アイドルと過ごす日常

星乃 望夢

アイドルが部屋に居る

 

 いつも通りの日常。なんの代わり映えのしないそんな日々はある意味で恵まれていて、ある意味では退屈なのかもしれない。


 そんな日常が突然変わるとしたら、やっぱりそれは普段の日常にはない出来事があったときだろう。


「今夜行くところがないの。だから泊めて欲しいのだけれど」


「…えーっと、何かの撮影……?」


「ち、違うわよ!」


 例えばそう、テレビの中の存在だと思っていたアイドルが目の前に居て、そんなことを言われたりした時だ。




◇◇◇◇◇




 最近話題沸騰のアイドル。アイドルなんて特に興味もない自分が知ってるくらいには全国的に有名人の彼女の名は綾崎ノエル。


 アイドルと聞くと40人超えのアイドルグループが多い昨今、昭和の様に今時珍しくソロ活動でヒットを続ける彼女。大学に通いながらのアイドル活動の二重生活。スラリとした体躯にスッとした日本人離れしたキレイな顔とブロンドの髪は母親譲りだと確かインタビューで言っていた様な気がする。


 CDオリコンチャートも毎週一位だったはず。


 朝のニュースとか夜のニュースを適当に流し見てる自分が彼女について知ってるのはそれくらいか。


 そんな彼女が、何故か自分の部屋に居る。


「ふーん、なんか、普通の独り暮らしの部屋って感じね」


「どういうのを想像してたのかは聞かないけど。お茶淹れるけど、飲む?」


「あら、気が利くじゃない。良いわよ、飲んであげる」


 彼女の人気はその美貌もあるのだろうが、巷で有名なのはその女王様みたいなところなのだとか。


 気が強い、というより成る程、女王様みたいだと言われたら確かにそうかと頷ける我の強さを感じる。高飛車、というものだろうか。


「はい。熱いから気をつけて」


「グリューン・テーね。良い香り。この落ち着く香りは好きよ。なのに出されるのはいつもカフェーとかテーばっかり」


 日本語の合間に差し込まれる意味はなんとなく伝わるけれど、聞き慣れない単語。ただ少なくとも出したお茶は気に入って貰えた様子。


「そっか。なんか、大変、なんだ」


「そうよ! まるで鳥かごの中に入れられたみたいで自由なんてないもの! 昨日はオオサカ、一昨日はニイガタ、その前はシコクにオキナワ、まだホッカイドウには行ってないけど、休む暇なんて何処にもないんだもの。いくら仕事だからって、ヒドイと思わない?」


 彼女の様子から何かを聞いてもらいたそうなのを察して聞き手に回ると、彼女は言葉を捲し立てた。


 しかしさすが今をときめくアイドル。ライブがあればチケットは速攻で完売するらしい。それに最近はバラエティー番組にも顔を出しはじめているからか、その収録とかで全国を忙しなく飛び回っているそうだ。


「でも、だからってこんなところに来ても、親は心配するし、危ないよ」


 大学生だったとしてもまだ彼女は未成年に見える。さらには人気アイドルになるくらいの美貌なら邪な事をする輩も居るだろうし、事件に巻き込まれる可能性だってないとは限らない。


 それに此処は首都圏から離れている田舎でなにもない所だ。特急を使えば一時間程度で都心に出られるとは言っても、彼女が足をわざわざ運ぶような場所だとは考えられなかった。


「あら、心配してくれるの? でも平気よ。それに、そんなことを言うアナタなら信じてあげるわ」


「それは、ありがとう?」


 なにかが彼女の眼鏡に叶ったらしい。いや交際相手でもなんでもない女の子を襲う趣味はないけど。


「ふふ。アナタ変ね。そこは怒っても良いところよ?」


「怒る? 別に怒る理由がないと思うんだけど」


「女を前にして手も出せない腰抜けって言われてるのと同じよ?」


 ふむ。確かにそう言われたら引っ掛かりを覚える男は居るかもしれない。


「でも、キミはそういう相手じゃないし。そんな相手に手を出されてもイヤだろう?」


「まぁ、確かに、見ず知らずの相手にされるのはイヤよ。でもこのワタシが目の前に居るのになんとも思わないの?」


「それは。確かに驚いてるけど、それくらいかな。ごめん、あまりこういう事には疎いんだ」


 なにしろ女の子と親しくしたなんて中学生の頃にあった切りだ。高校や仕事場じゃ、先輩や同僚としては接しても、それ以上の関係はない。こうして女の子を自分のテリトリーに招いているのだってはじめての事だった。


