第1話 ☆☆ミリィ☆☆

「う~ん……こんな感じか」


 陽だまり亭で、てんとうむしさんが筆を握って難しい顔をしていた。


「こんにちゎ、てんとうむしさん」

「おぅ、ミリィ。配達か?」

「ぅん。じねっとさんにお花のお届け」


 抱えたカゴを見せると、てんとうむしさんが「ミモザにアネモネにラナンキュラスか」って、お花の名前を当てていく。

 さすがてんとうむしさん。よく知ってるなぁ。

 みりぃは、そういうところでも嬉しくなる。てんとうむしさんがみりぃのお仕事のこと、よく分かってくれているみたいで。


「こうやっていろんな種類の花が一つにまとまってると、単体で見るより綺麗だよな。豪華でお得感もあるし」

「ぅん。みりぃもブーケは好き」

「どの花も色が邪魔し合わないで綺麗に見えてる。ミリィはこういうのまとめる才能あるよな」


 ぇへへ。

 褒められちゃった。嬉しいな。嬉しいな。



「ジネットは、今ちょっと教会に行っちまってんだ。もうすぐ帰ってくると思うけど、待ってるか?」

「ぅん。じゃあ、待たせてもらぅ、ね」

「花はカウンターにでも置いといてくれ。ジネットが帰ってきたら飛びつくと思うから」

「ぅん」


 じねっとさんが喜んでくれる顔を想像して、思わずほほが緩む。

 お花をカウンターに置いて、てんとうむしさんの座るテーブルに近付く。

 テーブルの上には絵の具が広がっていて、お絵かきをしていたみたい。


「それは、何の絵?」

「これか? ふふん、じゃーん!」


 じゃーんと得意げに見せてくれたイラストは、赤い服を着た白いお髭のお爺さん。肩に大きな白い袋を担いでいる。


 ……誰、だろぅ?


「てんとうむしさんの、ぉ祖父さん?」

「俺にこんなファンタジーな親族はいねぇよ」


 渋い顔をした後で「いやまぁ、俺自身が十分ファンタジーか……」って呟いてため息を吐くてんとうむしさん。

 ファンタジー?


「この爺さんはな、サンタクロースだ」


 どこかで聞いた名前。

 どこだっけ……


「ぁ、クリスマスの?」

「そうだ」


 たしか、クリスマスの時に赤い服を着たてんとうむしさんが自分のことを『サンタクロース』って名乗ってた気がする。


「てんとうむしさんのお家の正装?」

「だから、俺の家系にこの爺さんいないから……」

「じゃぁ、このお爺さんはてんとうむしさんの真似をしてるんだね」

「逆だよ!?」


 じゃあ、てんとうむしさんがこのお爺さんの真似を?

 どうしてだろう?


「やっぱ情報が上手く伝わってないんだなぁ……」


 肩を落としてうな垂れるてんとうむしさん。

 なんだか凄く落ち込んでいるみたい。


「サンタクロースは、クリスマスの日にだけやって来る爺さんでな」


 遠くに住んでる親戚なのかなぁ……って、思ってたら「遠くに住んでる親戚じゃないからな?」って否定された。

 何も言ってないのに、考えてること当てられちゃった。


「で、このサンタってのは――」

「さんた?」

「サンタクロース、略してサンタだ」

「名前を略すの?」

「まぁ、愛称みたいなもんだよ。ミリィ略してミリリっちょ、みたいなもんだ」

「それ略してないょ!? むしろ長くなってる!」


 くつくつと笑うてんとうむしさん。

 こういう時のてんとうむしさんは、本当に無邪気な表情を見せる。

 年上なのに子供っぽくて、ちょっと可愛くて、割と……好き、かも。


「で、サンタは一年に一度、クリスマスの日に街へやって来るんだ。一年間いい子にしていたガキどもにプレゼントを配るためにな」

「配達、かな?」

「いや、違うんだミリィ。もうちょっと、こう……ファンタジー的な、夢と希望的なニュアンスでだな――」


 てんとうむしさんが困った表情を見せる。

 どうしよう、みりぃちょっと頭の弱い子だと思われてる?

 でも、よく分からないんだもん。


「いい子にしていたご褒美にプレゼントを持ってきてくれるいい爺さんなんだよ」

「凄いお爺さんなんだね」

「だから、ミリィもいい子にしているとサンタさんにプレゼントをもらえるかもしれないぞ」

「みりぃ、子供じゃないょ!?」

「うんうん。ミリィは『おねえさん』だもんな」

「それ、子供に言うと喜ぶやつ!」


 むぅ!

