男装女子はオネエと一緒に可愛くなりたいっ!

永久保セツナ

男装女子はオネエと一緒に可愛くなりたいっ!(1話読切)

 ――ねえ、キリオ。ずっと私の王子様でいてくれる?

 それは遠い日の、幼い頃の記憶。

 ――キリオはずうっと私と一緒よ。お願いよ、約束よ。

 僕はそれにうなずき、指切りをした記憶がある。

 彼女のあどけない笑顔が霧散して、僕は目を覚ました。

 いつもと変わらない朝。僕は学校へ行く準備をする。

 僕の通っている高校は制服がない。制服のほうが色々と楽なんだろうけど、友達――夢に出てきた例の少女だ――と同じ高校に通いたかったから、僕はこの高校を選んだ。

 男物のシャツに袖を通し、ネクタイを締める。黒っぽいズボンを履いて、ベルトを締める。

 鏡に映る黒髪はボブカットに切り揃えられていて、一見すると男か女かわかったもんじゃない。

 僕――花宮はなみや霧緒きりおは、一応女である。女ではあるのだが、小さい頃から高身長で女物が入らず、ずっと男物の服を着て過ごしている。だから小学生の頃なんかは、同級生の女の子と遊んでいても、「上級生の男の子が下級生の女の子と遊んでいる」などとよく勘違いされたものだ。おまけに「キリオ」という名前の音だけを聞いたらますます男と勘違いされる。

 ふう、と鏡を見てため息をつきながら、朝の支度を終えて、僕は陽光の降り注ぐ外へと一歩踏み出した。

「おはよう、キリオ」

 友人の金子かねこ志保しほ――今日の夢に出てきた例の少女である――が、家の前で待っていた。彼女の後ろには、黒い高級車が待ち構えている。住宅街にはさぞかし目立つ代物である。

「志保、たまには歩いたら? 鳥の鳴き声を聞いたり緑を見ながら歩いて学校に行くのも楽しいものだよ」

「あら、ダメよ。なるべく他の人にはキリオを見せたくないんだもん」

 志保はそう言っていたずらっぽく笑う。その笑顔は可愛らしいのだが、僕に対する独占欲は相当なものである。

 僕と志保は高級車の後部座席に乗り込み、学校へと向かう。まあ、なんだかんだ歩くのは疲れるし、車のクッションが快適なので、ついつい志保には甘えてしまう。

 おまけに車は移動が早い。ものの十分ほどで校門に着いた僕たちは、車を降りて学校へと入る。

「あっ、霧緒くんよ」

「今日もかっこいい~」

「まさか同じ学校にイケメン男装女子がいるなんて夢みたい~」

 そんな声が聞こえてくる。

 男装に関しては僕の趣味ではなく、仕方無く着ている部分もあるのだが、まあ彼女らの知ったことではないだろう。

「早く行きましょ、キリオ。ここは騒がしいわ」

 志保は一転、不機嫌そうに僕の手を引っ張る。

 僕と志保は同じクラスだ。小学校も、中学校も、高校もそうだ。志保がカネと権力でなんとかしているんじゃないかと疑うほどの『偶然』である。

「あ、志保ちゃん、霧緒くん、おはよ~」

 教室に入ると、あっという間に女の子に囲まれてしまう。金持ちのご令嬢に、それに付き従うイケメン男装女子。目立たないほうが難しい。……それにしても、自分で「イケメン」っていうの、なんか恥ずかしい。

 霧緒『くん』……か。

 学校ではたいてい君付けで呼ばれてしまう。女扱いなんてされない。女の子たちは憧れと恋慕の目で僕を見る。ちなみに僕にそっちの趣味はない。

「ねえねえ霧緒くん、こないだのラブレターの返事、まだくれないの~?」

「は? あなた私のキリオにラブレターなんて渡したの?」

 志保はムッとした顔でモブ女子を見る。(実際志保にとって僕以外の女の子はみんなモブに見えているみたいだった)

