第13話 ゾンビの王

第13話 ゾンビの王


 一見したところ、赤髪のジャックの姿は悍ましいゾンビ以外の何者でもない。しかし注意して観察すれば生者のような要素も多々持ち合わせていることが分かる。他の死人達とは異なり意思疎通が可能だし、肌は腐っても干からびてもいない。確かに脳を剥き出しにした人体模型のような顔をしているが、その部分を隠したならば生存者だと言われても信じてしまうかもしれない。


 これまで蒼汰が目にしてきた死人達と比べると明らかに異質な存在であると言えよう。これが「スーパーゾンビ」というものなのだろうか。



「早く逃げて!邪魔!」



 彩奈は赤髪ジャックと対峙しながら叫ぶ。だが彼女を置いて逃げることに抵抗のあった蒼汰は、身動きが取れない。



──逃げろったって、本当に彩奈を一人にしていいのか!?



 赤髪ジャックは葛藤している蒼汰を指差してニヤリと笑う。



「そのゴミ野郎を逃がしてやろうってのかい?相変わらず殊勝だねぇ彩奈ちゃんはぁ〜」


「それ以上、貴様は喋るな……。私の仲間にもう手は出させない」



 鉄パイプを握る勇ましい姿とは対照的に、額から冷や汗がポタポタと流れ落ちている。恐怖を感じているのは明らかだ。彩奈の過去に一体何が起きていたのか、蒼汰はまだ知らない。



「フヒヒ。そりゃぁ無理じゃないかなぁ〜?なにしろ俺も自分の能力に最近気づいちゃってよぉ〜。せっかくだし、ここで披露してあげるよぉ〜」



 そう言うと赤髪は指笛を吹く。頬肉も右半分を失っているのだが完璧な指笛だった。だが音はすぐに無人の廃墟に吸収されてしまい、蝉の鳴き声しか聞こえなくなる。


 何も起きないことに、蒼汰は内心ホッとした。



──へっ。指笛を吹いただけじゃねーか。それがなんだって……。



 突然、ガラスの割れる音が響きわたる。驚いて振り返った蒼汰は唖然とした。先程のスーパーからゾンビ達がゾロゾロと出てきているのだ。



「なっ……。あ……あの腐乱死体どもが……」



 さらに通りの北側からも南側からも、路地裏からも、ゾンビ達が姿を現した。四方八方から湧き出す数多の死体が、どんどん2人に近づいてくる。




「なんなの……これ」



 何百という数のゾンビを目にして、彩奈の顔は青ざめる。こんなことは彼女でも初見であったのだ。赤髪が右手を高く上げると、ゾンビの群れは一斉に進行を止めた。2人はすっかりゾンビの大集団にとり囲まれてしまっている。



「俺もよぉ〜。こんな魔法みたいなことができるなんて、マジで驚いたんだよなぁ〜。やっぱりこれってさぁ〜。俺は彩奈ちゃんの言うとおりゾンビの王様だからかぁ?」



 集まってくるゾンビ達はまだまだ増えており、最終的にどれほどの数になるのか想像もつかない。彩奈は、この怪異な現象に絶句する他なかった。


 

──な……なんて数なの。信じられない。

 


 左右のゾンビ達を警戒しながら、彩奈はゾンビの王に尋ねる。



「じゃあ……思い通りにゾンビ達を操れるの?」


「どうかなぁ。ラジコンみたいに操縦するわけにはいかねぇけどよ〜。これぐらいのことは出来るんだよぉ〜」



 ゾンビの王が腕を伸ばして再び蒼汰を指さすと、ターゲットを目指して前後からゾンビ達が殺到する。



「な……なにっ」



押し寄せる食人鬼達を前にして絶体絶命。路地裏にいた蒼汰に逃げ場はなかった。彩奈はやむなく赤髪のジャックに背を向け、ゾンビの群れに飛び込む。



「蒼汰さん!」



 そのまま彼女は走りながら持っていた鉄パイプを旋回させる。するとたった一振りで5体のゾンビの頭と体を切り離した。



「どいてぇぇぇっ」



 数十体のゾンビを破壊しながら突進する彩奈。蒼汰の元までくると目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出し、彼に掴みかかろうとしていたゾンビの顎を撃ち抜く。ゾンビの頭部はちぎれてサッカーボールのように飛んでいった。



「だから逃げてって言ったのに!」


「す……すまん」



 鉄パイプを路地に投げ捨て、蒼汰を両手で抱える。既に100キロ以上の荷物を背負っているにも関わらず、そのまま紫電一閃、大跳躍。



 5メートルほど上昇したところで路地裏に面したビルの壁面をキック。すると再び舞い上がり、今度は隣のビルの壁面に到達。このジャンプを何度も繰り返して、またたく間に最上階に到達。


