第11話 甘えたい季節に
一体いつになったら梅雨は明けるのか・・・窓の外は暴風。たいして雨が降っているわけではないが、最近いつもこんな感じで、外を歩くのが億劫だ。
相変わらず彼とは1週間に1~2回のペースで帰りが被る。ああ、懐かしい。半年前は2週間に1回一緒に帰れれば有頂天だったのに。今は1日でも帰れないとがっかりしている。ときどき更衣室で時間を稼いだり、玄関でちょっと待ってみたりしているけど、それでうまくタイミングがあったらあったで何か諮った感じが強すぎて気まずいし、全然彼が来なければ、それはそれでがっかりなのである。
週末。この日だけは朝も電車が同じになることが多い一方、お互いの休日の都合で今日を過ぎれば3日間会えないのでいつもドキドキと憂鬱が混じりあう。電車を降りて必ずホームで声を掛けよう!と意気込んでみたものの、今日に限って彼は早い電車だったようで見当たらなかった。
仕事が始まって1時間。何か話しかけるきっかけはないものかと考えあぐね、別に彼でなくても良かったが、彼が所属しているチームが進めていることで聞かなくてはならないことがあったので、彼の所へ向かった。
午前は外に出ている人も多く、オフィスの人気はまばら。私はそれが逆に目立ったり、自分の声が周りに聞かれてしまうのではないかと不安がりながらも、彼に声を掛けた。まず、仕事の質問をしてあれこれ二人で推測をしたのだが、結局はリーダーに確認してくれるということで決着がついた。
そこから席に戻るしかない・・・と再び自分の作戦が潰えそうになったが、私は意を決して話を始めた。
「あの、今日早く帰っちゃいますか?」
「いや、やることが多いからそうでもないと思いますよ。」
「たしかに。大変ですね。・・・いや、何でもないんです、何でも!」
私は手で打ち消すようなしぐさをすると、自分の机へと戻った。
17時半。定時を過ぎても私はまだ机に向かっていた。急ぎの仕事ではなかったが、比較的落ち着いていたので、今のうちに終わらせたら良さそうなことに着手していたのだ。
しかし、視線の端に彼が帰り支度をしているのが見えた。あまりの衝撃に涙が出そうだった。やっぱり鈍感だから何も伝わってなかっただろうし、彼が終わるまでこの急ぎでもない仕事をやろうと思っていたのに、逆にやりすぎてきりが全然ついておらず、追いかけることもできない・・・今日は諦めるしかなかった。
彼がドアから消えた瞬間にやる気はみるみる萎み、私は終わったところまででデータをセーブすると、身の回りを片し始めた。しかし、思ったのだ。これほど一緒に帰ったり、たわいもないことを話すことが増えたのだから、少なくとも嫌われてはいないのでは・・・?正直不明な部分も多いが、私はまたどうでもいい用件を思いつき、彼に連絡するためにスマホを手に取った。
「資料作成のことで質問があったのですが・・・!」
「ここに書けるなら全然いいですよ!」
・・・まあ今目の前にいる同僚に聞けば分かるんだけどね。
「今、他の人に聞いたら解決しました!」
話のきっかけにするためにしか使わなかったこの「用件」をあっさりなきものにし、私はそう返事をした。
「良かったです!」
そう簡潔に返ってきた返事に私はやりとりが終わってしまいそうと焦り、もうどうにでもなれ!と思い、
「今朝、帰り時間合えば一緒に帰りましょうって言いたかったんですけど、理由もないし・・・聞かなかったことにして下さい。」
そう送った。送ってから取り消したくなったが、ぐっとこらえた。そしてすぐに返事が来て、私はそれを読んでどうしようかと思った。
「なんだ、それぐらい言ってくれていいんですよ?」
それって、一緒に帰るお願いをしてもいいってこと・・・?
「そんな勇気ないです、笑。そもそも、貴重な通勤時間の自由を削るのはどうかなあとも思ったし。」
「いや別に全然いいんですが・・・」
ああ、もうここまで来たら言うしかない。
「じゃあ・・・来週どこかで都合が合えば帰ろう?」
どう返事が来るか怖かったが、今までにない素早さで、
「ぜひぜひ!」
と来たのを確認したら気が抜けて、デスクに突っ伏してしまった。嬉しすぎて顔がふにゃっとなっているのが自分でも分かった。でも、社交辞令かもしれない・・・そう思うとすぐ眉毛が下がるのも感じる。
3日間会えないのは苦痛だけど、今までと違う「確約」があるからなんとか乗り切れそうだ。さあ、「都合が合えば」をいつにするかを考えないと。
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