第22話 怯えるジャック((((;゜Д゜)))))))
蒼汰が恐怖のスーパーゾンビと激突している間、ホテルの屋上で何が起きていたのかをここに記す。
ゾンビ達に包囲されながら、澪、春香、愛加の3人は子猫の兄弟のように必死にかたまっていた。一番年長の眼鏡(坂崎澪)は、小さな愛加と春香を守るように2人の背中に覆いかぶさっている。辛辣な彼女にもそういう一面があるのは意外だが、強がるために蒼汰に毒づきまくりなのは頂けない。
「なんで石見さんは戻ってこないの!?あの人……バカなのかな。それとも赤髪のジャックに殺されちゃったのかしら……」
愛加は縮こまりながら、涙を浮かべている。
「澪ちゃん怖いよ……怖いよ」
「ぜんぶ石見さんのせいだからっ。死んじゃったらみんなで石見さんを恨もうね!」
蒼汰への不満を言うことで平静を保とうとしていたのだろう。彼がいたなら「こっちも必死だ!」と喧嘩になっただろうが、何も知らずに遠方で赤髪と死闘を演じているのだった。
この3人のみならず、意識を失っている彩奈も食欲旺盛なゾンビ達に対して無防備な存在であった。ゾンビ達が赤髪ゾンビの指示に従わなくなれば、瞬く間に餌食となってしまうはずだ。しかし分かっていても澪には救出のための術がない。
──せめて彩奈さんを、こっちまで引っ張ることができたら良いのだけれど……。
試しにゾンビの包囲網の隙を縫って彩奈に近づこうとしたものの、顔面血まみれのゾンビが「シャアッ」と歯茎を剥き出しにしてきたので諦めるしかなかった。
「ひっ……」
──コイツら、私達をこの中から出さなよう命令されてるんだ。
突然、目玉の飛び出した巨漢のゾンビが持ち場を離れて、子供達に近づきはじめた。赤髪が離れた今、徐々にゾンビ達への制御が効かなくなっているのだ。
「うそっ……!こっちに来た」
「へシャシャ……」
涎を垂らして3人に近づく姿には、明らかに子供達を食わんとする意思が見受けられる。
3人は後ろに下がるが、背後にもまた包囲中のゾンビ達がいるので逃げられない。
「こないで!しっし!」
澪が必死に叫ぶが、とても追い払えるものではない。
「シャァァァッ!」
巨漢ゾンビは、まず小さな愛加の腕を力任せに掴んだ。
「きゃああああっ!澪ちゃん」
仲間を奪われまいと、澪は必死に愛加を引っ張る。
「その子を離してよ!触らないで」
すると巨漢ゾンビは今度は眼鏡の澪に興味を持った。愛加を掴む手を離すと、不意に澪の首をグイッと掴み、そのまま抱えあげてしまう。彼女はゾンビにお姫様抱っこされてしまったのだ。
「うそ……うそうそ!やめてぇぇぇ!」
泣きながら巨漢ゾンビから顔を逸らすも、もう逃げられない。巨漢ゾンビは澪に顔を近づけて、彼女の額を長い舌で舐めはじめた。
「んんっ!」
たまらず目を瞑る。
「ベロン……ベロ……シャァっ」
「や……やだ……」
笑ったような表情を浮かべ、巨漢ゾンビは何度か澪の額を味見をした。
──死にたくないっ!誰か助けて。
そのまま歯をむき出しにして彼女の頭蓋骨を齧ろうとする。
「きゃあああっ!澪ちゃん……!」
愛加と春香は身を寄せあって、泣きながら抱き合うことしかできない。
「ブシュシュ……ヴェロ〜ン」
巨漢ゾンビが大きな口を開けて、眼鏡の髪の毛に歯を突き立てようとしたその瞬間。蒼汰は屋上に戻っていた。首都高からここまで3キロは離れていたが1分足らずで戻ってきたのだ。
「はぁ、はぁ……。ヴェロ〜ンじゃねぇっ!」
巨漢ゾンビの頬に拳がめり込む。その目玉は吹き飛び、鼻から下の部分も抉り取られて消失してしまう。しかし依然として澪を離そうとはしない。
「きゃあああああ」
飛び散った血肉を浴び、澪の泣き声が響きわたる。
──ちっ。タフな野郎だな……。普通のゾンビでも強いやつはいるってことか。
すぐさま蒼汰は手刀でゾンビの腕を切り落とすと、澪も一緒に床に落下してしまう。
「痛っ!」
そのまま無防備になった腹に蹴りを入れ、巨漢ゾンビを屋上からふっ飛ばした。
「消えろ!」
「バッヒェアァッ!」
ゾンビの断末魔が小さくなり、地上からゾンビの砕け散る音が聞こえた。
「はぁ……はぁ……。間に合って良かった。彩奈も無事だな」
蒼汰は澪の手をとってその体を起こした。しかし彼女は泣きながら蒼汰に抗議する。
「間に合ってないっ。見てよこれ!絶対に私、感染しちゃってるよね。ゾンビに舐められちゃったし!」
「分かった分かった。今はそれどころじゃねーから」
「なにそれ!」
確かにその可能性はあるのだが、実際のところ澪の相手をしてる時間がない。なにしろ赤髪がここに戻ってくるまでの間に何体のゾンビを片付けられるかが勝負の鍵だ。彩奈や子供達が実質的に人質のような状況では、いくら蒼汰でも勝ち目はない。
「皆、目と口を閉じてろ!今からコイツらを俺が粉々にして……」
片っ端からゾンビ達を片付けてやろうとしたのだが、赤髪はすでに屋上の塔屋の上に立ち、彼らを見下ろしていた。
「もうタイムオーバーだよぉ〜僕ちゃんよ」
「くっ……もう戻ってきやがった」
