第20話 再対決
これが赤髪ジャックによる襲撃であるならば、彩奈では勝てない。子供達3人を守りながら戦うとなれば、結果は目に見えている。
蒼汰はホテルを見上げ思案する。
──俺が加勢したところで、殺されに行くだけかもしれん……。
赤髪ジャックの強さは異常だった。下手すれば、再び彩奈の足を引っ張ることになるだろう。
──だけど……指を咥えて見てられっかよ!
既に消耗しきっている蒼汰には、大通りを埋め尽くすゾンビ達を相手にする余力はない。まず彼は、自分の立っているトラックのコンテナの屋根を踏みしめて大跳躍に耐えうる代物かどうかを確認した。
「よし、行ける!」
胸を叩いて、自分を鼓舞する。目指すは交差点の信号柱だ。
「だりゃああああああああああああっ」
迷いを振り切り、コンテナの屋根を全力で走って跳躍。無数のゾンビ達の頭上を飛び越えて高さ15メートルは舞い上がる。そのまま目星をつけていたホテル前の信号柱に着地。しかしこの柱は片足を乗せるだけで精一杯だ。
「ぬぐっ。おっとと……」
左足だけで着地したものの勢いを止めるのが難しい。バランスを崩して落ちそうになるも、気合で体勢を立て直した。
すぐに数千というゾンビが蒼汰(エサ)を求めて信号器に押し寄せる。
「ちっ……」
足場の揺れを我慢しながら左足だけでゆっくり屈み、垂直方向に全力で飛んだ。体はペットボトルミサイルのように上昇する。だがホテル屋上に到達するにはさすがに高度が足りず、落下しはじめる。そこで慌ててビルの窓枠を片手で掴む。
直後、信号機はゾンビ達の圧力に耐えきれず折れてしまった。
「ゴベバァッ!」
5体のゾンビが折れた信号機の下敷きとなって潰れてしまったようだ。
「ふうっ」
蒼汰が掴まっているのは7階の窓枠だった。ここからは飛び上がれないので、窓ガラスを叩き割って部屋の中に入る。そして暗闇の廊下を走っていく。7階でゾンビ達に遭遇することは織り込み済みだったが、安全だったはずのホテルの8階、9階、10階までゾンビ達で溢れていたのは予想してなかった。
「くそっ!なんなんだよ。どけよっテメーら!」
──急がないとアイツらが殺されちまう!
ゾンビを素手でふっ飛ばし、大急ぎで階段を駆け上がる。そして屋上に出る扉を勢い良く開けた。ようやく彩奈と再会できるはずだった……。
「彩奈……!」
だがどこもかしこもゾンビ・ゾンビ・ゾンビ……。全部で100体はいるだろうか。生者達に許された唯一の世界が忌まわしいゾンビ達に踏みにじられている。蒼汰の顔が青ざめる。
──こいつは……ヤバイぞ。
不思議なことにゾンビ達は、突然現れた生者(エサ)に全く興味を示さなかった。
「グルルル……グルル」
侵入者に背を向け、輪のようになって何かを囲んでいる。
「ひっく……うう」
子供達のすすり泣く声が聞こえる。
「どけ!」
一体のゾンビの背中を押しのけて輪に入ると、子ども達を発見した。
──いた。3人はまだ生きている!
しかし……「無事に」というわけではない。
眼鏡の澪、愛加、春香の3人は後ろ手に縛られ、仰向けに寝かされている。その周りを30体近いゾンビ達が涎を垂らしながら取り囲んでいる。
いつゾンビに食い殺されるか分からない恐怖に晒され、3人は必死に目を閉じることしかできない。
だが今のところゾンビには本能のままに子供達を襲う様子はない。まるで誰かの指示に従うように……。
蒼汰はゾンビを無視して、愛加の体を起こし縛っているロープを解く。
「くそ!きつく縛りやがって。誰だこんなことしやがったのは……」
小さな愛加は、現れたのが誰なのか分からない様子だ。
「……だ……誰?」
目を開けてボンヤリと見つめるも、新たな侵入者に怯えきっている。
「石見だよ!もう忘れちゃったか愛ちゃん」
「石見のお兄ちゃん……。でも……お兄ちゃんは……死んじゃったはずだよ」
隣で寝かされていた「眼鏡」のロープを解くも、彼女も呆然としていて会話にならない。
「おいしっかりしろ眼鏡!じゃなかった澪。彩奈はどうしたんだ」
「あ……あ……あそこ」
震える指の先にはゾンビの姿のみ。春香の拘束を解きながら蒼汰はもう一度尋ねた。
「どこだよ!ゾンビしか見えないぞ」
「も……もっと向こう。酷い目に……あってる」