「ガールフレンドとか居なかったの?」


「居るには居たけど、もう10年以上前の話だから」


「ふーん……」


 そう言った彼女は湯飲みに口を付けながら此方を値踏みする様な視線を送ってくる。


「あら、このグリューン・テー、少し変わった香りね」


「玄米茶って言ってね。この香ばしい香りが好きなんだ」


「確かに変わった香りだけど、ワタシは好きよ。でもちょっと苦いわ」


「緑茶だからね。この苦味も楽しみのひとつかな」


「日本のテーも奥深いわね」


 玄米茶一杯で真剣に難しい顔をする彼女はテレビで見るよりもキレイだと思った。


「ふふん♪ アナタ、今ワタシに見とれていたでしょ?」


 こっちの視線に気付いた彼女がニヤリと口許を歪めて胸を張った。その胸に実る塊も主人の動きに合わせて震えた。


「うん。キレイだと思った」


「当たり前でしょ? 良いのよ、もっと見とれる事を許してあげる!」


 人気の秘訣はこの彼女の自分に対する自信満々なところもあるんだろう。確かにキレイであるのに加えて、そんな仕草に可愛げを感じるところかもしれない。


「それよりホントに良いの? 今ならまだ電車は動いてるけど」


 壁に掛けてある時計を見ればまだ終電までは何本か残っている時間だ。歩いて10分程度で駅には着くから尋ねてみると、どうもそれは悪手だったらしい。


「むぅ…。なによ、このワタシが居るのが不満だって言うの?」


 そんな彼女は頬を膨らませて非難がましく此方を睨んでくる。


「不満って、わけじゃないけど。でも周りの人とか心配しない?」


 なにより彼女は今をときめくアイドルだ。そんな彼女が行方を眩まして男の部屋に転がり込んでるというだけで、面白おかしくしたがる人間は居るだろう。


「……良いのよ別に。四六時中着いて回されて、プライベートなんてあってないような毎日がアナタに想像できる?」


 そんな経験はないから想像するしかないけれど、彼女のいうプライベートなんて無いような生活は確かに不憫に感じる。


「……アイドル、嫌なのかい?」


 突発的にしては何処か暗い影を作る彼女が気になって話を促してみる。


「元々学校の同級生が面白半分で応募したオーディションに、なんでか受かっちゃって、そこからはトントン拍子で進んで来ちゃったのよ。確かに他人から注目される事は最初は楽しかったし、気分も良かった。でもこんな生活になるなんて思ってもみなかったもの」


