僕の恐怖の対象は僕が恋愛対象

こげみかん

彼女とのなんでもなくはない雑談

 僕が廊下を歩けば皆が振り向き、僕が話せば皆が耳を向ける。食事をとる仕草、ノートを書き写す姿までも監視されるように見られてしまうのは上に立つ者の悩ましいところだが仕方がない。なぜなら僕は月代成美つきしろなるみなのだから。


 月代成美。それは日本でも三本の指に入る有名企業の跡取り息子の名。眉目秀麗、天資英邁、文武両道。高貴な人間しか入学を許されない朱雀学院すざくがくいんにて生徒会長を務めて一年。まさに月代の名に恥じぬ人間である。

 そんな完璧な僕にも悩みがある。


「あら、月代さん。奇遇ですねぇ」

「さ、笹場」


 どこからともなく聞こえてきた特徴的な京訛りにビクリと肩が反応する。振り返ってその人物が視界に入った瞬間、心臓が大きくはねた。

 常に考えが読み取れない笑みを浮かべているその女の名前は笹場紗枝李。《ルビを入力…》幼少期から天才と言われていた僕を一年の冬に初めて負かし、二年になった現在も試験の順位では一位をキープしている強者だ。

 ゆるやかに巻かれた髪と宝石のような輝きをもった瞳から、我が高校一の美人ともいわれている。それと同時に我が高校一の恐怖だとか、女王とも。

 彼女は日本でも最も有名な和菓子屋の娘ではあるが、格は月代に比べたら下だ。それなのにこうして怯えているのは彼女の性格が問題で。

 当の本人はドギマギとしている僕の顔を不思議そうな顔で覗きこむ。


「どないしたんですか?」

「なんでもない。それより要件はなんだ?」

「ただ話したいなって思っとっただけで、大層な用事なんて。……いけませんか?」


 小首をかしげる仕草は小動物のようで、はたから見たら可愛らしいものではあるが、僕には分かる。その瞳が否定は許さないと語っていることを。


「いやまぁ……別にそんなことはない。この僕に話しかけたくなる気持ちも分からなくないからなっ!」

「ふふ、そうですねぇ。でも上に立つ者でも女の子の心までは分からへんのですね。好きな人に話しかけたくなる乙女心が」

「すっ!?」


 言葉に惑わされて一瞬頬が熱くなるが、目を怪しく光らせて微笑む表情に気づいて今度はサッと顔が青くなる。

 笹場は僕を都合のいいおもちゃだと思っている。きっとそうだ。だからあの日から毎度毎度顔をつきあわせるたびにこんな冗談を口にするのだ。


「そういう軽口を生徒会長の僕に言うものじゃない! ……と、思うぞ」

「確かに、たかが副会長ごときの私がこんなこと生徒会長様にポンポン言ったら失礼やわ」

「そ、そうだ!」

「でも本気ですからね」

「そ、そうか」


 笹場は僕の反応を見て口もとに手をあててころころと楽しそうに笑った。「笑うな!」と言ったとしても、恐らく彼女の愉悦の材料にしかならないため、ただどうしようもない気持ちを手を握りしめてこらえていた。


「まぁ廊下でそない立ち話はできひんし、名残惜しいけどまた後で話しましょうか。ほなまた、放課後に生徒会室で」

「あぁ」


 緊張のあまり不自然な相槌を打つと、笹場は上品な笑みでその場を去った。


 ……今日はまだ、軽い方か。


 ひそかに胸をなでおろし、この月代成美がこんなに委縮するようになったきっかけを思い出す。

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