第5話 ☆☆エステラ☆☆

「やぁ、よく来たね……って、なんでそんなに疲れてるのさ?」


 ボクは、珍しくボクを訪ねてきた三人に目を向ける。

 三人とも――特にノーマとデリアが疲れた様子で肩を落としている。


「ぁの、ね……ここに来る前にウクリネスさんのお店に行ったんだけど……そこで……」

「あちゃ~……どうしてこんな時期にウクリネスの店に行ったりしたのさ」


 もうすぐ……と言ってもあと一ヶ月近くあるのだけれど……クリスマスだ。

 ヤシロが持ち込んで、すっかりと定着してしまった年の瀬の楽しい行事。


 そんな日を、あのウクリネスが見過ごすわけがない。


 今年も盛大に張り切ってクリスマスコスチュームを作っているともっぱらの噂だ。

 ……ウクリネスって、女の子を着飾らせることに関してはヤシロに通ずる異常性がチラ見えしてるんだよね……ちょっと注意した方がいいのかもしれないな、そろそろ。


「それで、体中のサイズを測られでもしたのかい?」

「サイズだけじゃないさね……」

「肌ざわりって言って、全身べたべたと……」

「特に、でりあさんの腹筋には、ご執心だった、ね……」


 あははと、苦笑いを浮かべていられるミリィは被害が少なかったようだ。

 ウクリネスも、やっていい相手とそうじゃない相手を分けているらしい。

 ……基本、やっちゃいけない方にカテゴライズしておいてほしいんだけどね。


「それで、今日はどういった用件で?」

「ぅん。ぁのね!」


 嬉しそうに語るみりぃの話によれば、日頃お世話になっているヤシロにみんなでプレゼントを贈ろうと、そういうことらしい。

 ……ボクの方がお世話しているんだから、ヤシロはボクにこそプレゼントを贈るべきだと思うのだけれど。


「そんでな。一個ルールがあるんだ」

「ルール?」


 デリアが得気に指を立てて説明する。


「自分の仕事に関する物をプレゼントするんだぞ」

「仕事に関する物……?」

「この二人がね、『自分の仕事を理解してくれると嬉しいから』ってね」


 と、自分の仕事を理解されると一番大喜びしそうなノーマが「困ったもんさね」みたいな顔で言う。絶対ノーマが一番喜ぶと思うけど。うん、絶対に。


「それは面白い試みですね」


 ミリィたちにお茶を出していたナタリアが、ティーポットを片手に涼しい顔で言う。


「仕事に関する物、ということでしたら、私は紅茶でしょうか?」

「ぁ、でも、みんな手作りするって……」

「では、私のオリジナルブレンド紅茶を作りましょう」

「ゎあ、素敵。みりぃも飲んでみたいなぁ」

「いいですよ。私の紅茶を飲んだミリィさんをぺろぺろさせてくださるならば」

「……ゃ、ゃっぱり、いぃ、かな」

「涼しい顔で取り返しのつかないゾーンに踏み込まないように。戻っておいで、ナタリア」


 ミリィをドン引きさせてもなお涼しい顔のナタリア。

 どうか、アレが通常仕様になっていませんように。珍しく訪ねてきた友人にちょっとはしゃいじゃっているだけでありますように……


「けど、仕事に関する物となると……ボクは難しいなぁ」

「エステラ様は領主ですから、アレがありますよ」

「ん? なに?」

「土地です」

「重いよ、ナタリア……」


 クリスマスに土地をプレゼントされたヤシロの重苦しい顔が容易に想像出来るよ。

 あと、気分次第で気軽にあげられる土地とかないから。


「では、税収――」

「お金はもっとない!」


 ある意味、ヤシロが一番喜びそうだけども!

 ヤだよ。ロマンチックなクリスマスの夜に現金をプレゼントする女。そんな女に、ボクはなりたくない。


「では、エステラ様が編み出した百八の豊胸体操の秘伝書を」

「それ領主の仕事じゃないから!」

「百八もあるのに効果あったのは一個もないのか?」

「うるさいよ、デリア!」


 きしゃー!



 きしゃー!




