ、行こうか」

「うん!」


        ∞


 そのプレゼントを、アートはきちんと渡してきた。

「慌てんぼうのサンタ・クロースになっちゃった」

「今さら何を。それを狙ってたんじゃないの?」

「そうだけどさ」

 小さな女の子だったそうだ。アートの騒がしい足音で目を覚まさなくてよかった。

「可愛かった。トナカイのネックレスだったんだよ? プレゼントの中身は」

『サンタ・クロース』にはプレゼントの中を覗きみることができる。プレゼントが入れ替わったりしないように、確認するためだ。小さなアートにもその力は備わっている。

「アート、急ぐよ」

 主にばれないように、一刻も早く帰らなければ。そう伝えて、早く乗るように促す。どうやらアートは、そのプレゼントの女の子が気になっているようだ。

「また会いに行こう」

 そう言ってようやく彼は背に跨がった。


       ∞



 空中を飛んでいる時、違和感を感じた。アートがやたらと声をかけてくるのだ。

「ルドルフ、まだ着かない?」

「ルドルフ、僕、頑張った……?」

「ルド……、あのさ」

 違和感の正体に気づいた。しかしそれは遅かった。

 アートは長いこと外にいた。手袋もなしに。私がすぐに了解してくれると考えていたからだ。

 ――つまり、アートは体温を奪われて震えていたのだ。それがわからなかった。そして、あと一つ私はわからなかった。それは彼の丸い手は、もう既に感覚がなくなり、力が入らなかったことだ。

「ルディ、止まって……」

その声を最後に、アートは落下していった。私は彼を追った。その時、私の赤鼻が輝き、彼の姿を示してくれた。

「アート……!」


        ∞


 その後、意識を取り戻したアートは勿論、主に叱られた。主の目には涙が浮かんでいたのは、彼も知っているだろう。もう決してしないと、彼らは約束した。――そして私も、叱られた。叱られたが、感謝された言葉の方が多かった。何やかんや言って、主も孫が可愛くて仕方ないのだった。


「ね、ルディ」

 アートは私を抱き締めた。

「ありがとう」

「いいえ」

「今回の恩は忘れないから、絶対に」

 アートの目はいつもより真剣だった。

「君と一緒に、僕は『サンタ・クロース』になる。君を有名にしてみせる。皆から羨むようなトナカイに、銅像になっちゃうような、そんなすごいトナカイにしてみせるから、だからだからだから」

 彼は涙を落とした。

「それまで生きていて」

 私は、彼を助けた時に右足の骨を折った。治る兆しはなかった。着地の仕方が悪かったらしいのだ。しかし、その着地のお陰で、アートは死ななかった。

彼はそのことに怖い位、責任を感じていたのだ。彼は私に気を遣い始めた。

「僕を置いて死なないでね、約束だよ、絶対だから……。そんな寂しいことしないでね、独りは嫌だよ?」

「……ええ」


       ∞



 その後、彼は言葉通りにすべてのことを実現してみせた。私の過去は童謡になり、世間に知れ渡り、皆私のことを『真っ赤なトナカイさん』と呼んだ。私はあまりその呼び名は好まなかった。ただ彼だけが私の愛称を呼んだ。


 そして私の命は何とかその日までもった。彼を置いていく結果になってしまったが、仕方ないだろう。

「ルディ」

 彼は何度も呟き、何度も私を起こそうとした。

「ルディ、ルディ」

 彼はまた泣いた。その涙は私の赤鼻に落ち、光を受けて輝いた。


「ありがとう、ルディ」

 

私は笑って、いった。



「また、会えたらいいですね、アート坊っちゃん」





 了

 20101224

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ルドルフ 夢を見ていた @orangebbk

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