第19話 死者の街

  隼のような猛スピードで都心を駆け抜けていく蒼汰。


  しかし墨田区に入った頃には曇り空となってしまい、街にはゾンビ達が増え始める。 歩道橋を渡っているのも、建物の室内から窓を叩いているのも、ビルの屋上から落ちてきて砕け散るのも、全てゾンビだった。



「なんてこった。誰も生きてねぇ!」



 もしかすると街の中に潜んでいる生存者達と出会ってしまうかもしれない……という淡い期待は早々に砕かれる。やはり都心には彩奈達しか生き残っていないのだろうか。



 ふと……疑問が頭に浮んだ。意識を失ってから何日経っているのだろうかと。



──まさか数年経ってるとかないよな。



 墓の下で眠っていた蒼汰には、今がいつなのか確かめようがないのだ。もしも数年という月日が経っているのであれば、彩奈が生きてるのかも分からない。故郷の父島もどうなっていることか……。



 不安になった彼は足を止め、道路に放置されていたミニバンにもたれかかる。車内には死体が残されているが気にしない。


 見渡たす限り、景色はどこもここも死の世界。目の前の横断歩道だって、多数の死体が放置されたままで、カラスやネズミ達が群がっている。


 彩奈がいなければ、こんな死者の世界で独りぼっちになってしまうのだ。

 

 必死にかぶりを振った。



──バカな考えだよ……。彩奈達はいるさ。無事に決まってる。



 気持ちを切り替えて走りだそうと向きを変えた、その時。



 突然、車のスライドドアが開いて中からゾンビが飛び出してくる。蒼汰が車内の死体だと思っていたのは、実は休眠していたゾンビだったのだ。



「餌ァ……餌ダァ!脳ミソ、内ゾウ……旨ゾウヒィぃぃっ!」



 70年代風のパンクファッションで身を包んだこのゾンビには、言葉を発するほどの知性が残っている。しかし人間を餌としか認識しない食人鬼に過ぎない。


 蒼汰を喰らおうと背後から肩を掴んできたので、彼はゾンビの顔面に躊躇なく肘打ちを決める。



「離せ!」



かなりの素早さで襲ってきたゾンビだったが、今の蒼汰にはスローモーション再生されているような緩慢な動きに過ぎない。



「ブバァッ!」



ゾンビの頭部は爆散し、その脳漿が車内にまで飛び散った。だが頭部を失ってなおも襲いかかってくるので、今度は腹に蹴りを入れる。



「しつこい奴だな!」



 ふっ飛ばされたゾンビの胴体はミニバンの窓を突き抜け、激しく回転しながら街路樹に激突。その体は完全に砕け散ってしまう。蒼汰の蹴りは、彩奈にも負けない凄まじい威力を持っていたのだ。


 散った肉片がまだ動いてるようだが、いずれ鼠達が綺麗に片付けることだろう。彼は彩奈の真似をして別れを告げる。



「南無阿弥陀仏……。じゃあな、成仏しろよ!」



 そして死者の街を再び走り出した。


 


○○○



 案内標識の地名を全く理解できない蒼汰だったが、どこからでも見えるスカイツリーに辿り着くのは簡単だった。



「ちょっと高すぎだったかな……。まあいいか」



地上450メートルの天望回廊に立てば、東京は一望できる。

 

 窓ガラスは汚れているし曇天であったが、都心を一望するには十分だった。これならば彩奈達のいるホテルだって見つけられるかもしれない。避難階段をグルグルと上がってきた甲斐があったというものだ。



 さっそく双眼鏡で地上を覗き込んでみる。(この双眼鏡は途中で百貨店に寄って調達したものだ。ちなみに燃えてしまった靴も新調している)



 しかし建物があまりに多すぎて、目指すホテルがどこにあるのかサッパリ分からない。大きなビルの影に隠れてしまっている可能性もあるだろう。



──こりゃ発見は無理か。やっぱり昼間は厳しいな。



彩奈が夜間にガソリンランタンを使用したならば、ここまで明かりが届くかもしれない。ただ外敵に居場所を知らせてしまう怖れもあるので、滅多に使わないだろう。



「はぁ……。せっかくここまで来たのに……ダメか」



 ガッカリした蒼汰は、何気なく双眼鏡を西に向けてみる。すると立ち上る白煙を遠くに発見した。生存者の生活の痕跡だ。



──まさか彩奈達か!?



 しかし、かなり離れた場所なので都心のホテルの屋上ではないだろう。近くに刑務所のような施設が見えたが、ガスが視界を遮ってこれ以上は分からなくなってしまう。



 断言はできないが、人間が生きている痕跡である可能性は高い。



──驚いた……。俺たちの他にも、東京に人間が生きているのか!



