第2話 ☆☆ノーマ☆☆
この街は、一年を通してさほど気温の変化はない。
それでも、ここ数日で朝晩は寒くなったと感じる。
工房の外に出て見上げた空はキンと張りつめたように澄んでいて、吐き出す息が微かに白く色づいて空気に紛れて消えてっちまった。
「今日は、ちょっと寒くなりそうさね」
軽く羽織れる物でも引っ張り出してこようかと考えていると、アタシのもとへ可愛らしいお客さんがやって来た。
「のーまさん、こんにちゎ」
「こんにちわ、ミリィ。今日は何か用なんかぃ?」
ウチの男衆がしょっちゅう生花ギルドに花を注文してるから、ミリィはよくここへやって来る。
けど、今日は配達ではなさそうさね。いつもの大きなカゴを持っちゃいない。
買い物に来た……って、わけでもなさそうだねぇ。
「ぁの、ね、のーまさん」
何か頼みごとがある時や相談を持ちかける時、ミリィはこうして可愛らしい上目遣いでアタシを見てくる。
アタシはどんなことだろうと受け止めてやろうと、聞く態勢をとる。
「のーまさんの靴下って、匂い、する?」
「ミリィ。ここに来る前に薬屋と陽だまり亭のどっちに行ったんさね?」
「ぅぁ……陽だまり亭、だけ、ど?」
ヤシロか……
まったく!
あいつはミリィになんの話をしたんさね!
ミリィがこうしておかしなことを口走る時は、大体『あいつ』か『アイツ』のどっちかが絡んでいるんさよ。もう分かりきってるんさよ。
「違ぅの。ぁのね……自分の判断で正しいと思う方を選択しようとしたんだけど、ね、でも、ちゃんと本場のルールに従った方がいぃんじゃないかなって、ちょっと思ったの、ね。だから、ね……ぁの、ね…………」
なにやらうんうんと悩んで言葉を並べていたミリィが、困ったように瞳をウルウルさせてアタシを見上げてくる。
「ノーマさんの靴下に入ったプレゼントって、ご褒美に、なるかな?」
「ミリィが正しいと思う方を選択おし。絶っっっ対そっちが正しいさよ」
なんで靴下に入れたものがご褒美になるんさね?
いや、まぁ……ヤシロの言う『ご褒美』は、ちょぃと意味合いが異なるからねぇ…………
ご褒美になるかどうかと言われれば……なる、かもしれないんだけれどさ。
「じゃあ、手渡しが、いぃ……ょね?」
「そりゃそうさね。プレゼントっていうのは、きちんと向かい合って手で渡すのが一番さよ」
「ょかったぁ。みりぃね、ちょっと自分に自信が持てなくなってたの」
ミリィの常識を揺るがすんじゃないさよ!
まったく。あとで文句を言いに行ってやらなきゃならないようさね。
そうさね、お昼時は混むだろうから、その後のティータイムにでも会いに行くさね。……るんるん。
「のーまさん? なんだか楽しそう」
「そ、そんなことないさね!」
クレームを入れに行くのに楽しみなわけないんさよ。
ただまぁ、社会人として、ちょこっとくらい
「そ、それでね、実は、ぉ願いがぁるん、だけど……聞いて、くれ、る?」
「ん?」
ミリィに聞かされたのは、サンタクロースっていうお爺さんの話。
ミリィが言うには、一年間いい子にしていた子供たちにプレゼントを配り歩く気のいい爺さんなんだそうな。
世の中には奇特な金持ちがいるもんさねぇ。
「あぁ、それでヤシロが赤い服を着て子供らにプレゼント配ってたんさね」
「ぅん。それで、ね、今年はみりぃたちがてんとうむしさんにプレゼントあげられないかな、って」
「ミリィたちって……アタシもかぃ?」
「ぅん。……協力、してくれる?」
ミリィの遠慮がちな上目遣い。
こんなもんを見せられちゃ、断ろうにも断れないさね。
「分かったさよ。なんか適当な物をプレゼントとして用意するさね」
まぁ、ヤシロには世話になってるからねぇ。
プレゼントくらい、どうってことないさね。
「ぁりがとう、のーまさん。でも、そんなに手の込んだものじゃなくていぃから、ね?」
「くふふ。ヤシロ相手に気合い入れるのも変な話さね。お手軽な物にするさよ」
お手軽に……
「そうさね。手軽に羽織れる手編みのカーディガンにでもするかぃね」