 てんとうむしさんはたまにちょっといじわるだ。

 けど、子供みたいに無邪気に笑ってるから……うぅ、あんまり強く怒れないよぅ。


「俺の故郷のガキどもは、サンタにプレゼントをもらうために一年間いい子でいようって頑張るんだよ。……まぁ、一週間前くらいから慌てていい子になるクソガキもちらほらいるけどな」


 子供たちの行いをちゃんと見て、サンタさんはやって来る。

 頑張った子供たちにご褒美をあげるために。


 なんだかそれって、凄く素敵かも。


「てんとうむしさんの故郷には、凄い人がいるんだね」

「いや『いる』っていうか……『いると言われている』、みたいな?」


 てんとうむしさんが視線を逃がした。

 なんだか、聞いちゃいけないこと聞いちゃった、かな?


 でも、これで分かった。

 てんとうむしさんが赤い服を着て子供たちにプレゼントを配っていた理由。


 この街にはいないサンタさんの代わりを、てんとうむしさんがしてあげようとしたんだね。

 きっと、自分が子供だった頃にサンタさんにしてもらったことが嬉しくて、それと同じ体験をこの街の子供たちにもって。


 うん。

 てんとうむしさん、やっぱり優しい。


 みりぃはね、てんとうむしさんこそ、サンタさんにプレゼントをもらうべきだと思うよ。

 でも、この街にはサンタさんはいないから……あ、そうか。


 いないなら、みりぃがサンタさんの代わりをしてあげればいいんだ。

 それで、てんとうむしさんにプレゼントをあげる。

 この一年、誰よりも頑張って、優しくて、いい子にしていたてんとうむしさんに。


 そのためには、うんっ、情報収集だ。


「ねぇ、てんとうむしさん。どうしてサンタさんは赤い服を着てる、の?」

「諸説あるんだが、有名なのはとある清涼飲料メーカーの販売戦略の影響で――」


 てんとうむしさんが話してくれたのは商品カラーの戦略的刷り込みとか、冬場に急落する清涼飲料水の売上回復の奇策とか、ちょっと難しいお話。

 みりぃ、ちょっとよく分からない。


 みりぃの頭の上に無数の『?』マークを見たのか、てんとうむしさんが我に返ったようにはっと息を呑み、ちょっと困ったような顔で肩をすくめた。


「あぁ、まぁ……あれだ。赤は温かそうな色だからな」


 てんとうむしさんの故郷では、クリスマスは雪が降るような寒い季節にするんだって。時期は四十二区と同じくらいらしいんだけど。

 豪雪期が長いのかな?


「サンタさんの担いでる白い袋には何が入ってる、の?」

「これか? この中には、夢と希望が詰まっているんだ」

「愛と、勇気?」

「そう考えると、サンタの袋はおっぱいと一緒だな」

「違ぅと思う! たぶんだけど、違うはずだょね!?」


 うぅ、でもみりぃも詳しく知らないから強く反論は出来ない……


「この中にはプレゼントが入ってるんだよ」


 そういえば、てんとうむしさんがサンタさんの格好をしていた時、白い袋からプレゼントを取り出して配ってたっけ。


 袋にプレゼント……


 その時、みりぃは楽しかったハロウィンのことを思い出したの。


 袋にたくさん詰まったプレゼント。

 きっと、ハロウィンの時のお菓子みたいに、いろんなものがいっぱい詰まった袋っていうのは幸せの宝箱みたいなものなんだと思う。


 一番頑張ったてんとうむしさんには、袋から取り出したプレゼントじゃなくて、プレゼントがたくさん詰まった袋をプレゼントしたい。

 うん。それがいい。

 てんとうむしさんと仲がいいみんなから一つずつプレゼントをもらって、それを大きな袋に詰めてプレゼントするの。


 わぁ、なんだか楽しそう。


 これは絶対みりぃがやらなきゃ。

 だってみりぃは、たくさんのものを一つにまとめる才能があるって、てんとうむしさんに言ってもらったから。


 これは、腕の見せ所だと思ぅの!


「てんとうむしさん。プレゼントを渡す時には、何かルールがあるの?」

「靴下に入れておくんだよ」

「……くつした、に?」


 どうして靴下に入れるんだろう?

 そんなに大きな物は入らないし、それに……大丈夫だと思うけど、汚れていたりちょっと臭ったり……しない、かな?

 みりぃのは、ちゃんと洗ってるからたぶん、おそらく、大丈夫だとは思う、けど、それでも……靴下の中に入っているのは、ちょっといや……かも。


「どうして靴下に入れる、の?」

「……それは、ヤシロが無類の足フェチだから。芳しい香りはご褒美」

「突然現れて謂れのない性癖を押しつけないでくれるか、マグダ」


 背後から現れたマグダちゃんに、ちょっとだけ驚いた様子を見せたてんとうむしさん。

 ……てんとうむしさん、靴下の臭い、好き……なの?



 ……うん。

 手渡しにする。

 普通が一番だと、みりぃは思うんだ。うん。





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