「キリオは私の王子様なんだから手を出さないで!」

「あはは、冗談だよ~。志保ったらムキになってウケる~」

 冗談なのか、よかった。返事を書き忘れたかと思って焦った。

 ラブレターは毎日のように僕の下駄箱の中にパンパンに詰まっている。いつも思うのだが、下駄箱をポスト代わりにするなんて誰が思いついたんだろう。特にバレンタインは、靴を入れている場所に食べ物を入れるなんて不衛生だと思うのだ。

 教室の机を見ると、その中にもラブレターがあふれかえっていた。返事を書くのが大変だ。

「キリオ、律儀に返事なんか書かなくったっていいのよ? 全部焼却炉に入れてもいいくらい価値のないものなんだから」

「志保、そういう言い方は良くないよ。みんなそれぞれの気持ちをこめて手紙を書くんだから無下むげにはできないよ」

「ほんっと、キリオはお人好しなんだから。そのうちストーカーに刺されても知らないんだからね」

 まあ、私のガードマンが守ってくれるでしょうけど。

 志保はそんなことをさらっと言う。

「おーい、ホームルーム始めるぞ~。席つけ~」

 担任の教師が教室に入ってきて、生徒たちは散り散りに自分たちの席に戻っていく。

「ね、キリオ。今度の日曜日、一緒に出かけない?」

 隣の席の志保がヒソヒソ声で囁く。

「ごめん、その日は家で用事があるんだ」

「あ、そ。わかった」

 志保はあっさりと引き下がり、教師の方を向いた。僕もそれにならって前を向く。

 ――学校は楽しい。女の子はみんな優しくしてくれるし、男の子はからかってくることもあるけど、志保が守ってくれる。どっちが王子様なんだか、わかりゃしない。

 僕は運動も勉強もそれなりにできるし授業態度も真面目だから、教師からの評判もいい。何の問題もない。……はず、なんだ。

 でも、僕には悩みがあった。


 日曜日。

 志保には「家で用事がある」と嘘をついたが、僕は今ショッピングモールにいる。

 たまには志保の束縛から離れて、のんびりとウィンドウショッピングをしたい日もあるのだ。

 特に志保は男物のかっこいい服ばかり勧めてきて、着せかえ人形のように僕に試着を何度もさせるから、正直疲れてしまう。

 僕はモールの中をぶらぶら歩いて、ふと足を止める。

 ショッピングウィンドウの中に、可愛らしい服を着たマネキンがポーズを決めている、そんな光景。

 ああ、僕もこんな可愛い服を着てみたい。

 女の子扱いを、されてみたい――。

「――あら、あなた霧緒ちゃんじゃないの?」

「!?」

 びっくりして、思わずバッと勢いよく振り返る。

 細身で長身のモデルみたいな男が、ひらひらと手を振っている。

「やっぱり! 花宮霧緒ちゃんよね? アタシのこと知らないかしら?」

「えっと……剛田くん、だよね?」

「いやん、雪ちゃんって呼んで? 剛田なんて可愛くないんだもの」

 ――剛田ごうだ雪之丞ゆきのじょう。僕のクラスメイトだが、あまり話したことはない。

 パッと見はイケメンだが、その内面は会話を聞いたとおり、いわゆるオネエである。

 この人はこの人で、ある意味有名人だ。なにせ女よりも美容に詳しいと評判である。女の子たちから美容について相談を受けることが多いようだ。

 僕とは対照的な存在で、接点など存在しないと思っていたが……まさかこんなところで会うとは。

「なぁに、霧ちゃん、服に見とれてたの?」

「き、霧ちゃん?」

「アタシのことは雪ちゃんって呼んでもらうから、あなたのことは霧ちゃん。いいでしょ?」

「い、いや、別にいいけど……」

 僕は正直動揺した。今までそんな呼び方されたことなかったから。

