第16話 決着

 地上から噴き上がる爆炎に阻まれ、赤髪のジャックは彩奈を追わない選択をした。これにより作戦成功の可能性は僅かながら高まることとなる。ただし作戦立案者である蒼汰の死亡確率まで著しく高まってしまうので往生する。


 提案したのは自分なのだが、実現してしまうと想像以上に詰んでいる。とりあえず尻もちをついてる場合ではないので立ち上がったものの、血走るゾンビの目が恐ろしい。

 


──怖ぇ……。こんなクレイジーな化物と1対1なんて最悪過ぎるだろ。


 

 彩奈が救出にくるまで3分、いや2分かかるとしても、それまでどうやって時間を稼いだらいいものか。


 ここはビルの屋上だから逃げ場はない。仮に上手く逃げたところで、路上は数千体というゾンビ達で溢れかえってる。となるとビルの内部に逃げ込むにしかないが、赤髪ジャックが塔屋ごと崩してしまったのでは下の階に逃げる方法すらない……。


 となると自分は全身の骨を砕かれて死ぬしかないのだろうか。


──こんなバカな作戦を考えた奴は誰だよ!俺か!肝心なところ駄目じゃねえか。


 早くも後悔が止まらない。

 



「彩奈の奴が仲間をアッサリ見捨てるなんてなぁ〜。驚いたぜ俺はぁ〜」



 怒れるゾンビが会話をはじめたのは蒼汰にとっては好都合だった。しかしその話ぶりは不快で仕方がない。



「そうだお前。彩奈の最初の仲間のことを知ってるか?今でも残ってるチビどもじゃねえぞ〜。昔からのダチって奴だ」



 崩れた塔屋の瓦礫を踏みつけながら、赤髪ジャックはゆっくりと近づいてくる。蒼汰は距離をとるために少し離れる……。



「なんだそりゃ。知らねぇよ」


「確か彩奈と同じぐれぇの年のガキだったんだけどよぉ。俺が襲ってやったんだぁ。だけど彩奈の奴がしつこく邪魔してなぁ。結局、食えなかったんだよなぁ〜」



 地上から激しく立ち昇る黒煙を背にして、赤髪は邪悪な笑みを浮かべている。なかなか要点を言わない敵に蒼汰は苛立ちはじめた。



──だから何が言いたいんだよ、この野郎は。



「でもな。ちょっとばかり首を傷つけてやったから、今頃そのガキは死んだかゾンビになっちまってるはずなんだよ……。お前みたいなバカでもこの意味は分かるよなぁ?まさか分からねえってか?」



 蒼汰は表情を一変させ、拳を強く握りしめる。



──コイツ!彩菜のダチを殺してやがったのか。


 

 後ろに下がるのをやめる。いや時間稼ぎそのものを放棄した。



──こうなりゃ戦うまでだ!



 足元に転がっていた瓦礫を掴んで両手で持ち上げる。ゾンビに壊された片腕が麻痺しているのだが根性で掴み上げた。ただ思ったより重い。



「ぐぬあああああっ。いい加減にしろよお前はぁああ」



 今の蒼汰の反撃は「窮鼠猫を噛む」とは少し違う。自分のためではなく彩奈のために熱くなっているからだ。しかし赤髪にはそれが滑稽に見えて仕方がなく、腹を抱えて笑っている。



「ふ……ふはははは!なんだぁお前は!そりゃこんなバカは彩奈も見捨てるわなぁ〜」


「くらえ!てめぇ!」



 20キロはあっただろうコンクリートブロックを赤髪ジャックに向かって投げつけたが、ブロックは簡単にかわされてしまった。



「な……っ」



 赤髪はそのままフッと視界から消え失せ、一瞬で蒼汰の背後に回ってしまう。その額には青筋が立っている。



「クックック。色んな奴をイジメ殺してきたが、こんなバカは初めてだよ。ま〜だ立場が分かってねぇのかゴミ野郎はよ」



 そのまま間髪入れず背中に肘打ちを決める。赤髪はまるで力を入れていないのだが、背骨が折れてしまったような衝撃を蒼汰は感じた。



「ゲハァッ」



 体は宙を舞い、気づけばビルの端まで飛ばされてしまっている。このままでは地上まで飛ばされてしまうだろう。



──やばい!落ちる。



 とっさに転落防止柵を握ったが、勢いが強すぎて指が離れてしまう。辛うじて減速できたが下半身はビルの外へ出てしまっている。



「う……うがぁぁぁっ」



 それでも必死にビルのへりの手すり壁に掴まり、どうにか落下を防いだ。しかし体を支えているのは左手の指4本のみ……。下を見れば、地上まで50メートルはある高さを実感できる。高さを意識するだけで気を失いそうだった。