視界を遮っていたゾンビが動き、一時的に隙間が生まれると、ようやく見えた。2体の大きなゾンビに両腕を抱えられ、かろうじて立っている彩奈の姿が。
「なっ……」
おそらく意識を失っているのだろう。力なく頭を垂れ、セミロングの髪に隠れてその表情はよく見えない。
彩奈の前で仁王立ちしている男の姿が見える。それはやはり赤髪のジャックだった。どういうわけか、火だるまになった時の受けたダメージは微塵も見られない。
赤髪ジャックは彩奈の前髪を掴んで持ち上げる。
「おいおい。早々と気を失っちゃダメじゃないのぉ〜。とっとと起きろぉ!」
彼女の腹に膝蹴りを入れた。
「ぐふっ……。う……うう。アンタは……」
朦朧としながらも、彩奈は一瞬だけ意識を取り戻してしまう。すかさずジャックは腹を何度も殴り続ける。
「ざまねぇなあクソアマちゃんよぉ。思い知っただろ身の程ってやつをさぁ。うひゃひゃひゃ!」
次の瞬間、蒼汰の体は勝手に動いていた。体を制御できないほど頭にきていたのだ。
目の前にいた金髪のゾンビの顔を裏拳で砕くと、屍体は回転して飛んでいく。間髪入れずに行く手を阻むゾンビ達を蹴散らし、赤髪ジャック目掛けて全力で加速。そして鬼の形相で飛び蹴りの態勢に入った。
「死ねぇぇぇぇ」
突然のことに、さすがの赤髪ジャックも反応ができなかった。
「は?」
という顔で振り返った瞬間には、靴が頬にめり込んでいる。そのまま猛烈な勢いで吹っ飛とばされ、ビル屋上から転落してしまった。
「うぎぃぃぃぃぃぃっ!」
赤髪の悲鳴が小さく消えていく。
蒼汰は床に着地するやいなや、彩奈を押さえていた2体のゾンビを蹴りで八つ裂きにした。支える力を失った彩奈はそのまま床に倒れ込んでしまう。
「おい!彩奈……」
「う……うう」
すぐに彩奈は意識を失ってしまった。抱えて起こしてみれば、顔が腫れあがって酷い状態だ。長い間殴られていたようだ。
「なんだぁ〜テメェはぁ。邪魔すんじゃねえよ」
なんと屋上から叩き落としたはずの赤髪ゾンビが彼の背後に立っている。こんな僅かの時間で地上から戻ってきたことに彼は内心で驚く。
しかし振り返った蒼汰は臆することなく赤髪の顔を睨みつける。
「なんだこのクソったれゾンビ野郎……。まだ死んでねえのか。とっととクタバレよ」
「お……お前!」
一瞬驚いた赤髪だったが、すぐに余裕の表情に戻る。
「誰かが来たのかと思ったら、あの時のモヤシ野郎かよ〜。再会できて嬉しいよぉ〜僕ちんは」
赤髪の挑発を無視し、蒼汰は彩奈を静かに床に寝かせた。
赤髪は警戒する様子もなくゆっくりと蒼汰に近づいてくる。
「それで?わざわざ死ににきたのかぁ?あはははははは」
もう喋るのも鬱陶しい。蒼汰は本能の赴くままにゾンビに殴りかかった。
「死ぬのはテメーだ!」
すぐさま赤髪も殴りかかる。
「いいねぇ。なんだか知らねえがモヤシ野郎のクセに随分と速くなった……」
余裕の表情だった赤髪の頬に蒼汰の拳がめり込む。その衝撃でゾンビの割れた頭から脳漿が飛び散った。
「ベァァァッ!」
澪は唖然とした。
──赤髪を殴り飛ばしちゃった!
またしてもふっ飛ばされた赤髪ジャックだったが、空中で体勢を立て直し鮮やかに着地する。しかし激しく動揺していた。
「な……なんだこりゃ……。なんで俺様が、こんなカス野郎にぶっ飛ばされたんだ……」
蒼汰は敬意を込めて返答する。
「ちっ。まだ生きてんのか。早く死ね」
しばらく呆気に取られていた赤髪の口から、突然にドス黒い血が吹き出した。
「ぐっ……ぶべぇうっ。こ……こんなバカな。くそがぁぁぁぁぁぁぁ」
吐血した赤髪ゾンビは怒りに任せて、近くにいたゾンビ達を殴りつけ、5体を屋上から叩き落としてしまう。蒼汰は呆れてしまった。
──勝手な野郎だな。まあ邪魔なゾンビが減って俺には都合がいいか。
一体のゾンビの腕をもぎ取り、それを床に投げつけ怒り狂う。
「このモヤシ野郎がぁ。彩奈を殺す前に、テメェの皮膚を剥いで殺してやる」
「じゃあお前が二度と口を聞けねえように、その顎をもぎとってやるよ」
もう蒼汰の頭の中に「勝てる」「勝てない」の計算はない。
──彩奈を殴った分を50倍にして返してやるからな!
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