「霧ちゃん、本当は可愛いもの好きだったりする?」

「えっ!? い、いや……そ、それより、ご……雪ちゃんも買い物?」

「そうなのよ~。最新のコスメをチェックしようと思って~」

 そう言って、雪ちゃんはくねくねと身体をよじらせる。顔はイケメンそのものだから、なんだか異様な光景だ、と思ってしまう。

「ねえねえ、霧ちゃんも一緒に行かない?」

「え、いや、僕は……」

「いいからいいから。れっつごー♪」

 断る間もなく、雪ちゃんに背中を押される。

 エレベーターに乗せられ、化粧品売り場まで連れて行かれた。

「あら、雪ちゃんこんにちは」

三谷みたにさん、いつもどうも~」

 三谷、と呼ばれた美容部員とは顔なじみらしく、雪ちゃんはフランクな挨拶を交わす。

「今日はお友達も一緒なの? 随分かっこいい子ね~」

「えっと、僕は……」

「この子ね、霧緒ちゃんって言うんだけど、ちょっとお化粧お願いしていいかしら?」

「えっ!?」

 僕は困惑する。

「ちょ、ちょっと、雪ちゃん!? 最新のコスメをチェックとか言ってなかった!?」

「もちろんチェックするわよ? その間に三谷さんにお化粧してもらいなさい!」

「えっ、あっ、この子、女の子なの!?」

 三谷さんは驚いた様子だった。初対面の相手にはたいていこういう反応をされる。くっ……せめて僕に胸がもう少しあれば……。

「三谷さん、あとはよろしくね~」

 雪ちゃんはそう言い残して化粧品の棚を見に行ってしまう。

「ごめんなさいね、霧緒ちゃん。男の子の格好してるから、お姉さんうっかり勘違いしちゃった」

「いえ、慣れてますから」

「でも薄くはあるけど化粧はきちんとしてるのね、感心感心」

「ファンデーションで毛穴を隠してる程度ですけど……」

「その様子だとあんまりしっかり化粧したことはないって感じかしら? 大丈夫、お姉さんに任せて」

 そんな調子で、僕は三谷さんに顔をいじくられる羽目になってしまったのであった。


 一時間後。

「三谷さん、終わった~?」

 雪ちゃんが戻ってきた。

「バッチリよ~。この子、化粧ノリもいいし化粧映えするわ~。きっときちんと肌のお手入れしてるのね」

 僕は鏡を見てびっくりした。いつも自分でしているナチュラルメイク(というか薄化粧)と、美容部員の施すメイクはやっぱり全然違う。

「いや~ん、霧ちゃんすっごく可愛いじゃない! いつもナチュラルメイクだけどおしゃれしたい時はこういうふうにしたらいいわよ! じゃあ次は可愛いお洋服ね!」

「え、え?」

「三谷さん、ありがと! またコスメチェックしに来るわぁ~」

「お買い上げありがとうございました~♪」

 僕は頭の中での情報処理が追いつかないまま、雪ちゃんに手を引かれてどこかへと連れて行かれてしまう。

「ま、待って雪ちゃん! なんで僕にこんなこと……」

「ん~、なんでかしら? 可愛い服に見とれてる霧ちゃん見てたら、なんか構いたくなっちゃって」

 雪ちゃんはオネエだけど、やっぱり男だ。僕と繋がれた手は骨ばっていてたくましい。

「霧ちゃん、本当は可愛い格好、したいんでしょ?」

「――!」

「オカマで悪いけど、今日一日はアタシにエスコートさせてちょうだい?」

 そう言って、雪ちゃんは僕にウィンクした。

 そして、雪ちゃんは中性的な顔立ちの僕に合う、それでいて可愛らしい服やスカートを見立ててくれた。僕は止めたのだが、支払いまでしてくれた。

 なんだか妙な気分だった。女の心を持った男の子に、男の格好をした女がエスコートされている図。これは……デート、なのか?

