第7話 告白

 屋上の中央部には既に3人の女の子たちが集まっている。屋上まで蒼汰を連れてきた少女は、時々振り返って手招きする。不思議と彼女だけは蒼汰を歓迎してくれていた。



「こっちよ、こっち!」



 ランタンの眩い光が、蒼汰の救世主を照らしだす。 


 肩まで伸びている黒髪は美しく、触覚のある前髪は可愛らしい。長い睫毛(まつげ)の大きな目はキラキラしているが、不思議と柔和な印象を与える。


 薄明かりでも分かっていたが、本当にベビーフェイスだった。顔だけみたら小学生に見紛う時もある。


 服装は女子高生の夏服そのもので、半袖のブラウスの首元からは赤いタイが出ている。グレーのチェック柄をした短いスカートから長い足がスラリと伸びていた。


 要するに……不本意ながら女子とは縁のない人生を送ってきた蒼汰の如き日本男児ならば、誰だって一目惚れしてしまう容姿だった。


 地面に直接体育座りした彼女は手を伸ばし、蒼汰にも座るように促す。



「そうね。私の隣にでも座ってくださいな。ちょっと地面が固いけど」


「お……おじゃまします」


 

 蒼汰は恐縮しながら、一同が体育座りしている空間に腰を下ろす。

  

 辺りを見回せば、屋上には自家発電機やテントや飲料水、その他諸々の生活に必要なもの一式全て揃っているのが分かる。4人の少女達は本当に自分たちだけでここに住んでいるようだ。



「そうだ。君達は一体どうしてこんなところにいるんだ?」



 少女は質問を遮って自己紹介をはじめる。



「垣内彩奈(かきうちあやな)です。以後お見知りおきを!よろしくね」



 と言うと右手を伸ばして握手を求めてきたので、蒼汰は恐る恐る手を伸ばして握手する。先程までの険しい表情とはうって変わって優しく微笑んでいる彼女に、少し戸惑いながら。


 目の前にいるホンワカした女の子と、東京港でゾンビ達を砕いていた超人が同じ人物だとは信じられない。



「俺は……石見蒼汰って言うんだ。父島ってところから来たんだ。ちょっと遠いんだけどさ」



 続いて彼女は簡単に他の子達を紹介する。



「一番小さい子が朱雀愛加ちゃんで、次に大きな子が杉春香ちゃん。そして眼鏡の子が坂崎澪さん。分かった?」


「えっと……。だいたい」



 子供達が沈黙する中、彼女だけが語り続ける。



「蒼汰さんが父島出身ってことは……父島はやっぱり無事なの?」


「うん。誰も感染してないよ」



 すると彼女は祈るように手を組んだ。



「じゃあ、お願いだから私達も父島に連れてってください!本当にお願いっ!お願いお願いっ!」


 

 蒼汰は返事に困ってしまう。



「いやぁ……そうしたいけど。船は爆破炎上沈没しちゃったし……無理なんだ」



 少女は手と膝を地面につけ、前のめりになって蒼汰に迫る。少女の顔があまりにも蒼汰の顔に近づくので、思わず背を仰け反らせた。



「それは私だって分かってるもん!でも諦めないもん!漁船と燃料なら私がなんとかするから!だから貴方が父島まで操縦して」


「むりむりむりっ!だいたい父島まで1000キロ以上あるんだよ。GPSも電波航法もできない世界だし……コンパスだけじゃ素人にはとても無理だよ」



 GPS衛星からの電波は地上に届いているので、本来であれば関連機器を使用できるはずだった。しかし人口の9割以上が消失してしまう「危機」に際して、各国政府は意図的に衛星から発信される位置情報の精度を下げてしまっている。ほとんと使い物にならないレベルにまで。



──っていうか、よく考えたらそもそも船の操縦なんて俺はできないし!



 無理だと分かると彼女は、固い地面に寝そべって大の字になった。よほどガッカリしてしまったらしい。駄々をこねる子供のように足をバタつかせている。



「駄目なの〜っ。もうヤダァこんなの……ヤダヤダ……あ〜ぁ!嫌いっもう」



 ここで蒼汰はとても大事な、そして絶望的な出来事を思い出した。



「あの……君はゾンビに腕を引っかかれてたよね?傷口は大丈夫なのか」


「あっ!そうだった。忘れちゃってた」



 彼女はおもむろに起き上がり二の腕の傷を見つめる。白い肌にひっかき傷があり、血が滲んでいる。



 蒼汰は青ざめた。



──これってマズくないか……。死を意味する傷なのだが。



「あぁ……。傷跡が残らないといいなあ」



 一番小さな女の子(朱雀愛加)は塔屋まで走ると、救急箱を持って戻ってきた。



「彩奈ちゃんこれでいい?」


「ありがとう。絆創膏でも貼っておくよ……」



 メガネの坂崎澪が睨んでるので蒼汰は思わず顔をそむける。彼女の心の声が聞こえてしまった。──なんで役にも立たない阿呆を助けて彩奈さんがゾンビにならなきゃいけないの──という非難の声が。



 彩奈という少女は、蒼汰に絆創膏を渡す。

 


「あの……蒼汰さん。絆創膏貼ってくれない?ちょっと見にくい場所なの」


 

 構わないのだが──肌に触れることになっていいのだろうか?──と若干戸惑っていると、彼女は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに忠告する。



「貴重品なんで、絶対に外さないでね。無駄にしたら……道路に降りてもらうから」


「マジ!?」



 荒川に散ったイバリンボウのオジサンが頭に浮かんだ蒼汰をみて、悪戯な笑みを浮かべた。



「嘘なんだけどな〜。真に受けちゃうんだ」



 袖をめくり腕を上げて二の腕の傷口を見せてきたので、蒼汰は緊張しながら、そしてちょっとドキドキしながら彼女の腕に絆創膏を貼った。



「で……でも君……。傷跡なんかより感染の方が……」


「ご心配なく。私はこれで大丈夫なんです」



 絆創膏を貼り終えると、少女はフィットしてるか上から触って確かめる。



「私がゾンビになると思ってる?」



 蒼汰は黙って何度も頷いた。



「大丈夫。私はもうゾンビのなりぞこない……だからね」



 少し悲しそうな表情を彩奈は浮かべる。



──ど……どういうことなんだろうか?


 

 その意味するところは何か。蒼汰にはまるで検討がつかない。

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