第11話 7月のゴーストタウン

 信じられないことが起きた。


 東京タワーは傾きを増すと、ついに倒壊してしまったのである。土煙でタワー付近は何も見えなくなってしまっている……。彼女は蒼汰にしがみつきながら震える声で訴えた。



「きっと遊びのつもりなの。アイツにとっては、これもちょっとした暇つぶし……」



 蒼汰はもう言葉が出てこない。父島にいた自分たちには想像できなかったほど、都心は危険な世界となっていたようだ。



 なんて化物が彷徨いてやがるんだよ……。



 東京タワーが倒れた後も、地響きはしばらくの間続いた。


 



○○○


 9時になった。太陽は高度を上げ日差しは強さを増していく。さすがにこうなると屋上は灼熱地帯だ。小さな春香と愛加は、にっくき眼鏡に付き添われて下の階に降りていく。感染者が泊まっていない部屋で涼むのだという。


 子どもたちが下の階に移った頃、彩奈は屋上のテントの中で女子校の制服に着替えていた。(その格好が一番、外で活動しやすいという)テントから出てくると、足を伸ばして柔軟体操をはじめる。



「よいしょっと。今日は暑いなぁ……」



 蒼汰は恐る恐る尋ねる。

 


「君。まさか今から外に出る気なのか?あんな化物が彷徨ってるんだぞ。やめとけって」


「だ〜め。水と食料を調達できるのは私だけだから。行かないとね」



 そう言うと彼女は大きなリュックを背負う。そして転落防止柵を跨ぐと、その外側に出てしまった。そして振り返って笑う。



「私がいなくて寂しい?でも大人しく待っててね蒼汰さん」


「ちょっ……。まさか君は飛び降りる気なのか?ここ10階建てビルの屋上だぜ!」


「まあね」


「考え直せ。君はまだ若い!自殺なんて……」

 


 ここで彼は余計な発言をしてしまうことになる。「ヒモ」だと思われたくない一心だったのかもしれない。



「よし。ま……待て!俺も手伝う!いいだろ?」



 彩奈は顔を合わせずに答える。



「本当に?蒼汰さん、1人で階段も降りられないのに。私は手伝えないよ?」


「そんなの……なんとかする。ロープと武器ぐらいあるよな、ここに」


「じゃあ……下で待ってる」



 そう言うとビルから飛び降りてしまった。



「彩奈!」



 蒼汰は慌てて柵から身を乗り出す。彼女は道路に放置されたトラックのコンテナの上に着地すると、ピョンと飛び降りて路上をスタスタと歩き出していた。そしてビルを見上げて蒼汰を呼ぶ。



「早くしてね〜」


 

 信じられん。全く平気じゃん彩奈は……。



 とりあえず大急ぎで屋上に置かれていた用具入れから、ロープと武器になるような鉄パイプを手にする。そして余ってたリュックサックを担いで昨日登ってきた屋外階段を降りていく。



 しかし7階と8階の間には階段はない。蒼汰は手すりにロープをしばりつけて、恐る恐る降りていく。ここから先はゾンビがいてもおかしくないが、幸いにしてゾンビに出くわすことはなかった。下の道路で待ってる彩奈のもとに駆け寄ると、彼女は街路樹の木陰でガードレールに寄りかかっていた。



「遅い〜」


「はぁ……ひぃ……。おまたせ」


 

 彩奈は不機嫌そうに腕時計をみる。



「待たせすぎ。15分も待ったよ」


「ちょっと厳しくない?見てたでしょ俺の苦闘を」



 蒼汰に微笑みながら、ガードレールから体を離す。



「まあね。本当は合格。じゃあ行こっか蒼汰さん」



 心なしか彼女は嬉しそうに見えた。その様子をみて何故か蒼汰も嬉しくなる。ここは食人鬼達の徘徊する地獄だと言うのに。



 彩奈は少し先を進み、蒼汰はその後をついていくだけ。道端に干からびた死体が転がっているものの、肝心のゾンビの姿は見当たらない。



「真夏のこの時間。外は結構安全なの。死人達も太陽の光を避けてるんだと思う」


「干からびちゃうからかな?でもフェリーターミナルの時みたいに突然、大群に出くわすかもしんないな」


「そうね。油断はできないよ」



 外の世界は彼の想像していた通り、荒廃していた。幹線道路で車が何百台も列をなして止まっている。大渋滞のまま時が止まってしまったかのようだ。彩奈は時々振り返っては説明する。



「どこの道路も放置された車のせいで道は塞がってるの。だから車で移動はできないわ。こうして自分の足で進むしかないの」


「やっぱ不便だなあ。あ、そうだ。俺、一応免許は持ってるんだぜ。原付きだけど」


「惜しいっ。なんか色々と蒼汰さんは惜しいっ」



 途中、鍵がかかったままの車を何台も目にするが、運転席には白骨化死体が残されており、とても乗れる代物ではなさそうだ。

 


「ゾンビが襲ってきた時も道は渋滞してたんだろうな……」


「本当に時が止まってるみたいでしょ?」



 無人の大都会に蝉の鳴き声が木霊している。もう7月。蝉達は街路樹に止まって、必死に求愛活動をしているのだ。



「これが本州のセミかぁ……。ちょっと鳴き声が違うな」



 父島に定着している蝉は固有種のオガサワラゼミのみで、しかも森の中にいる。大都会の真ん中でセミの鳴き声が聞けたことは、蒼汰にとって不思議な感じがした。


 帰るべき故郷がある。


 彩奈にはそんな蒼汰が羨ましく思えた。蒼汰の故郷、父島とはどんなところなのだろうか?目を閉じて、そっと思いを馳せる。──きっといいところなのだろう。



「いいな父島。私も早くここを出て、父島に行ってみたいな」



 それにしても拍子抜けなほどゾンビと遭遇しない。鉄パイプをブンブン振り回して威嚇しているのだが、蒼汰は自分が阿呆のように思えてきた。


 

 奴らはどこに消えたんだろうか。



「アイツらは死人なんだから気にせずに、じゃんじゃん外に出て干からびちまえばいいのにな。何を微妙に生存本能働かせてるんだっての……」



 蒼汰はときどき妙な暴論を吐く。澪や子供たちでは決して言うことがないであろう雑な暴論で、それが彩奈にはおかしかった。



「ちょっと笑わせないで蒼汰さん。やめてよ、変なの想像しちゃったじゃない!あはははは……」



 彩奈は笑いながら蒼汰の肩を叩く。こんな雑談してる内に2人はスーパーマーケットの前までやってきた。ここで食料を調達するのだという。



「うわっ……凄い異臭だな」


「中の食品が腐ってるの。だから外まで強烈な臭いが漏れてくるんだ」



 窓はほとんど板で塞がれており、スーパーの中は真っ暗だった。品物を強奪していく侵入者を防ぐためか、ゾンビの侵入を防ぐためのものか。いずれにせよ社会が崩壊していった爪痕がここに残っている。


 彼女は懐中電灯を持ち、蒼汰は彼女から渡されたヘッドライトを頭に装着する。



「この中にはゾンビ達がいるよ。それでもいいの?」


「もちろん。そのために来たんだから」



 なんて言ってみた蒼汰だったが、1人で彩奈の帰りを待つのが怖くなってしまっただけだったりする。

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