「ひぃぃ、嘘だろ。下なんか見なきゃ良かった」



 恐怖で手が汗で滲む。その汗のせいで指が滑りそうな気がしてさらに恐怖がます。



 赤髪ジャックは悠々と蒼汰の後を追い、屋上の端に立った。鈍い金属音を響かせ転落防止柵を引っこ抜くと、地上に投げ捨てる。そして手すり壁に掴まる蒼汰の指を踏みつけた。



「がぁっ!」


「よしよし上出来だよぉ〜。お前が呆気なく死んじまったら、僕のストレスのはけ口がなくなっちゃうもんなぁ〜」



 脳を剥き出しにしてニヤリと笑うその顔は、悪魔にしか見えない……。



──くそっ……。ふざけやがってゾンビ野郎め!



 赤髪ゾンビは握っている瓦礫を見せつける。これはコンクリートの欠片で、大きさは外付けのハードディスクぐらいだろう。



「こいつで今から指を一本ずつ潰しまぁ〜す。なるべく細かく潰していくよう僕も頑張るからぁ、お前も30分ぐらいは楽しませてくれよぉ〜」



──マ……マジですか……。



「さぁ、いくよぉ〜!まずは小指の第一関節からぁ」


 

 瓦礫を振り上げた瞬間、女の声が響く。



「どっち見てんの馬鹿ゾンビ!私は後ろよ」



 赤髪ゾンビは手を止めた。それは彩奈の声だったのだ。



──彩奈!間に合ったか。



 本来の獲物である彩奈の帰還に、赤髪は笑いが止まらない。 



「おいおい〜。まさか、わざわざ戻ってきてくれたのかぁ〜?最高だねぇ彩奈ちゃん……」



 だが、ゆっくりと振り返った赤髪の眼前に消火器のノズルが突きつけられていた。



「な……なんだ?」



 消火器を持った彩奈が真後ろで待ち構えているのだ。──実は消火器を手に入れるために真向かいのビルに突入していたのである。



「食らぇぇ!」



 レバーを引くと、赤髪ジャックの顔を目掛けて勢いよく消火剤が噴射される。これにはさすがのスーパーゾンビも動揺を隠せない。



「ぐぁっ!な……なんだ」



 消火器から噴出する白煙がモウモウと屋上全体を覆っていく。赤髪ジャックは視界を完全に奪われてしまっていた。



「くっ……。このアマァ!どこまでもふざけやがってぇぇぇ」



 怒りに任せてゾンビは闇雲に腕を振り回し、その拳がビルの手すり壁(パラペット)を破壊する。手すり壁がどんどん破壊され、小さくなっていく状況は恐怖でしかなかった。この衝撃だけで、蒼汰の指は滑ってしまいそうだ。



「あわわわ……」



 赤髪の動きを見極めた彩奈は、一瞬の間隙を突いてゾンビの間合いに入る。そして腕を握ると背負投げでゾンビを投げ飛ばした。



「やああっ」



 猛烈な勢いで宙を舞う赤髪ジャック。その体は放物線を描いてビルの北側へと落下していく。そこでは火の粉が屋上の高さまで噴き上がっている。──つまり真下でタンクローリーが爆発炎上しているのだ。


 さらに彩奈は休むことなく加速し、転落防止柵を蹴って大跳躍。



「今度こそ……終わりよぉぉぉ!」



 瞬く間にジャックに追いつくと、その腹に蹴りを決めた。ゾンビの体は軌道を変え、タンクローリーに向かって真っ直ぐ落下していく。



「ぐあああっ!」



 わけもわからず地上のタンクローリーに激突した赤髪ゾンビ。もちろんこの程度で活動不能になるわけではないが、視界を奪われたまま爆発炎上に巻き込まれては、ただでは済まない。



 その体を焼き尽さんばかりに、猛烈な炎が襲う。



「うぎゃぁぁぁっ!ぐぎゃぁぁぁ」



 彩奈は無事に対面のビルの屋上に着地した。



 手すり壁に掴まってる蒼汰には、一連の出来事は何も見えてない。だが全ては彼の考えた作戦だったのだ。



 作戦通りに赤髪を葬ることができたとはいえ、指4本で掴まっているのも限界だった。



──もう……無理だ!



