第8話 ゾンビを喰らいし者

 垣内彩奈と名乗った少女は起き上がると、皆のために5つのパイプ椅子を円形に並べた。



「地べたに直接だとやっぱり痛いね。みんなこれに座って」



 蒼汰は彼女に促されるままに椅子に腰掛ける。一方、彩奈はお下げ髪の子を手招きする。



「おいで。愛加(あいか)はこっちよ」


「うん!」



 小学生の愛加(あいか)は甘えるように彩奈の膝の上に座った。彩奈は櫛を取り出して愛加の髪を梳きはじめる。


 蒼汰はしばしの間、彼女の言葉の意味を考えていた。

 


──ゾンビのなりぞこないってどういう意味なんだ?



 元より謎の多い少女だったけれど、謎が渋滞している。ここはストレートに尋ねるしかない。



「じゃあ君は……ゾンビなのか?」



 すると彩奈の膝の上に座っていた愛加が怒ったように叫びだす。



「違うよ!彩奈ちゃんがゾンビなわけないじゃん」



 予想もしない方角から飛んできた豪速球。女子達との溝がさらに広がったことを思い切り感じる。蒼汰は心の中で叫んだ。



──そら分かってる。分かった上で尋ねてるのおチビちゃん!



 愛加を両手で抱きしめながら彩奈は微笑んでいる。少し照れている様子だ。



「どう言ったらいいのかな……。そうじゃないんだけど、私にはゾンビ感染症に対する抗体があるって感じ?ね、みんな」



 他の3人も頷いている。


 ウイルスを一切恐れない凄まじい戦いぶりを思い出せば、確かに納得のいく説明である。それでも蒼汰はすぐには彩奈の言葉を信じられずにいた。



──どうなってんだ。そんな人間の存在は初めて聞いたぞ。感染したが最後、致死率100%を誇る恐怖の伝染病だったはずだし……。



「それ本当か?」


「まぁね」


 

 膝の上に座る愛加の髪を整えながら、彩奈は答える。俄には信じられないが「それならそれで良いか」と蒼汰は考え直した。



──まあいっか。俺のせいで彼女の命が失われなくて良かった。



「はい、終わり。もういいよ愛加」



 小さな愛加は彩奈の膝から出ていくと、少し大きな春香の隣に椅子を寄せて座った。手持ち無沙汰になった彩奈は座ったまま長い足をグーッと伸ばす。



「蒼汰さん。他に聞きたいことはある?」



 蒼汰は前のめりになって質問する。



「あのさ……君はなんていうか。喧嘩が強いんだな。どうやったら君のように動けるんだ?」


  

 彩奈は椅子から立つと、長い右足でサッと上段蹴りをしてみせた。空気を斬る音がする。そして実に綺麗な型だ。その体勢のまま得意げに答える。



「これは酔拳をみて修行した成果なの。酔拳2じゃないよ。酔拳1ね。」



 予想外すぎる返答に蒼汰は唖然とした。しかし彼女の蹴りには確かに、無影拳の使い手『鉄心』を彷彿させる美しさがあった。


 だが根本的な疑問が残る。



「マ……マジかよ。でもジャッキーだって君ほど強かないぜ」



 すると彩奈は足を下ろして髪をかきあげる。少し怒ってるようにもみえる。



「仕方がないよ。だってジャッキーはスーパーゾンビに噛まれたことないもん」


 

 蒼汰の目が点になった。



「スーパーゾンビ……?スーパーにいるゾンビか」



 分かっている。スーパー店内のゾンビなわけがないことは。しかし「スーパーゾンビ」と言われても他に解釈のしようがなかったのだ。常識的に考えるのであれば。

 

 

 そんな蒼汰の様子に我慢ならず、ずっと黙っていた眼鏡の中学生がイラだたしそうに吐き捨てる。



「この人に話す時って、全部一から説明しないといけないから、めんどくさっ!」



 新参者であるし「器の大きな男」であることを示したかったが、堪らず方針撤回。名誉のために必死に反論してしまう。



「しょうがないだろ君!そういう場だろこれ」


「もう察してよ!バカッ。彩奈さんが困るじゃない」


「ア……アホかっ」



 蒼汰は心の中で、坂崎澪に対して名前で呼ぶことを諦めた。



──こ……この眼鏡は!



 彩奈は荒ぶる坂崎澪の頭を後ろから撫でる。



「私が話すから心配しないで澪ちゃん。疲れたならもうテントで寝ててもいいよ」


「彩奈さん……」



 眼鏡娘は再び静かになった。彩奈が間に入ってくれたことに蒼汰は心の中で感謝した。



「ちょっと話が長くなるけどいい?」


「うん」



 彩奈は語り始める。彼女たちが「スーパーゾンビ」と呼ぶ恐るべきゾンビの存在を……。



 父島にいた蒼汰は知ることがなかったのだが、ゾンビと言っても様々な種類があるという。


 まず大半のゾンビは言葉を発することができないし、発しても支離滅裂な言葉だったりする。このタイプは蒼汰も東京港で嫌と言うほど目にしてきた。


 一方で人語を解してみせる極めて生者に近いタイプのゾンビも稀にいる。その中でも稀に……極めて稀に突然変異とも言える驚異的な身体能力を持つゾンビがいるのだという。



 それを彩奈はスーパーゾンビと名付けた。



 死者の都となってしまった東京にも、スーパーゾンビは僅か5体しか存在しないという。その5体をトランプのカードにならってエース・ジャック・クィーン・キング・ジョーカーとそれぞれ名前をつけているという。



 不思議なことにスーパーゾンビはゾンビをも襲う。それどころかゾンビをも餌にしてしまうのだという。



「マジかよ……。なんだそいつら。でも会話ができるんだろ?」


「そうね。でももう人じゃない。彼らにはもう……ちょっと気持ちが通じない」



 遠くを見る彩奈は何かを思い出している様子だった。



「先月にね。私は赤髪のジャックに遭遇しちゃったんだけど、ちょっと歯が立たなかった」


「君が?1対1で。嘘だろ」



 彩奈は頷く。



──この子が勝てない相手なんて存在するのか?


 

 蒼汰にはまるで想像がつかない。



「でも一番厄介なのはたぶんジョーカー。アイツは最も危険なスーパーゾンビ」




 彩奈は突然にブラウスのボタンを外しはじめる。



「え……。ちょっと君。急に着替えをはじめても……」



 そして上着を脱ぐと左肩を見るようにいった。



「いや……そんな」



 と言ったものの蒼汰の目に入ってしまったのは、肩の傷だった。彩奈は再び上着を着ると俯いて、少し悲しげな表情を浮かべた。



「私の家族はね……。4月にジョーカーに襲われたの。そして私に傷をつけたスーパーゾンビは……そのジョーカー」

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