蒼汰は手についたゾンビの血肉をシャツで拭う。
「さすがだな……」
赤髪は彼の言葉を鼻で笑うと、ズボンのポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。
「じゃぁ〜ん。これを見てチョ〜だいなぁ」
それを振って刃先を出してみせる。
「さぁ問題でぇす。今から投げちゃうこのナイフは、誰の脳みそにズバッと刺さるんでしょうかぁ?」
蒼汰は青ざめた。赤髪が飛び道具を使うならば──今の蒼汰は別として──離れた場所から人間を殺すことなど造作もないはずだ。指弾で耳を撃ち抜かれた記憶が蘇る。
「お前かなぁ〜?彩奈ちゃんかなぁ〜?それとも小さいガキ達かなぁ〜?」
「おいおい……冗談はやめろよ……」
子供達の傍にいるものの、彩奈とは15メートルは離れている。しかもその間には無数のゾンビ達がいるのだ。
だが彩奈を守ろうとすれば子供達が無防備になる。かと言って子供達も一緒に連れていけないし、先に赤髪をブチのめそうと跳べば、無防備になったどちらかが殺される。
「冗談じゃねぇよバカ。じゃあ後5秒でなげまぁ〜す。5、4,3……」
状況を悟った子供達は目を瞑った。もう蒼汰に考えている時間はない。あとは運命の女神が自分に与えてくれた力にすべてを賭けるのみ。
「2,1,……死ねぇぇぇっ!」
赤髪ゾンビは全力でナイフを投げた。それは弾丸のような凄まじい速度で空気を切り裂く。そしてナイフの向かう先は、やはり倒れている彩奈だった。
「だりゃぁぁぁぁぁっ」
蒼汰は無我夢中でナイフに向かって飛ぶ。自分でも信じられないほど速かった。
「はぁ……はぁ……。間に合った」
自分でもどうやったのか分からないが、気づけば彩奈の傍に跪くような体勢でナイフのハンドルを掴んでいる。刃先から彩奈の喉元まであと5センチしかなかった。
塔屋の上の赤髪は顎が外れるほどに大口を開けている。
「い……今のを掴みやがったぞ……。コ……コイツは一体何者なんだ!?」
絶句している赤髪に向かって、今度は蒼汰がナイフを投げつける。
「ふざけやがって!彩奈が死んじまうところだったじゃねえか」
投げたナイフは音速を超えたらしく、赤髪の前腕を貫きそのまま奴の腕を切断。そのまま虚空に消えていった。
「ちっ。すこしズレちまった。赤髪の首を切断するつもりだったが……」
これまでずっと尊大な態度だった赤髪ジャックだが、その体は震えている。
「な……なんて野郎だ……。こ、こんな危ない奴に勝てるわけねえだろ……」
かなりのショックを受けてるようで、屋上に落ちてしまった自分の腕を拾おうともしない。ついに蒼汰に敵わないと悟った様子だ。
だがどんな精神状態であっても悪辣さは健在である。
「く……くそっ!ガキどもを襲え!」
赤髪が子供達を指差すと「待て」をされた犬が餌にかぶりつくように、ゾンビ達がいっせいに3人を襲い始める。
「いやぁぁぁ!もうやめてぇっ!」
子供達は四方から襲いかかるゾンビ達を前にして、身を寄せ合うことしかできない。
「ち……ちくしょう!」
そばにいて彩奈を守ってやりたかったが、諦めて蒼汰はゾンビ達の輪の中心に飛び込んだ。
「その子らのそばに寄るんじゃねえ!」
蹴りがゾンビの胸を貫き、手刀が別のゾンビの首を切断する。3人に近づくゾンビ達は、電撃殺虫器に飛び込む蚊のように次々に砕け散っていく。
──子供達に指一本でも触らせるものか。
そして1分が経った。
70体のゾンビを砕き30体のゾンビをビルから突き落とした蒼汰は、疲れ切ってしまい大の字になって地面に倒れ込んでいた。
「ぜぇ……はぁ……。いくらなんでもちょっとキツすぎるぞ。ここ来る前に200キロも走ってきたんだっての俺……」
身を寄せ合っていた子供達は恐る恐る目をあける。
「ど……どうなったの」
屋上にはバラバラになった四肢が散らばり、それが激しくのたうちまわっている。
「ひゃあっ……」
怖がる愛加の頭をさすりながら、澪はゆっくりと周囲を見渡した。
「全部、いなくなってる……。すごい……」
少女らを守りながら素手で100体近いゾンビ達を蹴散らしたのだから驚くのは当然だろう。
──ああ疲れた……。
しかし蒼汰は疑問に思った。
──全部いなくなってるだと!?ちょっと待て。奴はどうした。
同じ疑問を抱いた春香は澪に尋ねる。
「彩奈さんは?彩奈さんもいないよ。澪さんどこ?」
「う……うん。私もさっきから探してるけど……見当たらないの」
蒼汰は急いで起き上がる。屋上を見渡すと……彩奈の姿がどこにもない。そして赤髪の姿もなかった。
──まさかあの野郎……!
愛加の目から涙がこぼれおちる。
「あ……彩奈ちゃんがアイツに拐われちゃった!どうしよう」
赤髪のジャックは蒼汰に敵わないと知って逃げたのだ。それも意識を失った彩奈を連れて……。
──くそったれ!まだ殺されてなきゃいいのだが……。
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