 彼女の独白は、持たざる人間からすれば羨ましい悩みなのかもしれない。けれど、彼女は彼女なりに今の自由のない生活を窮屈に感じていて、悩んでもいた。


「……芸能界に詳しいわけじゃないけど、そういうのって仕事を減らしたり出来ないのかな? ほら、大学生なんだし、勉強する時間を取る為とか」


「出来なくはないでしょうけど、マネージャーとか事務所とか先方とか、色々あるのよ……」


 そんな素人考えを前に、彼女は何処か疲れきった表情で言葉を吐き出した。それこそ仕事に忙殺されたサラリーマンと良い勝負になりそうな程だった。


 確かに今少し聞いただけでも休まる暇もなく全国を飛び回っていたら、しかも収録にライブなんて加われば文字どおり忙殺される毎日なのかもしれない。


「……明日には出ていくから、今夜だけ泊めてちょうだい」


「……それで。明日はどうするの?」


「さあ…? 明日の気分じゃないかしら」


 何処か自暴自棄に近い、諦めの混ざった彼女をこのまま放り出してしまって良いものかと考えて。しかし自分が彼女を引き止めてしまって良いものかとも考えてしまう。


「……家にも、帰りたくないんだ?」


「……野宿する方がマシよ。それこそ知らない男の部屋に転がり込むくらい」


 テレビで見る彼女は順風満帆に見えても、私生活では様々な悩みを抱えているのかもしれない。


 マンガの読みすぎかもしれないけれど、このまま放り出して、それで彼女が無体な扱われをされる様な人に出逢ってしまったのでは後味が悪すぎる。


「……取り敢えずお風呂入ってくれば良いよ。身体が温まれば気分も変わるし。夕飯は食べた?」


「……まだ、これからよ」


「じゃあ、簡単だけど作っておくよ。湯槽にお湯張るから少し時間貰うけど」


「……ありがとう。お礼は言っておくわ」


「どういたしまして」


 取り敢えず会話を切り上げて、湯槽にお湯を入れて夕食は、ハンバーグにしようとしてたのを変更してミートボールを作る。一口サイズにすれば彼女も食べやすいだろうし。


「…お風呂入るけど、覗かないでよね」


「覗かないからゆっくりしてきなさい」


「……そうキッパリ言われるのも、それはそれで納得いかないわね」


 そんな彼女にどうしろと苦笑いを浮かべながら夕食の支度を進める。絡めるのはトマトソースで具材は玉ねぎとハンバーグに入れようとしたマッシュルームを包丁で薄切りにして入れる。あとは煮込みながらケチャップと中濃ソースと砂糖とコンソメとビーフシチューの素を入れて味を調整すれば完成だ。トマトのさっぱり目の味が欲しいから今日は他の調味料を薄くしてある。濃い味にしたいときはビーフシチューの素の量で調整すれば良い。



「……特になにって騒がれてないのか、今は」


 ノートパソコンで幾つかの掲示板やSNSを覗いてみるものの、彼女が失踪したとかの情報は上がっていない。こういうのはネットの方が情報の上がりも広がりも早い。


 心配ないとは言っていたから、仕事終わりに此処に来たのか。それでも出逢ったのが自分みたいな人間でなかったらどうしたのだろうか。


 彼女からすれば誰でも良かったのかもしれないし、だとしたら自分と彼女が出逢ったのは偶然の巡り合わせとすれば、彼女の幸運か。


 別段自分は彼女に手を出すつもりはない。確かに彼女は美人で、身体つきも男を誘うには充分すぎる。ただあんな風に疲れた彼女に劣情を抱くほど屑に堕ちてるつもりはない。なら彼女が元気ならそうではないのかと言われても、この手の事に疎いのは本当の事で、正直どうしたら良いのかわからないというのが正しい。


 それでも彼女の悩み事の聞き役くらいにはなれると思う。


 なんとなくテレビを点ける。さすがに浴室から聞こえてくるシャワーの音に耳を澄ませる趣味はない。


 ちょうど天気予報を見たくてチャンネルを回せば、画面の中で歌って踊る彼女の姿が映る。観客に向けて笑顔の彼女は悩みなんて持っていないように見えて、少しだけ話した彼女の疲れきった表情は、まるで別人の様に覇気がなかった。