「……ごめん、雪ちゃん。こんな高い服、買ってくれて……」

 喫茶店で一休みすることにした僕たちは、メロンソーダをストローで飲みながら一息つく。

「んもう、そこは『ごめん』じゃなくて『ありがとう』って言ってちょうだい? まあ押し付けたのはアタシだけど」

 雪ちゃんは不満そうに、ストローを吹いてメロンソーダをボコボコ泡立たせる。

「押し付けただなんて、そんな……本当に、嬉しいと思ってるよ」

「なら、なおさら『ありがとう』って言ってほしいわ」

「うん、……ありがとう。でも、なにかお礼しなきゃ……」

「お礼なら~、明日学校にそれ着て来なさいよ」

 雪ちゃんはいたずらっぽく笑った。

「えっ、それは……」

「何よ、イヤなの?」

「い、イヤじゃないけど……変、じゃないかな、僕が急に女の子の格好してきたら……」

 きっと男の子にからかわれるのは間違いない。女の子たちにもがっかりされるかもしれない。

 長年、『イケメン男装女子』というイメージを築き上げてしまったのは、僕自身だ。

「は? 霧ちゃんが可愛い格好したら可愛いと思うけど? ぜ~んぜん変じゃないわよ。だいたい、女の子が女の子の格好して何が悪いわけ?」

 雪ちゃんは僕の言っている意味がわからないという顔をしている。

「霧ちゃん、本当は可愛くなりたいんでしょ?」

「……っ」

 雪ちゃんは僕の悩みなんか全部お見通しだと言わんばかりだった。実際、それこそが僕の悩みだった。

 僕はイケメン男装女子で通っているけど、本当はもっと可愛い服が着たい。女の子扱いされてみたい。

 だけど、みんなの抱く僕のイメージを崩した時、なにか悪いことが起こりそうな、そんな嫌な予感があった。

「雪ちゃん……僕の悩み、聞いてくれる?」

 雪ちゃんは、僕が心に抱えていた悩みを、じっと黙って聞いてくれた。全部聞き終えてから、静かに口を開く。

「アタシはこんなんだからさ、『オカマ気持ち悪い』とか『恋愛対象に見られたら怖い』とか男には避けられちゃうんだけど、女の子には美容の相談されたり、それなりに楽しい人生送ってるわよ? 霧ちゃんももっと自由に生きればいいんじゃない?」

 雪ちゃんのメロンソーダはすっかり空になって、吸ったストローがズゴーと音を立てる。

 そして、ストローから口を離した雪ちゃんは、明るくニッカリと笑う。

「霧ちゃんは可愛いわよ。可愛くなりたいと思ってる女の子は世界一可愛いんだから!」

 僕は目を見開き、ぽかんとしていた。男の子に「可愛い」なんて言われたのは雪ちゃんが初めてだった。だんだん恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まってくるのが感じられる。

「あら何、照れてるの?」

「ちが……み、見ないで……」

「んふふ、霧ちゃんかーわーいーいー♪」

「や、やめて……」

 喫茶店の支払いも、雪ちゃんがおごってくれた。

「ごめ……じゃなくて、ありがとう、何から何まで……」

「ふふ、いいのよ。霧ちゃんとデートできて、楽しかったし?」

「で、デートって……からかわないでよ……」

 また少し赤面してしまった。もちろん、男の子とデートなんて初めてである。女の子とは「デート」と称して買い物に付き合ったりはあるけど。

「いーい? ちゃんと明日、その服着て来なさいよ?」雪ちゃんはビシッと人差し指を僕に突きつける。

「わ、わかったよ……」

「あとは、『僕』じゃなくて『私』にしたほうがもっと可愛いわよ。まあボクっ娘も可愛いっちゃ可愛いんだけど、霧ちゃんの場合、中性的な顔で一人称が『僕』だから余計男の子と勘違いされるんじゃない?」

「ぐっ……おっしゃるとおりです……」

 図星をえぐられて胸が痛い。

「ま、一人称は今すぐには変えられないと思うから無理はしなくていいわよ。少しずつステップアップしていけばいいんだから」

 雪ちゃんはとりなすようにポン、と軽く僕の肩を叩く。

「あの……雪ちゃんはなんで僕……私にここまでしてくれるの?」

「ん~、そうねえ……」

 雪ちゃんは顎に手をかけ、視線を空中にさまよわせる。

「学校で女の子に囲まれてる霧ちゃんを見た時、無理して笑ってる感じがしたのよ。アタシ、自分を偽っている人間って見た瞬間ピンときちゃうの。そこに、今日可愛い服を捨てられた子犬みたいな目でじーっと見てるとこに出くわしちゃったら、ねえ……なんかほっとけなくなっちゃって」