 屋上の転落防止柵を掴むと、壁面をもう一度蹴って屋上に着地した。



「はぁっ。はぁっ」



 急いで蒼汰を下ろすとリュックサックを投げ捨てる。しばし彩奈は膝に手をつき、苦しそうに呼吸していた。相当に辛かったようだ。



「彩奈……大丈夫か」


「はぁ……はぁ……。下がって。すぐにアイツが来るから」



 汗だくの彩奈は、後ろに下がるよう手を振った。



「わ……わかった」



 これ以上、足を引っ張るわけにはいかない。蒼汰は指示に従い、彩奈から15メートルは距離をとった。


 赤髪のジャックは同じやり方で彩奈を追ってくる。凄まじい跳躍力で舞い上がり、一度だけビル壁を蹴って一気に上昇。軽々と彩奈の前に着地してみせた。ハンディを考慮しても、跳躍力は彩奈を上回っているだろう。



 赤髪の手をみて、彩奈はミスに気づく。

 


──しまった……!



 厄介なことに路地裏に投げ捨ててきた鉄パイプを握りしめていた。しかし敵の行動は不可解なものだった。



「うひひ。彩奈ちゃ〜ぁん。忘れもんだよぉ〜」



 なんとそれを彩奈に投げ渡してしまう。カランカランと音を立てて足元まで転がってきた鉄パイプを、彩奈は用心深く拾い上げる。



「どういうつもりなの……」


「彩奈ちゃんは弱っちぃからねぇ〜。武器ぐらい返してあげないと痛ぶり甲斐がないんだよぉなぁ〜。つまりこれは女子高生に対する俺の優しさなんだなぁ」




 彩奈は唇を噛んだ。



──いつでも私を殺せるって言いたいのね。



 赤髪ゾンビのふてぶてしい態度から、強者としての絶大な自信が伝わってくる。様子を伺っていた蒼汰もさすがに心配になってきた。

 


──随分と性格の悪い野郎だな……。あんな危なそうな奴を相手に大丈夫だろうか。


 

 彩奈の意に反するだろうが、彼も戦いに加わる決心をする。勢いよく拳を掲げた。



「遠慮すっことねえぞ彩奈!容赦なく鉄パイプでボッコボコにしてやれえっ!」



 蒼汰流の参戦。それは野次将軍として彩奈を徹底的に援護することだ。赤髪ゾンビを野次って野次って野次り倒して、少しでも彩奈に有利な状況を作るのである。しかし20メートルぐらい離れているせいで、あまり勇敢な若者には見えない。だが構わない。



──黙ってみてるほど甘くねえぞ俺は。赤髪、お前の敵は2人だこの野郎ー!



 蒼汰の行動に、彩奈の顔が青ざめる。



「挑発しちゃ駄目!隠れてて……」




 刹那、蒼汰の耳に激痛が走った。同時に、赤い尾を引いて小石が床に転がっていく。




「こ……これは……」



 手を当てればベットリと血が付着している。耳に小さな穴が空いているのだ!この時、何が起こったのか彩奈ですら理解できずいた。



「何!?今、何をしたの?」


「彩奈ちゃんよぉ。可愛い女の子を守ってやるのは分かるんだけどよぉ〜。あんなゴミ野郎を守っても仕方ねえよなぁ。ククク」



 赤髪ゾンビはしゃがみこんで、屋上の砂利の一つを拾うと人差し指と親指の間に挟んでみせた。



「これって昔見た漫画の真似なんだけどよぉ。指弾だっけ?できちゃうってのが今の俺のすげぇとこだよねぇ〜」



 立ち上がった赤髪ジャックは蒼汰の方を向いて、親指をピンッと弾く。



──蒼汰さんっ!



 刹那、金属音とともに火花が飛び散り、彩奈は鉄パイプを空に掲げている。──しかしその鉄パイプの先はエグれてしまっている。



──な、なんだ!?彩奈は一体どうして。



 蒼汰には何が起こっていたのかまるで分からない。



「さすがぁ〜。すげぇな彩奈ちゃ〜ん。今のが見えちゃったぁ?」



 赤髪ジャックは笑顔で拍手した。対する彩奈は鬼気迫る表情で、玉のような汗を額に浮かべている。



「ヤバイ……。コイツ、やばい」



 何が起きたのか理解できない蒼汰に向かって、赤髪は大声で解説する。



「お〜い、そこのゴミ野郎。彩奈ちゃんが石を弾き返さなかったら、頭蓋骨を撃ち抜いてたぞぉ〜。良かったなぁ〜」



 蒼汰は間一髪で自分の命が助かったことを理解した。



──こ……これが……スーパーゾンビか!


 

 どうやらこのゾンビは思ってたよりも遥かに危険な奴らしい。昨晩、彩奈の言っていたことは全て本当だったのだ。



「お願いだから……蒼汰さん隠れてて……」



 蒼汰の方を振り向くことなく、弱々しく訴える彩奈。野次将軍を続けたところで、逆に彩奈を不利にしてしまうだろう。蒼汰はやむを得ず塔屋の後ろに隠れた。



 もはや彼には彩奈の戦いを見守ることしかできない……。

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