 それでもテレビに映る有名人が自分の部屋に居て、そして今は湯槽に浸かっているのが信じられないというか、現実味が追いついて来なかった。


「お風呂上がったけど、ごめんなさい。服を貸して貰えないかしら?」


「ああ、そっか。うん、少し待ってて」


 お風呂から出てきた彼女ではあるけれど、当然として着替えなんて持ち合わせていない。取り敢えず適当にシャツとジャージの短パンを引っ張り出して脱衣場まで持っていく。


「ごめん、気づかなくって」


「別に謝ることないわよ。突然押し掛けたのはコッチだもの」


 脱衣場のドアが少しだけ開いて隙間から白い腕が伸びてくる。その腕に着替えを渡す。


 普通ならここでタオル1枚を巻いているだけの彼女の姿を想像するのだろうか。それこそアニメの見すぎかな。


「すごっ、美味しそうね!」


「口に合ってくれると良いけど」


 夕飯は皿に盛ったご飯の上に目玉焼きを乗せて、隅にミートボールをよそっただけの簡単なものだった。あとは汁物にインスタントのコーンスープを添えてある。


「てっきりカップラーメンとか出てくると思ってたから、予想以上よ」


「それはよかった」


 お風呂に入ったからか、それとも夕飯がお気に召したのか、彼女はさっきよりも元気な様子だった。


「レッカー! おいしいわ、コレ!」


「よかった。喜んでもらえて」


 一番心配だったのはそこだった。やっぱり作ったものを美味しいと言われるのは気分が良い。


「アナタ、料理上手なのね」


「独り暮らししてればそれなりにね」


「そうかしら? 独り暮らしでも料理好きじゃないと上達しないんじゃないかしら? それこそコンビニで買ってくる方が便利よ」


 余程気に入ってくれたのか、単純にお腹が空いていたのか。彼女の箸の進み(スプーン)は早かった。


「確かに便利だし安上がりだけど、自分の舌に合う味は自分で作るしかないから」


「確かにそうね。あ、おかわり貰っても良いかしら。量は同じで良いわ」


「あ、うん。でもそんなに食べて大丈夫?」


 あっという間に平らげてしまった彼女におかわりを要求されるのは別に良いとして、アイドルの彼女は体型にも気を使っているのではないかと思っての言葉だった。なにしろもう寝るだけなのだから。


「良いのよ。……美味しかったんだもん」


 少し俯きながらそう言われてしまうと、作った側としては断る気が起きない。さすがに今のは少し胸に来た。


 それでも気持ち少な目にしておく、何故なら彼女はまだコーンスープに手を出していなかったからだ。


 その読みは正しくて、二杯目の後半は少し箸の進みも緩やかで、スープに口を付ける頃にはさらにゆっくりだった。


「美味しかったわ。手料理なんて久しぶりだから、つい食べ過ぎちゃった」


「お粗末さま」


 空いた皿を片付けて、食後のお茶を入れながら、彼女の言葉の意味を考えてしまう。


 久しぶりの手料理と、家に帰りたがらない様子から、家族と上手くいっていないのだろうかと思ってしまう。


 仕事のストレスに加えて、私生活においてそうした苦労から解放されるはずの家庭でもストレスを感じる環境だったのなら、確かに何処かに逃げ場を求めても不思議じゃないけれど、だとしても友達の家に泊まる選択肢もあるんじゃないかとも考えて、それも出来ないから今こうしているのではとも思う。


 何処まで踏み込んで良いのかと悩んでしまう。なにしろまだ彼女とは出逢って数時間の関係でしかないのだから。


「布団がひとつしかないから、嫌じゃなければ俺の布団使ってくれて構わないから」


「ひとつしかないなら、アナタはどうするのよ」


「別に大丈夫だよ。タオルケット何枚かあるし」


「それでカゼでも引かれたら堪らないわ。一緒に寝ましょうよ」


「や、それはダメなんじゃないかな」


 子供じゃあるまいし、互いにひとつの布団で寝る様な年齢じゃない。それこそなにか問題になっても言い訳出来なくなる。


「なによ、ワタシと一緒に寝るのがそんなにイヤなの?」


「イヤっていうか。それはそれでこれはこれで」


「ハッキリしなさいよ。ヤー? ナイン?」


 睨み眼の彼女に詰め寄られる。傍に寄られるといつものシャンプーの香りの中に違う甘い香りが漂ってくる。


 更に言えば自分の身長と彼女の身長とでは近寄られると胸元が見えそうで、吸い寄せられそうな視線を慌てて首ごと反らす。なんだかんだ自分も一応男ではある。


「もう! 人が質問してるのにコッチを見なさい!」


「うぇあっ!?」


 背けていた顔を、頬に手を添えられて真っ直ぐにされる。


 彼女の細い指の感覚と、彼女のキレイな顔を前にして、自分の顔に熱が集まって行くのがわかる。


「…こんなこと、一度も言ったことないんだから……」


 消え入りそうな声で言われると余計に気恥ずかしくなってくる。


「……取り敢えず、お風呂入ってくるよ」


「……そうね。このワタシと一緒に寝るんだもの、早く汗を流してらっしゃい」


「じゃあ、うん。行ってくる」


 既に彼女の中では一緒に寝る事が決まっているらしい。


 答えを出していないから問題の先送りにしかなっていない。キッパリ別で寝ることを言ってしまえば良いのに、どうして自分は断らなかったのか。心の何処かでなにかを期待してるのかとしたら、それこそマンガとかアニメの見すぎだ。