 す、捨てられた子犬って……。

「ま、とにかくアタシは、可愛くなりたい女の子の味方ってことにしといてちょうだい。また悩んでることがあったら相談乗るわよ。ほら、家まで送ってってあげる」

 随分と人の世話を焼くのが好きらしい雪ちゃんは、僕……いや私を家まで送ってくれた。買い物に時間をかけすぎて、もう夕方である。

 その夜、私は自室の鏡の前で、今日買ってもらった服を着てみる。フリルの付いた水色のブラウスに、これまたすそにフリルの付いた上品な紺色のスカート。こういう女性的な服は、生まれてはじめて着たかもしれない。まさか私のサイズに合う服でこんなに可愛いのがあるとは。

 その服を明日着るためにハンガーにかけて準備しておく。こんなに明日学校に行くのが楽しみだと思ったことはなかなかない。

 私は期待で胸が高鳴ってその日はなかなか眠れなかった。


 翌日、僕――いや私は『今日は一人で歩いて学校に行くから』と志保にメールして、早めに家を出た。

 志保のことだから、女の子の格好をした私を学校に行かせまいとするだろう、と予期してのことである。

 玄関で靴を履き替えて学校に入ると、誰も私には注目しない。どうやら、男装していない私は『花宮霧緒』として認識されていないようだった。服を変えただけでここまで反応が違うとは。

 教室に入ると、やっとクラスメイトが私の変化に気づいたようで、男の子も女の子もざわついた。

「き、霧緒くん!? どうしたのその格好!?」

「へ、変……かな?」

「え、いや、変じゃないけど……」

 女の子たちは明らかに動揺していた。

「お、おい……花宮ってあんな可愛かったか……?」

 男の子のそんな声が聞こえて、私の思考も固まる。

 ――女の子扱いされている――!?

 雪ちゃんの席を見ると、雪ちゃんは笑顔でグッと親指を立ててウィンクしていた。

 やった、イメチェン成功だ……!

 私の目が輝いた、そのときだった。

「――キリオ?」

 ビクリ、と私の肩が揺れる。……志保の、声。

「キリオ……今日は歩いて学校に行くって言うから変だな、って思ってたけど……どういうこと?」

「し、志保……」

「ちょっとこっち来て」

 志保に手首を掴まれ、強引に引っ張られる。お嬢様のくせに、意外と力が強い。

「い、痛いよ、志保……」

「いいから」

 志保は私を引きずるように、空き教室に連れ込む。

「……キリオ。どういうことか、きちんと説明して。どうしてキリオが女装してるの?」

「女装、って……私は女だよ」

「『私』じゃなくて『僕』でしょ?」

 志保は怒っている。相当怒っている。でもどうして怒っているのか私には分からない。志保を置いて一人で学校に来たから? 女の子の格好をしているから? 一人称を変えたから? どうして?

「キリオ、昨日『家の用事がある』って嘘ついて、ショッピングモールにいたでしょう」

「!?」

 志保が突き出したスマホには、ショッピングモールで雪ちゃんと買い物をする私が写っている。

 ――人を雇って、尾行させてたんだ……!

「ねえ、どうして嘘ついたの? この男とデートするため? この男にたぶらかされたの? そうなんでしょ?」

 違う。雪ちゃんとショッピングモールで会ったのは偶然だ。嘘をついたのは志保の束縛から一時的に離れたかっただけ。

 ああ、志保の怒った顔が恐くて、萎縮いしゅくして声が出ない。

「キリオ! ずっと私の王子様でいてくれるって、約束したじゃない! ずっと私と一緒にいてくれるって! どうして私を裏切ったの!?」

 裏切ったつもりなんてないのに、志保は激昂げきこうしていて話を聞いてくれる状態じゃない。それに、約束をしたのは本当だ。

 幼い頃、私は志保をからかう男の子から志保を守った。あとから思えば志保はお嬢様なのだからガードマンが撃退してくれたはずで、私が守る必要はなかったのだが、そのとき志保にれられてしまった。ここから私の運命は大きく変わってしまったのだろう。

 志保は男装していた私を『王子様』として認識してしまった。

 ――ねえ、キリオ。ずっと私の王子様でいてくれる?