「物凄く手が込んでないかな、それ!?」
なぁに、編み物なんて二~三週間もあればちょちょいと終わるさね。
最近は朝夕が寒いからねぇ。
寝起きのヤシロがベッドから出た後、寒さに身を震わせてアタシのあげたカーディガンを引っ張り出して羽織るんさよ。
アタシのカーディガンにくるまって震える寝ぼけ眼のヤシロか……くふふ。可愛いじゃないかさ。
「マフラーと手袋も編むさね」
「のーまさん、頑張り過ぎだょ、それは!?」
なぁに。マフラーと手袋なんか二~三週間もあればちょちょいと出来るさね
それに、人は一日の三分の一は寝て過ごしてるんだ。三分の一が睡眠、三分の一が仕事、三分の一が自由時間。すなわち、寝なければ一日の三分の二が自由時間になるんさね。時間なんていくらでも作れるんさよ。
「ニットの帽子と靴下も……」
「のーまさん、落ち着いて! 夜はちゃんと寝なきゃダメ、だょ!?」
睡眠は十分とれているつもりなんだけどねぇ。
あぁ、でもそうかぃ。みんなでプレゼントって話だったっけねぇ。
一人だけ豪華なプレゼントになっちまったら、いかにも「張り切ってる」って思われちまうかもしれないさねぇ。そんなに必死になって……どんだけヤシロのこと好…………
「ふなぁぁあああ!」
「ほにゃ!? ど、どうしたの、のーまさん!?」
「なんでもないさね」
「なんでもなくないと思うっ」
「気にしないでおくれな」
「うぅ、気になる、ょぅ……」
そうさね。
足並みをそろえるのは大切さね。
ミリィのプレゼントを聞いて、それに規模を合わせれば問題ないだろう。
「ミリィは、何をプレゼントするつもりなんだぃ?」
「ぅんっとね……森におっきな松ぼっくりがあったから、それでリースでも作ろうかなって」
「あぁ、クリスマスの飾りだね」
「ぅん。綺麗な赤い実もあるから、可愛く出来ると思ぅんだ」
なんともミリィらしいプレゼントさね。
そんじゃ、アタシもカーディガン程度にしておこうかね。
「てんとうむしさんにね……ぇへへ……みりぃのお仕事のこと、もっと知ってほしいなって」
「……お仕事?」
「ぅん! 今日ね、『ミリィはブーケを作る才能がある』って褒めてもらったの……ぇへへ。お仕事のことで褒めてもらえるの、すっごく、嬉しい、ょね」
仕事のことで褒められる……
『やっぱ、ノーマの打った鉄は一味違うなぁ』
……ぞくぞく!
「アタシ、
「ぇっ!? あれって編み物に分類されるの!?」
「ウチの母さんがよく夜なべして鎖帷子編んでくれたさね」
「手袋じゃなくて!?」
うん。そうさね!
アタシは金物ギルドの女。
自分の最も得意な部分を認めてもらえる、そんなプレゼントにした方がいいに決まってるさね。
他の誰にも真似の出来ないような、アタシにしか出来ない最高のプレゼントをするんさよ!
そんな意気込みに拳を握った時――
「ノーマぁ~」
デリアがやって来たさね。
「腹減ったぁ~なんか食わせてくれ~」
「なんでさね」
アタシはあんたの母親じゃないんさよ。
「違うんだよぉ。オメロのヤツがさぁ、仕事中の不注意で怪我してさぁ。治療代をあたいが出してやったんだよ」
「でりあさん、優しいっ」
「金の貸し借りはご法度なんじゃなかったんかぃ?」
「貸してねぇよぉ。やったんだよ。……でも、そのせいでお金がなくてさぁ……」
面倒見のいい女だとは思っていたけど、身銭を切って仕事仲間を助けるとは見上げた根性さね。
そういう理由なら、いくらでもご馳走してやるさね。
どっちみち、一人分作るのも二人分作るのも変わらないからねぇ。
「ぁ、そうだ! でりあさんにもお願い、して、ぃ~い?」
「ん? なんだ?」
ミリィが手を合わせてデリアを見上げる。
アタシん時より砕けた口調に甘えるような表情。
……あれ?
ミリィ?
デリアより、アタシとの方が仲良しだよね?
ねぇ?
……ねぇ?
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