第3話 車窓からの青と紺
年が明けた。年々正月らしさとか、仕事始めらしさとかを感じなくなり、休暇の喜びは感じるが、前ほど季節感のようなものが薄れたことが寂しい。
まだ本格的にやる仕事はなかったが、デスクの掃除も兼ねて、午後から職場に出向いた。メールや書類はあまりなく、手際よく掃除をし、明日以降の自分のためにちょっとだけ仕事をした。
オフィスには人はまばらで、着いた時は賑わってはいたが、14時を過ぎた今は、時々人が出入りするだけで、基本私ともう2人しか机には向かっていなかった。そのうちの1人が意中の人であり、休みを返上して来た甲斐があったな、とひっそり思った。
15時半頃、これ以上やってもエンジンをかけ過ぎると思い、オフィスを後にした。外へ出る入口まで来ると、来た時は気づかなかったが、門松のかわりに、小さな松飾りが左右に揺れていた。それに触れていると、人の気配を感じた。
「あ、お疲れ様です。なんか既視感が。」
振り向くと、彼がいた。結局年末休暇前に会えたのだが、2人で話す機会はなく、この時を待ち遠しく思っていた。この年末年始で、帰宅時間がよく被り、今回で3回目だった。そのため、ついそんな台詞が口をついて出た。
私達は一緒に歩き出した。新年の挨拶をする間もなく世間話になり、いつものように同じ電車に乗った。私は乗り換えた先の駅ナカで買い物があり、いつも以上に長い時間彼と同じ電車に乗れることが嬉しかった。
「年始、寿司を食べに行ってきました。」
年末の仕事話とそれに関連した旅行話がひと段落し、私は年始に行った美味しい店について切り出した。
「都内は色々美味しい店がありますよね。父親がよく行ってた店が上野にあって、美味しかったんだよな。」
「へえ。どの辺りですか?」
自分もよく上野は遊びに行く。同年代の人よりも、土地勘はあるため、言われれば知っているかもしれない。
「えーと、なんだっけな、あの建物。名前忘れたな。方角で言うと・・」
「方角。」
方向音痴な私は、思わず復唱してしまった。それを聞いて、彼は「はいはい」と笑いながら、スマホを取り出して、ストリートビューを検索した。
「今笑ったでしょ!なんで!」
私が詰め寄ると、彼は全然申し訳なさを滲ませないで笑いながら謝ると、
「大体の人は、方角で言っても分からないからいいですよ。」
と言いながら、ストリートビューを見せた。画面を覗くため、自然と肩を彼の腕に近づけた。
「あ、わかった!この近くにある洋食屋も美味しいんですよ〜というか、そのお店の本店で今回食べたんです。」
よく店名を見ると、私が訪問した寿司屋の分店だった。
「あまりに美味しいから、目を瞑ったりして目を開けたら、またお寿司が並んでればいいのにって思っちゃいました。」
そういう私に微笑みを向け、
「いや、そんなの!まあ確かに美味しいですからね。」
と彼は答えた。
そこで話題に一区切りつき、沈黙が訪れた。いくら彼との会話に慣れたからといっても、沈黙を心地よいとはまだ感じられなかった。
手持ち無沙汰になり、私は車窓から景色を見た。段々と都心に近づく中、遠くの山々や住宅街が流れてゆく。空はまだ青い。彼の顔に視線を戻した。ちょうど良いサイズで、スポーティーなダウンが似合う。彼も外を眺めていた。
話を再開したい気持ちと、話題が見つからない焦りから、私は再び外に目をやった。限られた時間、職場とは違う近い距離。また近々こんな日があればいいのに。そう思いながら私は、次の話題を話すため、口を開いた。
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