 やむを得ず、麻痺している右手を使って両手で掴まろうと体勢を変えたその瞬間、手すり壁から指が離れてしまう。



「あっ……。うわぁぁぁ」



 間一髪、屋上から手が伸びる。



「ふうっ。間に合った……」 


「彩奈!」



 彩奈が体を伸ばし、蒼汰の手首をしっかりと掴んでいたのだ。



「怖かったじゃないっ。もうちょっと頑張ってよ!」



 無事に上へと引き上げられた蒼汰は、手すり壁に寄りかかってへたり込む。全身から冷や汗が出てきて止まらない。



「た……助かったのか……」



 座り込んだ蒼汰にいきなり彩奈は抱きついた。



「良かった……無事で。もう死んじゃったかと思った……」



 抱きつかれたまま蒼汰は何も答えなかった。不思議な時間が流れていく。2人とも疲れ切っていたのだろう。



──こんなに密着しながらお互い黙ってるなんて……変かな。



 だが赤髪ジャックの死はまだ確認できていない。



「そうだ。アイツは……」



 蒼汰は起き上がり、屋上の端に立った。彩奈も一緒に地上を見つめる。


 しばらくすると炎の中から何かが飛び出し、移動をはじめた。



「なんだ……あれ」


「ジャックよ。私からは見える」


「え!」



 火だるまとなった赤髪のジャックは飛び上がり、ビルの壁を蹴って幹線道路を南に向かって消えていく。あっという間の出来事であった。



「逃げたのか……。なんてしぶとい奴だ」



 残念ながら爆炎を持ってしてもトドメを刺すことはできなかったようだ。強烈なダメージを与えて、退散させることには成功した……といったところか。



 赤髪が去った後、2人はあらためて見つめ合う。時々、地上から火の粉が舞ってくるが今の2人には関係ない。

 

 童顔な彩奈のことを、幼い少女のように感じていた蒼汰だったが、今は大人っぽく見える。包み込むような優しさを彼女から感じたからだろうか。



「蒼汰さん……」


「彩奈」



 このまま2人で自然にキスを交わしそうな雰囲気に思えてきたが、よくよく考えるとそんな状況では全くなかった。



「手を見せて……痛い?」



 彩奈は静かに蒼汰の腕を触った。だが触られただけで激痛が走る。



「いたたたたっ……」


「お願い。ちょっとだけ我慢して」



 床に打ち捨てていたリュックサックからペットボトルを取り出し、血まみれになっていた蒼汰の腕を洗う。手当されている間、蒼汰は叫びだしたくなるほどの痛みを感じたが、気合で耐えた。



「ねえ、蒼汰さん……」


「何?」



 彩奈はすぐに顔を背けた。



「ごめん。なんでもないの……」




 一瞬であったが、本当に悲しそうな表情を彼女は浮かべていた。これが何を意味するのか、今の蒼汰には分かっていなかった。



──それにしても……初めての外出は散々だったなぁ。食料調達はやはり彩奈に任せた方がいいようだ……。後悔先に立たずか。

 


○○○



 子ども達の待つホテルに2人が戻ったのは正午を過ぎてからのことである。屋外階段を上がって屋上に入ると、彩奈の帰りを待ちわびていた子供達が駆け寄ってくる。



「遅いから心配したよ!大丈夫だったの彩奈ちゃん!」


「ごめんね愛加。待たせちゃって」



 小さな愛加が一番に彩奈の胸に飛び込んだ。この子にすれば彩奈は母親代わりなのだろう。


 子供達から慕われる彩奈とは対照的に、蒼汰には子供達は全く近づいてこない。その代わりに、ズバズバ物を言う前髪パッツン女子だけは怪訝な顔で蒼汰を見ていた。(蒼汰が心の中で勝手に「眼鏡」と呼んでいる中1の女子だ。


 彼女は蒼汰のズタズタになっている右手に気づくなり、口を手で押さえるようにして叫ぶ。



「ちょっ……。なにこれ!もう駄目じゃん」


「へ?駄目。何がだよ」


「これゾンビにやられたんでしょ!?完全にやられてるよ。これマズイよ」



 そのありえないほどにストレートな言動が、能天気な蒼汰に最悪の事実を気づかせる。



──か……感染しちゃったのか俺!?嘘でしょ。



 蒼汰の顔は青ざめる。



★★★★(終劇)★★★★★


ここまでお読み頂きありがとうございました\(^o^)/

それでは(T_T)ゴキゲンヨウ

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