5月
5月に入って初めて病院に行ったとき、あまりの混雑具合に驚いた。4月8日以降、精神病はレアな病気ではなくなったんだった。なぜか完全に忘れていた。2時間待って診察の順番が回ってきて、医者はぼくに薬を半分に減らすことを提案する。
「薬の生産が追いついてないんですよ」
主治医は率直にそう話し、それから薬っていうのは血液の中のなんかの濃度を上げる働きをするものでその濃度は急には下がらないから、薬を一時的に少し減らしたところで大した問題は起こらないだろうというようなことを説明してくれた。ぼくは減薬を受け入れる。
薬を減らしたことが直接の原因かはわからないが、5月の2週目くらいから、ぼくは明らかに調子が悪くなってきた。だるい。大学に行かなきゃいけないと思うとつらい。研究室にいる間、彼女が近くに座っていると圧迫感のようなものを感じて作業に集中できなかった。遅刻と無断欠席が増えた。このままじゃいけないと思って、ぼくは頻繁に研究室に寝泊まりするようになった。これなら遅刻の心配がない。それでもやっぱり意識がはっきりした状態でいるとつらくなるので、最初はビールを飲んでジョイントを吸ってごまかした。それからお金がなくなることが不安になって、スーパーで売ってる紙パックの一番安い日本酒を飲むようになった。研究室にいる時間が増えたことで、ぼくは他の講義そっちのけで研究室インターンにより深く関わることになった。細切れになった遺書の内容を再編してレポートにまとめると「よく書けています」と彼女は言った。
遺書を書き写しただけのレポートによく書けてるもなにもあるのだろうか。そう思って彼女に尋ねると、
「会議でも、録音をそのまま記録したものは議事録になりません。言葉を理解して、言葉の特徴を集約して抽出するのは、未だに文字によってしか実現できないことです」
と彼女は言った。
そのわずか一週間後に、「遺書を再現するアルゴリズムを考えました」と彼女は言った。「え、自殺のメカニズムがわかったっていうことですか」と聞くと、「むずかしい質問です。例えば、二階差分で滑らかさを表現した状態空間モデルで、時系列のメカニズムがわかったことになるのでしょうか」と彼女は言った。煙に巻かれたぼくの顔を見て彼女は笑った。少しハイになっているようにぼくは感じた。ぼくは彼女の考案したアルゴリズムの実装を担当することになった。彼女の擬似コードでプログラムはほぼ完成されており、ほとんどそれをただ打ち込むだけの作業だった。
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