 そして幼い私は、わけもわからないまま指切りしてしまったのだ。

「――なるほど、そういうことね」

「!」

 私と志保が声のする方を見ると、空き教室の入り口に雪ちゃん――剛田雪之丞がもたれかかっていた。

「剛田……雪之丞……!」

「いやん、怖い顔」

 志保が睨みつけると、雪ちゃんは余裕のある笑みを返す。

「あなたがキリオをたぶらかしたのね! 何をしたの! 私の王子様に!」

「霧ちゃんが可愛くなりたいって言うから、アタシはそのお手伝いをしただけ」

「嘘だ! キリオが可愛くなりたいなんていうわけない! 私のキリオはずっとかっこよくなきゃいけないの!」

「……アンタねえ、いい加減にしなさいよッ!」

 雪ちゃんは正面から志保を見据えて一喝する。

「夢を見るのは勝手だけどねえ、他人にその夢を押し付けなさんな! どんな人間だって――たとえ金持ちのお嬢様だって他人の人生も気持ちも変える権利なんてないんだからねッ!」

「……ッ!」

 志保は雪ちゃんの言葉に声を詰まらせる。

「霧ちゃんはずっと可愛くなりたいと思ってた。女の子扱いされたいと思ってた。でも、あなたの約束――いいえ、もはや呪縛ね。それのせいで言い出せなかった」

「嘘よ……そんな……」

 志保は呆然と私を見る。「嘘だと言って」と言いたげな顔をしている。

「可愛くなりたい女の子を、応援するのが友達ってやつじゃないの?」

「……友達なんかじゃない……。私はキリオがすべてだった。私は王子様のキリオが好きだったのに」

「あらやだ、そういう関係? 霧ちゃん、厄介なのに好かれたわねえ」

 あっはっは、と雪ちゃんは豪快に笑う。いや笑い事ではないのだが。

「志保」

 私はなるべく優しい声音で志保の名前を呼ぶ。

「……」

「志保、ごめん。私は王子様にはなれないよ。私は、ちゃんと女の子なんだよ」

「……知ってた。霧緒が女の子だってことは。でも、あの日、私を守ってくれた霧緒は、王子様だったの」

「志保、約束を結び直そう。私は志保の王子様にはなれない。でも、ずっと友達だから」

「……ずっと、一緒にいてくれる?」

「流石に大学は好きなとこ選ばせて」

 私は思わず苦笑を漏らした。

 ――私達は、指切りをし直した。

「雪ちゃん、ありがとう。雪ちゃんのおかげで、ここから私の人生がやり直せそうな気がする」

「どういたしまして。アタシに惚れちゃったらごめんなさいね?」

 雪ちゃんはウィンクをしてからかう。

「うん、私、雪ちゃんのこと好きかも」

 意趣返しのつもりで、私も雪ちゃんをからかってみる。

「……それは友達として? 男として?」

 雪ちゃんは予想外に、真面目な顔で問いただす。

「さあ、どっちだろうね?」

 私は意味ありげな顔を作る。

「そ。まあ、わかるまでじっくり考えなさいな。ちなみにアタシは男も女もどっちもイケちゃうクチなんだけど」

「えっ……!?」

「だから、自分で気持ちの整理がつくまで待っててあげる。もし男として好きって意味だったら……その時は逃がしてあげないけど♪」

 雪ちゃんには、私の意趣返しなど効果が無いようで、ウィンクされてしまう。

「……やっぱり、雪ちゃんにはかなわないなあ」

 私は顔を赤くしながらさっぱりとした気持ちで笑うのだった。


〈了〉

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