 頭を落ち着ける意味も込めて、元々長風呂派なのもあって一時間程湯槽に浸かれば顔の熱も引いていた。


 ただ長風呂は、自分は落ち着けた代わりに彼女の機嫌を損ねてしまう長さだったらしい。


「このワタシを待たせるなんて、良い度胸ね! さっさと横になりなさいよっ」


「あわっ、ちょっと!?」


 風呂場から出てくると仁王立ちの彼女が待っていた。有無を言わさぬ早さで取られた手を引かれて、布団に引き込まれてしまう。


「アナタを待ってたら身体が冷えちゃったわ。責任持ちなさい」


「なら別に先に横になってても」


「す、すぐに出てくると思ったからよ!」


 これは言葉の選択肢を誤ったかもしれない。彼女からすればすぐにシャワーを浴びて出てくるだろうからと自分の事を待っていたのに、自分は呑気に湯槽に浸かっていた。待っていた彼女がバカを見た様な感じ方をしてしまうデリカシーのない言葉だったかもしれない。


「あ、ちょっと、なによっ」


「ホントだ。少し冷えてる」


 寝間着として羽織っていたどてらから片腕だけを抜いて、彼女の肩に掛かるようにする。彼女が着ているのは自分のシャツだからサイズが合わなくて肩が出ている。その肩が手に触れると冷たくなっていた。


 それでもこれなら自分の風呂上がりの体温もあってすぐに温まると思う。


「それじゃ、電気消すよ」


「お、お願いするわ…」


「……やっぱり別で寝ようか?


「い、良いのよ、早く消しなさいよ!」


 今更恥ずかしくなって来たのか、それとも知らない男と一緒に寝る事に緊張してきたのか。たぶん両方だとは思うけど、声が硬くなってきた彼女に今更自分も提案したところで、彼女はそれを受け入れなかった。自信家に良くある負けず嫌いなところ、とは少し違うかもしれないけれど、退くことをしない彼女には関心を覚えた。


「……おやすみ」


「え、ええ、…おやすみ」


 アイドルの美少女の隣で添い寝なんて、こんなシチュエーションが自分の人生にやって来るなんて思わなかったものの、それこそ二次元みたいになにかイベントが起こるわけでもなく、普通に睡魔に身を差し出した。






















「……いたっ」


 身体の痛みに目を覚ました。


「……ふふっ」


 思わず笑ったのは仕方がない。寝起きドッキリ企画なんて出来ないような寝相の彼女を見てしまったからからだろう。


 身体の痛みは彼女に蹴り飛ばされたからだった。


 シャツも胸元まで捲れ上がって、着替えに渡して履いていた短パンもいつの間にか脱げていて片足に引っ掛かっていて、いつの間にどてらは剥ぎ取られていて彼女の胸の中に、掛け布団も蹴り飛ばされていた。


 そんな光景に劣情を抱くよりも微笑ましさしか湧いてこない。


 取り敢えず掛け布団を掛け直してお茶を淹れに起き上がろうとすると、服の裾が掴まれていてそれは出来なかった。


 大学生のはずなのに子供っぽいなと思いながら、お茶は諦めて、彼女の隣に添い直す。


「…んっ……、…むっ…たー……」


 むったー。それがmutterならドイツ語で母親という意味になる。詳しく知ってる訳じゃないからなんとも言えないけれど、寝言でそんなことを呟く彼女の頭を、気づいたら撫でていた。


 指通りの良い金髪の髪の毛に手櫛を通して撫でる。それは子供の頃に寝つくまで自分が母親にしてもらった撫で方だった。


 それがお気に召したのか、彼女は自分の方に頭を寄せてきた。


 取り敢えず、一応は寝れてしまったから醒めてしまった眠気で二度寝は難しく、このまま撫でる事を続ける事とした。





to be continued…

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