 施設はここから30キロは離れてるので、行き来するとしたら大変そうだ。しかしその巨大さからして、数百人の生存者がいると思われる。


 偶然だったが大きな収穫だった。きっと彩奈達はこの発見を喜んでくれるだろう。



──待てよ。だいたいの場所でいいのなら……。



 しばらく考えた末に、蒼汰は東京港フェリー埠頭と倒れてしまった東京タワーの位置を確認する。



 この2点と今いるスカイツリーの位置から、彩奈達のいるホテルの位置を逆算して割り出そうというのだ。もちろん大雑把にしかできないが、ホテルのある方角に目星をつけることができた。



 夜になるのを待つという選択肢もあったが、天望回廊も死体だらけで陰鬱だったし、退屈で待っていられない。彼はスカイツリーを降りることにした。



 蒼汰は柵に乗ると、バランスを保ちながら窓ガラスに蹴りを入れる。飛び散ったガラス片がパラパラと花びらのように地上へ落下していく。



──風はそんなに吹いてないな。でもやっぱりヘリポートまで結構あるかな。



 驚くべきことに、蒼汰は地上450メートルの天望回廊から飛び降りようとしている。



──たぶんイケるはず。彩奈もビルから飛び降りてたし。でも違ってたら死ぬんかな?



 窓枠の部分に足をかけ、さしたる躊躇いもなく窓枠を蹴って大空に飛び出す。



「1、2、3!そりゃぁぁ」



 両手を大きく広げ、隣の「東京スカイツリーイーストタワー」の屋上ヘリポートを目掛けてスカイダイビング。しかし300メートルの高低差は想像以上のものだった。



──あっ……風が!



 突然に乱気流に煽られてしまい、予定のヘリポートからズレて配管設備に背中から落下。鉄管をグチャグチャに破壊してしまった。



「ぐぎゃぁあああっ」



 2分ぐらい背中が痺れて動けず、蒼汰は一人悶絶している。



──スカイツリーから飛び降りる奴があるかぁ!



 しばし自分を責めていたが、痛みがおさまると立ち上がり、再び屋上を走って大ジャンプ。今度は先程のような高さはなかったので無事に地上へと着地した。とてつもない衝撃が彼の関節にかかっているはずなのだが、どこも全く問題はなかった。



「よーいっ!ドンッ!」



 そして目星をつけていた場所を目指して走り出す。だが土地勘のなさが災いし、夕方になってもホテルは見つからない。



 襲ってくるゾンビ達をひたすらに蹴散らし、休みなく走り続ける。だが2時間以上も走り続け、さすがの蒼汰も疲れ切ってしまい、道端の郵便ポストに手をついた。



「ぜぇ……ぜぇ……。もう200キロは走破してるぞ!ていうか……同じところグルグル回ってる気がする」



 もうすぐ日は沈み、都心は再び漆黒の闇に包まれることだろう。


 スカイツリーを降りた判断を後悔したその時。ビルとビルの隙間から、見覚えのある看板がチラリと目に入った。



「あ……!あそこだ」



 ついに彩奈達の暮らすホテルを見つけたのだ。距離にすれば2キロもない。もうすぐ彼女に会えると思うと、疲れも吹き飛んでしまう。



 しかしホテルに近づくに連れてゾンビの数は急激に増していく。



──どうなってんだよ。様子がおかしいぞ。



 ゾンビ達をかき分けて角を曲がると、ホテルに面した幹線道路に出た。しかしここも恐ろしい数のゾンビ達で埋め尽くされている。悪夢のような光景だった。



「な……なんで」



 襲ってくるゾンビが鬱陶しいので、トラックのコンテナの上に飛び乗る。ここから見渡せば、膨大な数のゾンビ達がホテルを包囲しているのがハッキリと見てとれる。



 その数は全部で1万を超えているだろう。どこもここも死人達で埋め尽くされ、彼らの不気味な呻き声で満ちている。


 

 ホテルの避難階段までもがゾンビでギッシリと埋まっていた。ただし彩奈が壊した階段を越えることができていないようである。



──な……なんて数だよ。アイツら無事なのか!?



 彩奈の強さを知っているとは言え……胸騒ぎがする。4人が別の場所に避難していれば良いのであるが、果たして無事なのだろうか。だが一体なぜこんなことが起きているのだろうか?



 ゾンビの大集団を操ることのできる唯一の存在を蒼汰は思い出す。こんなことができたのは彼の知る限りアイツしかいない。



──ち……ちくしょう!赤髪のジャックだ!

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