 ……ふぅ、思わず二度威嚇してしまった。


「他に、領主の仕事っていやぁ……各種手続きかぃねぇ」

「では、契約書をプレゼントしてみては?」

「もらっても嬉しくないでしょ、そんな物……」

「嬉しい書類だってあるじゃないですか。例えば……婚姻届け、とか?」



 ざわり……



 ナタリアの言葉に、室内になんとも言えない緊張感が走った。

 ノーマたち三人の視線がボクに集中する。


「…………ない、から、……ね?」


 なんとか声を絞り出す。

 ……いや、ないよ。ないない。


 仮に、手作りってルールに則って記入済みの婚姻届けを作成したとして……





『これ、クリスマスプレゼントだから、ふ、深い意味とか、特にないから!』





 いやぁー、無理あるわぁー!

 深い意味しかないと言っても過言じゃないわー!


「……却下だよ。もちろんね」

「そうですか。では、出生届などはいかがでしょう?」




『ヤシロ……これ(出生届「ぴら」)』




「……ヤシロが倒れちゃいそうだよ」

「身に覚えがあろうがなかろうが、一度心臓が止まるでしょうね」


 なんて悪趣味なプレゼントだろうか。

 そんな物はあげられない。


「そうだ! 領主と言えばいつも身の危険にさらされる危険な職業――ということでナイフを」

「またナイフかよぉ。エステラはいっつもナイフだよなぁ」

「確かにナイフじゃあ、ちょっと、女として可愛げがないさねぇ」

「ぇ……のーまさんのプレゼントって…………ぅうん、なんでもなぃ……」


 可愛げがないと言われても……


「じゃあ、どういうのが女の子らしい、可愛げのあるプレゼントなのさ?」

「そうですね。シルクか、フリルか、スケスケか――」

「パンツなんかあげられるわけないだろう!?」


 ナタリアはもう引っ込んでて!


「首にリボンを巻いて『プレゼントはワ・タ・シ☆』というのは?」

「ぁの、なたりあさん……それ、れじーなさんと同じ発想……だょ?」

「まずいさね……アレが二つになると、いよいよ四十二区がやばいさよ」

「いや、もうとっくに同類だろ? ナタリアとレジーナはさぁ」


「失敬です」と怒るナタリア。

 だがしかし、君はデリアの言葉を否定出来ないはずだ。


「そうだ。領主の紋章が入ったマントをプレゼントしよう。クリスマスの前には豪雪期が来るからね。防寒具なら使い道あるだろう」

「ぅんと……プレゼントするの、クリスマス、なんだけど、ね?」

「あ、そうか……けどまぁ、来年には使えるし」

「エステラ、あんた……割といい加減なところあるさよね?」


 そんなことは、ないけれど……

 けど、まぁ……

 うん、黙っておこう。


「エステラ様は、さも今思いついたかのように口にされましたが、『ヤシロって防寒具、あんまり着ないんだよなぁ……いつも寒そうにしてるのに……風邪でも引かなきゃいいけど…………そうだ! ボクが防寒具をプレゼントしてあげればいいんだ。ボクからもらったんだからありがたく身に着けなさいって言えば、ヤシロはこっちの意図を汲んでいやいやな風を装ってでも着てくれるに違いない。……今年は、例年になく寒いから、心配なんだよね……』と、最初からマントをプレゼントするつもりだったのです」

「なんで君が知ってるのさ、ナタリア!?」

「エステラ様の寝室に忍び込んで身を潜めていたら、偶然耳に――」

「それのどこが偶然だぁー!」


 主を主とも思わない給仕長にお灸を据えなければいけない。

 いつ据えるの? 今でしょ!


「ぁ、ぁ~、じゃあ、みりぃたち、もう行く、ね?」

「あんたら、ほどほどにするんさよ」

「仲いいよなぁ、この二人は。ホント」


 何か一言二言言い残して、ミリィたちが帰っていった。

 が、今ボクは忙しいので見送りは諦めてもらうほかない。


「『こっそり、お揃いのマントにしちゃおうかなぁ~、くすっ』」

「ナタリアぁー!」

「わーエステラ様かーわーいーいー」

「その口、縫い付けてやるー!」


 懸命に追いかけるが、ナタリアは……速かった。





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