第7話 桜色に染まれ

今朝はちょっとした春日和で、生暖かい風が髪をぼさぼさにした。午後になると風は少し収まり、暖かな陽気に町の人も私も、心なしか浮足立っていた。


郵便局で用事を済まし、職場に戻ってきた後、1時間ほど仕事をしてから帰ることにした。既にある程度の人が早々と帰路についていたが、キリの良い所まで済ましたかった。


「お疲れ様です~」


私は残り少ない同僚たちに声を掛け、職場をあとにした。トレンチコートを羽織り、鏡でストールの巻きを整えた。もうマフラーじゃなくても寒くなく、むしろストールさえもいらないのではというくらい暖かい。


持ち帰る物が多く、靴を履き替えながらもたもたしていると、ちょうど上司も帰るところだった。


「あ、お疲れ様。」

「お疲れ様です。溜まっている仕事、早めに消化しますね。」

「いや、大丈夫だよ。まだ1週間以上あるし。」

「そうなんですけどねえ。なんだかんだ、先週末も持ち帰ったのにやらず。だらだらと三連休を過ごしたので、しわ寄せが怖いんです。」


そんな話をしていると、後ろから聞き覚えのある声がした。久々に彼と帰りが合った。しかし、どうやって接したらいいのかさえ忘れかけており、私はそそくさと上司と彼に挨拶すると、ささっと小走りで外へ出てしまった。


数秒後に二人が話しながら出てきた音がしたが、私は歩みをゆるめず、町へ歩き出した。上司は私たちとは逆方向へ帰るはず。彼がなんとも思わず、私を避けたいとかそういうことさえなければ、同じ道を駅まで歩くはずだ。


大通りの交差点に達しても後ろに気配は感じなかった。たまたま交差点でストップすることなしに渡れたが、そのせいでもしかしたら彼は渡れず、追いつかれることはないかもしれない。少し残念に思った。それでも最近疎遠になりつつあったので、正直仕方ないという気持ちで歩き続けた。


にぎわう商店街に入り、私はぼーっと道行く人にペースを合わせながら歩いていた。そこに音もなく、すっとピンク色のネクタイが並んだ。


「お疲れ様です。」


彼は私の真横でそっと歩みを緩めると、こちらに視線を落とした。


「あ、お疲れ様です。もうすっかり春ですね。」

「はい、さすがに満員電車だと暑いし、コートは着てこなかったです。」

「そうだよねえ。花粉症とかは?」

「ないですね。その代り、慢性的に鼻炎なので、常に鼻づまりですが・・・」

「花粉症ないんですね。憎い・・・まあ慢性的なのは可哀そうだけど。」


久しぶりの会話はいつも以上にぎこちなく感じた。それでも陽気のせいなのか、ふわふわとしたものを感じ、気持ちは楽だった。


「暖かくなったから外出したいな~と思うんですけど、花粉症だとね。休日は出かけたりします?」

「いや、ほとんど家にいるかな。スーパーに行くくらいはするけど、なるべく仕事帰りに済ますから、基本は家。」

「そうですよね。でもやっぱり運動とか旅行とかしたくなってくるんです。」


駅のホームに到着し、間もなく電車が来た。


私たちは反対側のドアの前に立った。お互い向かい合い、ドアに肩をもたれさせるようにしていた。まだ日が落ちてない明るい街並みが見える。


「来年度は仕事、どんな感じでしょうね?」

「まあ色々変わってるけど、特に大変すぎるっていうのはないかな。」

「私もそんな感じです。」

「だけど今年中にやらないといけないものが膨大で。まあ、来年は一緒に組む人に甘えようかなと思ってますが。」


彼はそうニヤリと笑った。


「えー、ずるい。それは酷いですよ。相手が可哀そうじゃないですか。」


私はそう返した。


グレーのスーツに明るめのホワイトのワイシャツ、その中にスーツと同じ色と桜色のストライプのネクタイ。明るい外の自然光で光沢が美しい。彼の肩越しに外が見える。その明るさと彼のネクタイがなぜかとても春らしさを感じさせた。


「それでは、また。」


そういうと私は自分の最寄り駅で電車を降りた。久しぶりの会話と春めいた気候に思わず笑みがこぼれた。


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