彼女との出会い

 出会いは後期中間試験を終えたばかりのときだった。


 当時はまだ我が朱雀学院一の秀才だった僕は、教室の前に堂々と掲示された試験の順位を気にも留めず廊下を歩いていた。どうせ見たって僕が一位であることには変わりない。二位以下の微妙な変動があるだけだろう。

 そのときサルのように騒ぎながら駆け回る男たちにぶつかった。思いのほか強くぶつかったため小脇に抱えていた本を落としてしまった。


「お前なに人にぶつかってんだよー!」

「ははは! だっせぇ!」

「あー。やべ……うわっ!」


 月代の人間だということに気づいた男たちは凍りつき、苦虫をかみつぶしたような顔をした。僕は立ち上がり落とした本を拾ってゴミを払う。


「おや。ここの高校はいつから犬を野放しにしていたのかと思ったら、ただの躾のなっていない人間だったようだ。ぶつかっておきながら謝罪もなし、しかも人の顔を見て声を上げるような」


 僕の言葉に男たちはハッとしてすぐさま勢いよく頭を下げる。


「す、すみません! まさか月代さんだとは思わなくて!」

「お、俺ら、いや僕たちも気づかなくて!」

「その言い分だと月代成美以外には走ってぶつかっても良いと聞こえるが? お前は確か……日々坂家だったか。お前の父上からは良くしていただいただけに、残念だな」

「お、親は! 親は関係ないので!!」


 ぶつかってきた男は何べんも頭を下げる。それはもう、赤べこのように。僕はそんな安い謝罪ではなく態度を改めてほしいだけだ。その後も直々に男たちに時間をかけて躾を叩きこんでいると、突然女が割り込んできた。それが今の生徒会副会長で僕の恐れる人物、笹場だった。


「なんでそないに人をいじめてるんです?」

「うわ、紗枝李様だ……」

「こ、これどうなるんだよ……」


 男たちは心なしか、僕にぶつかったときより怯えている。ただの女に情けない。しかも彼女は確か和菓子屋の娘じゃなかったか?そんな庶民に……。はぁ、と思わずため息が出た。

 笹場は男の方を見つめると、しっしっと虫を払いのけるように手を振った。行け、というジェスチャーなのだろう。男たちは感謝しながらそれに従いさっさと逃げてしまった。


「おい、勝手になにを」

「月代成美さんの評判は耳に入れてます。なんでも才色兼備で皆様に教育してくれるとか。でも、少しやりすぎとちゃいます?」


 この僕の言葉を遮って話す人間など今までにいなかった。

 笹場は口を隠して笑うが、その瞳は静かに鋭く睨んでいる。まるで大蛇のような眼光に思わずひるんでしまうものの、鼻で笑って持ち直す。


「……ハッ。やりすぎもなにも、このくらいしないと人間は変わらないのだから仕方がない。名門である我が朱雀学院にふさわしくない人間には教育が必要だろう?」

「月代さんにそんな権利なんてあらへんと思いますが?」

「いや? なんせ僕は一年生にも関わらず生徒会長だからな」

「あぁ、あの。学院一地位が高いのに、五月の生徒会総選挙の投票ではかなり接戦だったっていう。えらい有名な方ですよね」


 僕は苛立って眉間にしわを寄せる。学年関係なく生徒会長になれるこの学院のシステムに乗っかって、一学年からは僕一人が立候補した。そこでトップの座を勝ち取ったわけだが、実際、競っていた候補者があと二票三票多かったら僕は生徒会長にはなれていなかった。しかしその候補者は前年度生徒会長。入学したての僕には支持が足りないのも仕方がないとも言えよう。

 僕は彼女の挑発をあえて無視して続けた。


「コホン。その上僕は勉学、運動、どれを取っても一番。数字に執着するわけではないが、これは僕がどの生徒よりも優秀だということになる。上の者である僕に盾突く生徒には直々にマナーというものを教えるべきだ。お前は笹場紗枝李だな? 僕の記憶ではお前の試験の順位は二位か三位辺りだったか。素晴らしい成績だが僕には一歩及ばない。あまり逆らうと痛い目を見るぞ」


 ニヤリとほくそ笑んで言うと、笹場が突如声高らかに笑い出した。

 気でも狂ったか?

 収まるまで待つと、笹場は数分してようやく笑うのをやめた。


「はぁ……すみません、ふふふ。……そう言うなら私も本気出しますよ?」

「本気?」

「えぇ。ずっと月代のお偉いさんを持ち上げなあかんと思って抑えてたから、ようやく本来の力出せることなって嬉しいですわぁ」


 こちらを見下す視線に一瞬怒りで我を忘れそうになったが、どうせハッタリだろうと思い気を落ち着かせた。


「バカバカしい。自分を強く見せるための出まかせは余計に小物に見えるというのに。フッ、その本気とやらが楽しみだな」


 嘲笑ってその場をあとにした僕の背後から「ご期待に添えられるよう頑張ります〜」と、のんきな声が返ってきた。

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